6/27 対南州レッドウルス 第12回戦⑤
人間、数字でゴールを決められると、とにかくキリよく終わる前提で残りの力を振り絞るものだと思う。たとい、前後にズレるとしても、思わず皮算用してしまうものだ。
これは俺の愚痴というか忌憚ない考えなのだが、強打で鳴らすレッドウルスの4番相手を5球で仕留めろというのはなかなか無理な話ではなかろうか。
「さぁてどうすっかな」
そう呟き、歪みそうになる口の端を隠すため、グローブを持った方の腕でわざと口元を拭う。振りは鋭いものの直近の数字だけ見ればそんなに良い状態とは言い難い。まぁ俺は俺で消耗している訳で、結局イーブンだ。
とにかく向こうが好きなコースに投げない、好きな球種を投げないことを念頭に投げる他ないだろう。あとはビビりすぎないこと。
余力をあとの5球全部使って深水を抑えるべく、嚆矢を放つ。
「ボォッ」
106球目、外枠低めめがけ投げ込んだフォーシームは、ボール2個分くらい外れて池田のミットに収まる。球速は140を切っていた。ややはっきりしすぎたためか、深水もほとんど反応していない。流石に頭低めでいっぱいなんてバランスの悪い打者じゃないかと、俺は苦笑いを浮かべそうになり、左腕で汗を拭い顔を隠す。
投げた時にあった肘のちりつきは、こうして曲げると感じない。
「(初球ボールはしゃーないな。狙ってズレてるだけですっぽ抜けてる訳じゃないからまだ大丈夫だ。問題はどうストライクを取るか、か)」
外のボールに一切反応がないとなると、追い込むまではどうしてもゾーン内で力比べをするしかなくなる。幸い、手元で動くツーシームとカッターがあるのでまだ択を持てている方だが、それもコースや曲がり具合によっては致命的な一打を浴びかねない。
慎重を期して投げることを意識しつつ、サインを待つ。池田の選択は右打者から逃げていく軌道を描くツーシームだった。
「ボォッ」
悪くないところに行ったと思ったが、アンパイアのコールはボール。やや低かったのかもしれない。じりじりと背中に緊張感が這い、ナイターのLEDから放たれる光線の照り返しが網膜を刺す。目立たないように手首を軽くストレッチし、息を整える。これで 107球を投げた。
ボール先行、しかも2球連続でストライクを取ってもらえない時というのは大体あんまり良い結果にならない。それでも俺に出来ることは次の球を投げることだけだ。
俯き加減になりながら、池田が指を動かす。108球目は、一つ前と同じツーシーム。リスク少なく修正が効くボールではあるので、文句ない。多分、判定に納得行ってないだろうという向こうの忖度も込みでの配球だ。
俺が頷いたのを見て、池田が外に構えた後、奴がぐるりとミットを一回ししたのを、ストライクは欲しいが甘いとこに行くなら外に外れてくれた方がいい、広く使え、という指示と解釈した。正直半分都合よく取っている自覚はある。
それぐらい心理的な保険をかけないと、外角とはいえ深水を相手に回して、低めに連続で3つも投げ込むには意気がいる。
決して怯懦などではなく、負けられない、負けたくないからこそ心身の燃料を使うのだ。
先ほどよりもボール一つ高く、一つ内へ。そう意識しつつステップする。振り抜いた瞬間に腕がちりつき、ストライクゾーンに進んだボールと、バットのエンカウントに肌が浮き足立つ。
「ファウルッ」
ばちっ、という強い摩擦音には少し肝が冷えたが、ボールは投球した勢いのままバックネットの方へ向かってくれた。これでなんとかカウントは余裕が出来る。
ここまで速い球続き。流石に球速的なへたばりは隠せないので、緩い球も混ぜたいが。
「(カッター。だよな。いやいいんだこれで。楽したいで配球が決まる場面じゃない)」
ストライクを取れたが故に立ち回りが次のステップへと進む。それにあたって、ツーシームと対を成すカッターが選ばれた。
構える位置は内目。速い球を外目に投げ続けているからこそ、鋭く食い込むこの球に差し込まれてもらわなくてはならない。
109球目、手元で空を切る音がグラウンド中の振動を割って聞こえた気がした。
投げ終わり際に打者へと目を向け、守備の態勢を取る。よし、反応している。そう思った瞬間、深水のバットがボール2個ほど下をくぐってベース上を走る。大振りも大振りだった。
「(なんだ今の。深水にしちゃえらいぶん回したな。…まさかとは思うけど、ストレート待ちで反応したらカットだったからわざと空振ったとかそんなんないよな…?)」
なんにせよ、なんにせよ追い込んだ上、平行カウントだ。こっちにも抑える目がまだまだ十分ある。そう自らを鼓舞し土を蹴る。
これで110球目。宇多コーチが言っていた、交代の目処になる消耗の位置まで来た。これで殺す。次投げるのはそういうボールだ。
「(さて、何投げろって?…真っ直ぐか。どこに?アウトハイ?)」
池田は釣り球を投げてこいという。カウントには一応まだ使える分があり、速い球に反応はしている。内への目付は物足りないがやってないわけでなし、そして高めへはまだ投げてない。
完璧ではないが、筋道はそれなりに立っているか。見切られるリスクがあるのは池田も分かっているだろうし、その後、111球目に何を投げるかというところまで策は講じているのだろう。
