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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
137/141

7/27〜7/30 ソーダイオールスター コンチネントVSオーシャン④

才能、心技体は天によりある程度与えられるもの、という言説をあまり肯定すべきではないが、現実として、どうやったってそう考えざるを得ない部分が悲しいかな、ある。

それでも、やるかやらないかだけはどこまでいっても本人次第で、そこのとっかかりを建て付けられるか、というのを一生涯問われ続けるのがプロの世界、いや本来はどんな所でもそうなのだろう。

佐多渉という投手は、それが出来ずに死んでいき、佐多渉という野手は、ひとまずそれが出来たので今のところ生きている。


やりたい事とできる事の不均衡なんて今に始まった事ではないし、誰しも多かれ少なかれ抱えたまま日々を過ごしていく。

そうやっていずれ、"やりたい事"が"やりたかった事"として朽ち果て、いつの間にか人生の肥やし扱いされて埋もれていくのが常だ。

佐多にとって、プロの投手として生きた3年間というのはささくれて手のひらに刺さったこっぱのようなもので、だからこそ、それを抜き取り燃やし尽くす機会を得られたのは良い事でもあった。


「オール・コンチネントのピッチャーは、佐多。背番号11。京央ネイビークロウズ」


ホームラン競争で上がった場内のボルテージが、このコールで更に上がる。

その場にいる誰もが、この一回こっきりの見せ物だと分かっているからこそ、拍手と雄叫びは止まず、鼓笛が奏でる三三七拍子はそのテンポを早めていた。


「っしゃ。佐多、しまっていくぞ」


ミットを向けて池田がそう言い、佐多はそれに深く頷く。そしてその後、しゃがみ込んで大きく飛び上がる。最初で最後、投球前のルーティン。投手の時には何故か考えもしなかったが、自分の体を大きく使う、そして己のもつフレームの輪郭を、投球動作に残し、反映し続けようと意識しての所作だった。

かり、とスパイクの刃先で今は懐かしきマウンドプレートを撫でた後、深く噛ませるよう地を踏み締める。

全ては、図抜けて恵まれた体格とは言えないがしかし、嘆くほど貧相では決してない体を目一杯使うため。武田に言われた言葉を反芻しつつ、グラブとボールを握った手を重ねる。


「本来であればクローザーとしてどうあるべきかを説くのだが。今回はそういう出番でもない。となれば」


佐多の記憶の中の武田は、マウンドでの雄々しさなどまるでなく、理知的に語る。

その折に久松がなんとも言えない顔していたのを、頭に残った情景の片隅になんとなし捉えていた。


「そう、そうだな。巨人だ、お前は。比喩でなく、あの堆いマウンドに立つ限り、グラウンドの中でお前は最も高い目線を持ち、高い打点でボールを投げられる。膂力も不足ない。まさに巨人だろう。己より小さいものなど、恐るるに足りるまいよ。まして、1人のみに集中出来るのだからな」


「故に、自らを大きく見せる事を心がければいい。仕草もフォームも、な。そうすれば自然と相手を抑えられるだろうよ」


どうしてか、今だからこそ腑に落ちる言葉だと佐多はその時思った。

そして、納得感はマウンドからグラウンドを、ホームベースを見下ろす事でより強まる。

オールスターに出る選手相手でさえ小さく見え、内野陣はアリ1匹分の小さな穴すら許さないよう堅く広くポジションを取る。


物事の中には、やめたからこそかえって理解が及ぶようになったり、離れたからこそ全体がよく見えるようになるものもある。

バットにボールを当てられたって守備陣がいるから大丈夫だという事、縦のストライクゾーンは思っていた以上に広く見える事、投手だった時の自分は、自分としか戦っていなかった事、自分が思っているよりも自分には力があった事。


「(以上、反省会おわり)」


それが分かっただけでよかった。あとはほんの少しの残り火を焚べるのみ。口元のグラブを、そのまま頭の上へと振りかぶる。

ゆったりとしたデリバリーは武田の指導通り。焦る必要はない。既に死んだ身だし、力もないわけじゃない。己を強く大きく見せるだけだ。


「スッ…トライィッ」


コールと共に、149km/hがバックスクリーンに示される。投じた真っ直ぐは糸を引くように真ん中低めを突き抜けた。

球場がざわめく。1番打者が佐多の向こうを見つめて苦笑いをする。

それをみとめて、佐多は満足そうに、だが控えめに笑みを浮かべた。


「(った〜…!速度は出て良かったけどやっぱ久々だと投げるのキッちィ〜!しんど!)」


実を言うと、先日のブルペンでも、はじめの20球を放った時点で負荷を感じており、池田の無理やりな休憩は、意図せず佐多にも都合の良いものであった。あれがあったから余裕と切り替えができ、練習が進んだ側面がある。

投手を止め、使わなくなっていた、あるいは負担が少なくなっていた筋肉を久々に動かしたのだから、負荷を感じるのも無理はない。

つくづく向いてなかったのだな、と佐多は自嘲半分に思いつつ、ふたたびワインドアップモーションに入る。

ゆったりとした動作は、テイクバックの円を流麗にし、フォロースルーに至るまでの動作速度を高める。いわゆる、腕を振るという動作の完成度に直結するものであり、佐多がかつて見失ってしまった野球の基本だった。

要求されていたのは、フォーク。叩きつけてしまったのが最後の思い出だが、ここでは、腕の振りの良化もあってか、上手く指から抜けていく。


「ええなーッエグいフォーク放るやんけーッ」


代わりにショートに入っている本職投手の広橋がそう評する、キレよく落ちたフォーク。スイングした打者に膝を付かせるくらいには落差が成り立っていた。


「(もう、追い込んじゃった。名残惜しいような、早く終わって欲しいような)」


胸のあたりに少しだけ窮屈さを覚えながら、ロジンを塗し、曲がり球を投げるわけでもないのにグラブの中でボールの縫い目をもてあそぶ。

横のコントロールを切り捨て、縦目の配球で真っ直ぐの力を生かす。受ける池田の割り切りと、真っ直ぐを取り扱う勘所が佐多のボールを引き立てていた。

この1打席における大勢は完全に決したと言っていい。だからこそ、名残惜しいからこそ3球勝負。投げる球は真っ直ぐ。最も高い打点から、今投げられる1番速いボールをバッターの近くへ。

さっきは低めへ走ったストレート。今度はバッターの肩のあたりの高さで突き抜けていく。


「トライィッ」


バッターの破れかぶれなスイングにアンパイアがアウトをコールする。1球目と同じ149キロが、池田のミットに収まって少ししたあと、ダグアウトから吉野がゆっくりと出てきて、両翼から拍手が渦を巻く。


「選手の交代をお知らせいたします。ピッチャーの佐多がショート、ショートの広橋がピッチャー…」


アナウンスを聞き、佐多はボールを広橋へと投げマウンドからショートへと足を向ける。

降りる間際、プレートを右の手先でひと撫でし、誰にも聞こえないように一言。


「ほんじゃ」


とだけ言った。

広橋の投球練習が終わるまで、レイクサイドスタジアムはまなに響く拍手は、一向に止まなかった。

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