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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
140/141

9/2 対瀬戸急フライヤーズ 第20回戦

月曜、扇GMの口から伝えられた十川さんの引退はチーム内外に衝撃を与えたが、とりわけ、内へのそれは大きなものになった。

おそらく先だって知っていたであろう監督や篠原さんですら、ミーティングの際、沈痛な面持ちを隠せずにいたほどだ。まして、同僚かつ十川さんより若い者がほとんどを占める我々選手など、受け身を取れようはずもない。

驚く者、歯を食いしばる者、その他それぞれの情感をゆさぶられながら、その場に立ち尽くす。


かくいう俺ですら、凪いだ感情のままではいられなかった。あの十川さんが辞める。見舞いに行った時の、諦めたような笑顔が脳裏に浮かぶ。あの時にはもう、そういうつもりだったのだろうか。考えても詮無い事だが、あの時の表情に思いを巡らさずにはいられない。

皆が俺以上に動揺する中、吉永監督が顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。


「…我々は、今年エースを失った。これは紛れもない事実だ。しかし、それでもこうして優勝争いをして、後は逃げ切れればというところまで来ている。十川なんて最初からいらなかったんだ、なんていう幼稚な話をしたいんじゃない。彼の穴を無理やり埋めてなお、こういうシーズンを送れるチームになっているのを改めて覚えていてほしい。そして、彼がいたからこそ、この立場がある。それを忘れないでほしい。…色々と湧く感情があるだろう。野球を媒介に吐き出したい事だろう。それは、明日の試合で全部吐き出してしまうんだ。我々は、君たちは、十川のためだけに野球をやっているわけではない。公式戦内で十川を惜しむ時間というのは、明日だけにしよう。…代わりに、明日は全力で勝つよ。…良いかな」


占めて30人ちょっとの男衆が、声を揃えて、はいというと、ミーティングルームがびりびりと揺れ、肩幅に開かれた各々の足元から気配のようなものが立ち昇っているよう思える。気焔、とはこういうものをいうのだろうか。

ともかく、終盤のガス欠を迎えそうなところで、エースの憤死を梃子にクロウズは気力の充足を得る事となった。


1日空くことで雑味が取れた気焔を背に、俺はマウンドに立つ。引退発表の翌日に、その代役が投げるとは因果な事と思うが、狙ってやってるのだろうか。

ホームゲーム、マウンドから一塁側のベンチに目を向けると、そこにはハンガーにかけられた十川さんのレプリカユニフォームがある。

ローマ字と背番号17は、神棚と共に十川さんの視線を想起させ、少しだけやりづらい。

思わず苦い顔をしそうになるのを堪えつつ、手首を軽く回し、投球の体勢を整える。

そうして放ったボールは、いつもより少しだけ指にかかっていた気がする。


試合の方はというと、俺がどうのというより俺以外が入れ込みまくっていた。あぁいや、悪い意味でなく。

瀬戸急は昨季のドラフトあたりから、そのドクトリンに軌道修正が入りつつあり、端的に言えば大きいのを打てるような強いスイングが増えてきていた。割を食ったのは今日の試合で俺で、2イニング目にソロホームランを2本浴び2失点する事となった。

副作用か、以前ほどの繋がりはなく、なんとか5回2失点とまだ見れる内容でまとめられた訳だが、瀬戸急からすれば俺をもっと攻め立てておければと思った事だろう。


5回勝ち負けつかずで俺が降りた後を受けたのは金子さんだったのだが、これがまぁ恐ろしかった。ギチギチに力んでいるように見えたが、コーナーを突くストレートと威力あるナックルカーブを取り回してのパワーピッチング。

これで2イニングを抑え切ると、打線が勝ち越しの点を取り、金子さんに勝ちの権利がつく。

その後は、いつもの勝ちパターンで飯田フィリップときて武田さんで〆。

誰もかれも、武田さんでさえ、どこか駆り立てられるように強い球を投げ込んでいた。


シーズン最終盤、気合の乗る展開ではあるが、どこか劇薬のような危うさも感じる試合だった。だからこそ、吉永監督は昨日ああ言ったのだろう。

引退を表明してから会えていないが、それが何かあるわけでなし、球団もきちんと引退試合なり興行を設るはずだ。ひとまず、俺の心の整理は終わった。

残り1月程度の6年目と繋ぎとしての役割を果たそうと、この試合を見守っていたレプリカユニフォームがしまわれていくのを見ながら思った。

久松の成績(9/2終了時点)


登板数:23 投球回数:101回 奪三振:104 四死球:29 防御率:2.50 6勝4敗9セーブ

先発成績 投球回数:91回 奪三振:90 四死球:18 防御率:2.47

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