あれには悪いが、今の俺にその先を自発的に考える程の余裕はもうない。とにかく千切れてでも腕を振り、渾身のストレートを。そんなつもりでボールを押し込み、そのまま空を叩く。
深水はこれに食いつき、トップからバットを走らせた。が、ちょうどベース板の真上でその軌道が止まる。
「振ったろ!塁審!」
ハーフスイングのアピールプレー。池田の要求に、主審が一塁塁審を指す。
判定を求められた塁審は、手をゆっくりと横に広げた。ノースイングの判定だった。142キロ。今出来る最高のストレートだったが、完全な空振りはしてもらえなかった。
これに、普段のんびりしているファーストのアダメスが珍しくリアクションした。外国人によく見られる、頭を両手で抱えたあと、大きく両手を広げるポーズ。
よほど納得いかなかったのだろうな、とありがたく思いつつ、110球で終わることを諦めた俺は、今一度打者と相対する。
「(見られたら終わり、打たれても終わり。でも抑えたら終わり。さて、何投げろって言われるかね)」
思っていたよりもずっと早くサインが決まる。
頷き、中指と薬指に縫い目を沿わせてボールを握る。構えるのは俺から見て左下のゾーン。
投げる球は深水にまだ見せていない変化球で、スプリットチェンジと比べ打者から逃げるように落ちるので三振からゴロアウトまで期待できる。
また、速球系のボールを多用していた為に、球速帯がズレているのも選択理由の一つだ。
そうして選んだ111球目。シンカーを落とすために腕を振る。ある時から最後まで、この、ちり、とした感触が腕から離れなかった。ただ、この試合を左右するようなもので無かった。
ストライクゾーンをギリギリ抜け出さない位置と落ち幅で進んだボールを、深水は先端かつ下面でひっかける。それほど力がない打球ではあったが、叩いた分か、跳ねが大きい打球が俺の頭上を超えセンターへと向かって進んでいく。
「(クソ!打球が高ぇ!引っ張り警戒で、佐多は深い上三遊間を厚めに張ってるからこれは抜けるか!)」
「田島!投げんな!」
セカンドベースあたりでなんとか田島が打球に追いついたものの、深水は既に一塁を駆け抜けた後だった。逆シングルで処理した為、田島はすぐに送球の姿勢に入ったが、サードにいた野口さんがそれを制する。
狙った通りの結果にはなったが、ハードラック。これも野球の一つと言われればそうだ。まぁ、それを差し引いても結局のところは、体力と握力が足りなかったに尽きるのだが。
そう振り返りつつ、出してしまったランナーに目を向けていると、ベンチからタイムがかかった。約束の時間だ。
吉永監督が出てきて、主審に一言二言声かけしてまた戻っていく。入れ替わりに宇多コーチがグラウンドへタオルを持って出てきた。
「ネイビークロウズ、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、久松に代わりまして、武田。ピッチャーは武田。背番号、22」
そうアナウンスがあると、ライトスタンド側の扉が開き、リリーフカーが風を切って走り出す。ホームゲームではいいリリーフから使うのが鉄則ではあるが、3分の1回を抑えるのにこの人はちょっと勿体なくないか。いや俺が悪いんだけども。
そんな自責の念もあって、ケジメとしてボールを武田さんに手渡す。
ピンチを作っての降板なのに、ライト側の客席からぱちぱちと拍手を貰えたのを少し不思議がりつつ、ボールから手を離し下がろうとしたところで、武田さんがこう言った。
「我が弟子久松よ。よく踏ん張った。後はこの武田克虎に任せろ」
「すんません。後始末お願いします」
宇多コーチに伴われ、白線を跨ぐ。
プロ入り最多の111球。肘のあたりが少し熱く感じる。そんな感覚を打ち消すように水を飲み、ベンチの前列で声を出そうと立ち上がったが、武田さんは3球まっすぐでマイルズをあっさりと沈めてしまっていた。
俺が手放しかけた流れを、武田さんがあっさりとこちらに引き寄せてくれたわけである。
結局、俺より多くボールを投げていた原さんもバテが来ていたのか、先頭打者の7番田島がツーベースヒットを打ち、サヨナラのチャンスを作ると、向こうも守護神の木内さんを繰り出してきた。
ただ、武田さんに比べるとやや準備不足で出てきた様子だった。次の打者がバントで送って1死3塁を作り上げると、吉永監督は武田さんに代え土谷を打席に送り込んだ。
佐多、長岡、池田とアベレージ高く強力な上位打線を後ろ盾に、代打との勝負を強いたのである。
土谷もこの用兵に応える形で初球を痛烈に叩きサヨナラ安打とした。
勝ち投手武田、負け投手原。
結果として、8回2/3を投げた俺は、8回0/3で退いた原さんに投げ勝つ形となったのだった。
意図しない事ではあるが、今年2回目の免許皆伝でもあった。
なお、原さんは試合後に、
「次は負けんけんな」
と、感嘆符のないメッセージを送ってきていた。
久松の成績については近日中に追記いたします。
12/25追記
久松の成績(6/27終了時点)
登板数:15 投球回数:43.2回 奪三振:46 四死球:10 防御率:1.65 3勝2敗9セーブ
先発成績 投球回数:33.2回 奪三振:32 四死球:6 防御率:1.34




