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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
138/141

7/27〜7/30 ソーダイオールスター コンチネントVSオーシャン⑤

「武田くん、あんな?1日目のケツと2日目の8回どっちがええ?」

「…なるほど。…手前はクローザーには拘りのある方でして。投げるならば2日目の1番後ろだと勝手に思っていましたが…。吉野さん、差し支えなければお聞かせ願いたい。この武田克虎を差し置いてまで抑えの序列1番手に置かれたのは一体何者で?」

「久松だよ。地元だし、短いイニングでと私からお願いしたんだ。希望に添えず、すまないね」

「!」


オールスター前日の、各々の出番を告げていく折に、独特の緊張感が場を包む。

現役屈指のクローザーであり、かつてはリーグを代表する癇癪玉と扱われた武田克虎に、前座をさせると言う話なのだから当然の雰囲気ではあった。

武田の9回への執着は誰もが知るところであり、それだけに吉野は面倒ごとになるのではと懸念していたが、実際は吉永がその名を告げる事で、まるで調伏された化物のように、その怒気が鎮まってしまっている。


「久松がクローザー、と。…であれば文句なし。是非に2日目の8回をお任せいただきたい」


久松が自分の後を受けるのなら納得できるのか。あれほどの執心を曲げた上、逆に頭を下げられるのは何故だ。吉野と本郷はこの武田の振る舞いにもう何もわからなくなっていたが、とにかく思っていたよりも相当あっさりと配置が済んだことへの安堵、それより他に強い感情はなかった。




オールスターの進行をつつがないと言ってしまうのはどうかと思うが、つまりは大過なく2日目を迎えた。

愛媛開催はこの2日目にあたる。今回のコリーグ総監督である、ゆら川の吉野監督からはなんでか知らんけど最終回に使うと言われていた。多分色んな配慮をしてくれたという事だろう。吉永監督から何かしら横槍なり牽制なりもあったとは思うが、とにもかくにもこうなった事が全てだ。

もちろん、佐多の先発をはじめとして、ホームラン競争やら各選手の出し物的変化球などなど、要所で繰り出されたパフォーマンスの数々に、ファンの皆様方は大変満足そうではある。

個人的には、8回終わった後の武田さんが、ブルペンの方を指差すアレをやってたのが色々としんどかったが。


しかし、扱い上抑えのシーズンにオープナーをやらされ、先発での出場がメインのシーズンにクローザーをやらされるとは、奇特な選手もいたものであると改めて思い、自嘲してしまう。

もちろん、名誉な事ではあるのだが、なんというかこう、おもしろ枠とかそういうカテゴライズで扱われているというか。

その証拠に、今日はバックスクリーンのビジョンに選手の特徴やらなんやらが写し出されているのだが、俺のところの謳い文句はこれだ。


『コ・リーグの"死神" 久松 敬』


クロウズとか関東とかそういう括りじゃねぇんだという感想と共に、俺はベンチからマウンドへと走って向かう。

多分これ中継でもおんなじ感じで表示されてんだろうなぁ。そして流れ出す俺の出囃子。

故郷の空高く、アフロマニアの『永遠に』が流れているのはなんとも不思議な心地だが、祭りだしまぁこれはこれで色々と悪くないのかもしれない。


うそ。どう考えても死神はおかしい。しかもここ俺の地元だぞ。辱めだろこれ。

帽子を目深にしてぎゅっと絞るように両目を瞑ったあと、投球練習として軽くスライダーを放る。緩く放った分ドロップボールのように落ちていったが、池田がこれをハーフバウンドで捌いてボールを投げ返してきた。


受け取ったところで、ちょうど出囃子がフェードアウトし、球場全体からぱらぱらと拍手の音がする。地元の方々のお気持ち、おひねりなのだろうか。


「久松ーッ」


と、多分外野席からおっさんの声が一つ。

ありがたい事ではあるが、今はクローザーの立場に戻った身で、マインドセットを再インストールしたところだ。その中に、試合中ファンの相手をするというプログラムは組み込まれていない。

