取れぬ休みの算用を
夏はとうとう盛りに入った。
気候変動の影響が云々、世間が喧々囂々とざわめく中にあって、野球界はというとオールスターの季節である。
ぶっちゃけ、ぶっちゃけ今年も関係ないと6月ごろには思っていた。去年は物珍しい使い方がたまたまウケただけ。今年はクローザーから先発に配置転換されているし、よしんばファンが多少俺を見たいと思っていたとしても、稼働やキャラクターの面で他球団の選手に票が集まるはずだと読んでいた。
蓋を開けてみれば、想定通りではあった。ポジション別の投票や選手単品での投票は先発と抑えそれぞれの獲得票数が綺麗に1:1ぐらいの比率になり、ノミネートには届かず。
選手間、プラスワン投票でも傾向が変わることなく、なんとか今年の夏休みを確保できた。はずだった。
広報の上田さんからあんなことを言われなければ。
「久松くん、オールスターだけど監督推薦で出場になったからね。池田くんと佐多くんとアダメスと君。それから武田くん。みんなで頑張って」
「ウッソでしょ」
2年連続2回目のオールスター出場。俺のような木端からすれば大変ありがたい話だ。…本来なら。
というのも、去年の分の蓄積疲労はともかく、先発である程度のイニングをこなすのは、中6日でも慣れがないとしんどい。いや多分慣れてもしんどいけど。
そんなわけで休めるといいな〜なんて淡い希望を持っていたのだが、この通りである。休日出勤される社会人各位への尊敬の念を一層強く持ちつつも、俺は人前にも関わらずガックリ肩を落とした。
「そんな露骨にイヤそにしたらダメっすよヒサさん」
それを見て、一緒に話を聞いていた佐多がからかいつつ俺を諌める。ごもっとも。
「休めるかなと思ってたんだけどな。監督推薦ときたか」
「まぁ成績いいし妥当でしょ」
「規定乗ってないのに?」
「スターターの価値って規定投球回が全てじゃないすよ。ヒサさんに僕がいうのもアレですけど」
ここのところ相手も慣れてきたのか、直近の何試合かでは勝ちもついていないし失点もそこそこしている。あいやもちろん、投票とその結果にタイムラグがあるのは分かっているのだが、どうしても枠潰してないか的な気持ちが拭えないでいた。
佐多の言にとっさの返しが出なかった俺は、片目を閉じ顔を顰める。
その、おっしゃる通りで。論戦の負けを、そう言って受け入れようとしたところ、ぬっと大きな影が落ちる。
「佐多の言う通りだなァ、久松よ。元よりオールスターというのは成績が全てではない。見たい、見せたい選手に出場させるものだ。名誉な事だぞ?」
案の定武田さんだった。落武者狩りにはちょっと大袈裟じゃねぇかおい。
「はぁ、まぁ」
厄介な新手が現れ、俺は思わず頭を掻いてそれだけ返事をする。
オールスターに選ばれることが悪い訳では決してない。それはもちろん分かっている。箔付けにもなるし去年の原さんみたいな縁も出来る。いい事は多い。ただ、前後合わせて4日の休みが欲しかっただけだ。
怪我でもしていれば休めたかもしれないが、それはそれで本末転倒だし、仕方ないことと諦め、も一度息をつく。
結局原さんとやりあったときの肘のちりつき、あれなんだったんだろな。
「寧ろお前が選ばれんというのはここ2シーズンを考えるとあり得んだろう。もう少し自信を持て。折角の晴れ舞台で地元凱旋も出来るのだからなァ」
顎をさすりながら武田さんがそう言う。今年の開催球場は、コ・リーグからタイダルウェーブ本拠のレイクサイドスタジアムはまな、オ・リーグからファルコンズ本拠地の予州銀行マンダリンスタジアム。
凱旋登板、と両手を挙げて喜ぶほど地元に思い入れはないが、そういう考えに至るのはわからないでもない。
その場はそうですね、と返し、決まってしまった祭事を少し憂鬱に思いながら過ごした。
「…というわけで愛媛で投げるかも。地元って事で席が何枠かもらえるらしいから、もし知り合いで見たいって人がいれば」
こないだ使った居酒屋で、俺は菅さんに開口一番それを話す。今回は俺からこの件で声をかけたが、向こうは向こうで色々と話したいことがあったらしい。
「へー。いいの?ご家族とかお友達とか」
「うちの親は2人ともこういう人が多いところ嫌いでさ。同級生も大体が県外だし来れないらしい。あんまり見られたいものでもないからありがたいけどね」
こないだ酔っ払ったのを反省しているのか、菅さんは前に比べ慎ましい角度でグラスを傾ける。
「いいならありがたく。…あ。あたしは当然自分で席用意するから、地元の人に声かけするね」
「ありがとう。助かるよ」
曲がりなりにも記者、こちらからその断りを入れておこうと思っていたが、菅さんからそう言ってくれた。理解と気遣いが大変ありがたい。
「自分でって事は取材じゃなく?」
「そう〜。取材はネクストオールスターがあるからね。今はファーム中心だし、そっちしか無理そうなの」
「へぇ。ちなみにうちの2軍は誰かいい選手とか気になる選手いた?」
俺がそう水を向けると、菅さんは結構強く食いついてきた。
「いるいる。えっとね、育成の疋田くん。彼はかなり良さそうかな。津田さんにも言ったんだけど、せやろせやろ!って嬉しそうに言ってた。その流れでいろいろ教えてもらったよ」
…いいのか?まぁ、いいか。津田さんおしゃべり好きだしな仕方ないよな。あれで変な事言っちゃう人でもないし、まぁ大丈夫だろう。
「疋田か。いいよね。体が出来てくればもっとすごいピッチャーになりそうだ」
「まだ細いよね。高校生、ってカンジ。まぁでも、あれでネクストオールスターに出られるのもすごいんだけど」
おれがうなずくと、菅さんの口が更に走る。
「あ、そう!その疋田くんの事!企画して特集記事だしたらさっきも言った通りネクストオールスター出場してね!久しぶりにデスクから褒められたんだ!で、もしかしたら、また特集系の企画組めるかもしれないって」
菅さんはそう言ってにこにこと笑う。
どんな仕事でも、力のある奴は上がってくるものなのだろうか。
「次の記事は久松くんの事書こうかなって」
「やめてくれ」
冗談とも本気ともつかないことを言って菅さんがまた笑う。
こんなにも明るい笑い方だったかな、と少し戸惑いながら、俺もつられて口の端をあげてしまったのを誤魔化すようグラスの酒を口に含んだ。