大変申し訳ないが、チームも勝っている事だし、ここは我を通すことにして最後の練習球を放る。うん、球は悪くはないな。


「9回裏、オールオーシャンの攻撃は…」


抜きつ抜かれつのシーソーゲームの果て、1点のリードを守る形での登板は、絶えないざわめきを背にしたままセットポジションに入り、池田のサインを待つ。

いつも通りといえばいつも通りの配球で、サインは真っ直ぐだった。祭りではあるが、それが打たれて良い理由にも手を抜く理由にもならないのは当然のこと。サインに頷き、ハムストリングをぐっと持ち上げてボールを放る。


「トーライィッ!」


威勢のいい主審の声が、声援を押し返し俺の耳まで届く。

盛り上がってるな〜と他人事のように思いつつ、2球目のサインを待つ。またストレートだった。押しの強いこって。

そうやってオリーグのバッターを3人さっさと片付けてしまう。

俺の凱旋登板などは、その程度のあっさりとしたものだった。いやそれでいいのだが。


「あんなみんな見えるところに死神って表示する必要なくないか?」

「まぁもうしゃーないだろ」


何もかも終わり、引き上げ中のロッカーで俺はたまらず池田と佐多にそう聞く。

池田は今更何をみたいな反応で、佐多も似たような感じらしい。


「今年はじめの段階で結構定着してたすもんね。菅さんにガツンと言っとかないから」

「俺が知った頃には刷られて売られてたんだよォ」


俺がそういうと、佐多はケラケラといたずらをしたガキのように笑った。こいつシバく。


「俺はそんなおかしなあだ名じゃねぇと思うけどな、死神」


片付ける手を止めずに、池田がそうぽつりといった。


「いやおかしいおかしくないじゃなくて恥ずかしいって話で…。いやまぁおかしいのはそうなんだけど」

「そうか?基本打たれんし、かと思えば引退試合とようわからん場面でよく打たれてるし、そう違和感はないけどな」


いつもよりもどこか落ち着いた口調で池田はそこからさらに続ける。


「一昨日ヒサにバッピ頼んだ後改めて考えた訳よ。なんで学生時代ヒサから打てんかった?ってな。考えて、そんで一つ思った。いい時のこいつから打てる方がおかしい」

「無茶苦茶言うなよ」


どういう理屈だ。


「佐多なんか言ってやれこいつに。キャッチャーらしからぬ、思考の浅さと根拠の乏しさだ」

「え?いやぁ、まぁ、あながちおかしくはないかと…。例えばストレートはホップ成分によって体感の速度が変わるって話ですし、打者それぞれごとのタイミングやらも違うわけで、打てる人と打てない人の対応範囲がズレるのもなくはないかなぁみたいな。すーごい乱暴な言い方すると、見え過ぎて打てないとかそういうのもあったりとか」


珍しく佐多が池田につき、思わずたじろぐ。

それでも納得出来ずに何か返そうとしたところに、池田が言葉を置く。


「引退する人たちやらによく打たれるのは、本人たちの衰えでお前が対応範囲に入ったって事だと思うぞ。もし仮に俺がそういう立場だったら、絶対打って終わりたいからめちゃくちゃ集中する。打てずに終わりはハナシとして綺麗かもしれんけど、個人としては全然収まりつかんし。そう考えると、結局、死ぬのにも力がいるんだろうな」


そういって結んだ池田に、俺は何を返すこともできず、死神の二つ名を改めて甘んじて受け入れるほかなくなった。

なおこのオールスターを機に、死神の名は元より、球界のおくりびとだの、八咫烏、告死鳥だのと両リーグのファンが囀るようになったのは、本当に後悔しかなく、やっぱ出なきゃよかったなぁとあとあと思うばかりだった。

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