6/27 対南州レッドウルス 第12回戦②
原さんは、妻木と同じ本格派の投手だ。
150を超えるストレートと、質の良いスライダー系、フォーク系をベースに配球を構築していて、左打者からすれば飛びにくく当てにくいボールばかりを備えているよう見えるし、対右にもサークルチェンジがあって対応可能と隙がない。まさに王道、持っている手札が全て強いタイプのピッチャーと言えるだろう。
対して俺はというと、水準以上とは認めてもらえる真っ直ぐと、やや弱っちい変化球数枚をやりくりして騙し騙し抑えていく、速球派と技巧派を足して2で割ったようなピッチャーである。
原さんとの差は、あげれば色々あるが、シンプルに球質、そして思考負荷の部分で特に広がっていると俺は思う。
本邦では捕手のリードは殊更注目・研究されるが、日々の投球において、我々投手が彼らを外付けの思考用コンピュータとしている訳ではない。
どういう球を投げたいか、どういう相乗効果を起こし、その為にどのような変化を求めるべきか。そういうピッチングのデザインにおける主権は投手にある。当然、投げる時もそれを考慮に入れてサインに応答するのだから、頭空っぽで投げるという事はない。
俺のように、やりくりの組み立てが必要な投手はなおのこと。要は、安定感やイニングイートの面では原さんに勝てないのだ。
単品で勝てないのなら、俺のやる事はただ一つ。原さんより早くマウンドを降りるとしても、稼げるだけイニングを稼いで、仮に同点であろうとも勝ちパターンにバトンを渡す、それだけだ。
「(とは思うものの)」
ゲームは4回。ここまでは向こうが大人しくしていてくれたので良し。だが、2周目になると相手のアプローチも変わってくる。
たまたまヒットもなきゃフォアボールもないが、そんなラッキーが続くのはここまでだろう。さて、どう回して行ったものか。
とはいえ、真っ直ぐ軸で殴り合う他、手立ては思い浮かばないのだが。
池田の事だし、同じように考えているだろうと、サインを見る。
「(…カッターから?)」
大体初球は真っ直ぐか遅い変化球で入る池田にしては珍しい。ここのところ意図や狙いがはっきりしているし、ただ折衷案で決めたという事でもないだろう。ここのところずっと少しうつむき加減に手を広げるようになった池田だが、ここでは俯いたまま迷いなく打者の内目に構えた。
少し考えたあと首肯し、他より長い指2本で空気を裂くようにリリースする。
やや力みが入ったか、インコースに進んだボールは、上村さんの懐を抉りバットの根元を割る。力のないファーストゴロだった。
「カットあるとやっぱいいな」
イニング間に池田がそう言って話しかけてきた。甘くなった真っ直ぐを伊東にセンター前ヒットを打たれたものの、なんとか0で帰ってくることが出来た事に内心胸を撫で下ろしつつ、俺は返事をする。
「まぁ、真っ直ぐで押せるなら当然使い出が増える球だしな。けどよ、向こうそんな分かりやすくストレートに張ってたか?」
「半歩だけ後ろに軸足置いてたからな。ヒサの球質と俺の傾向考えたらまぁ真っ直ぐ来そうってなるのはそうだろ。そんでさっきの打席はクソ甘い球だったのに差されて空振り。流石に打者としてはやり返したくなるところだ」
「それを見越して、速い球への打ち気をいなすでなく引っ掛けさせるか。他の球も見せなくて済むしリターンは確かに大きいな。…しかし全体がそうかと言われれば違うんじゃねぇか」
上村さんの速球対応が衰えているという前提をもってなんとか成り立つ策だが、これを上村さん以外にも普通に使っている。
シーホースほど対応幅がないという訳でもなし、たまたまのようにも思えるが、池田はその辺りどう考えているのか。
俺の疑問に、打席が回ってくるためプロテクターを外しながら、池田はあっけらかんと返した。
「打者の役割範囲って話なら違うだろそりゃ。それぞれ得意不得意があるのは俺でもわかるし、向こうもその辺フレキシブルに対応出来ないはずないからな。それでもカッター、なんならツーシームでもだけど、この試合中盤からよく効くんじゃないかと思ってるのは、お前がバシバシストライク取ってくんのを皆嫌がってそうだからだ」
目から鱗が落ちるとはこの事だろうか。実に打者らしい目線だと思った。
確かに、俺が初球速い球から入ってくるなら当然それに狙いを定めるし、カウントが深くなるほど、手札の多さの関係で警戒すべきものが増えていくから、尚のこと多少強引でも早仕掛けでしばく方が打てるという理屈のようだ。この辺りは三振を取れているというのも大きい気がする。
ゾーン内で勝負し続ける事によって、速い球と見れば相手が早仕掛けをしてくるから、そこに対しカッターないしツーシームを投げ込むとよく効くってか。その結果打ち損じと球数の節制につながると。
池田が自分から想起したのかそれとも誰かの入れ知恵かはわからないが、理屈としては通っている。
「さて、そろそろ打ってくるか」
そう不敵に言ってヘルメットを被り池田がベンチを出る。いやこいつすげぇな。よういうわホントに。
そんな余裕ない俺を置いていくように、池田はずんずんとネクストに進み、少ししてバッターボックスへと向かう。原さんはまだまだノーヒットピッチングを続けていた。
2死走者なしで、池田が2回目の打席に立つと、拍手が起こる。ここまでクロウズ打線はいいとこ無しだし、期待はされているだろう。
移籍してきた柳原さんを相手に、5回表に向けて軽いキャッチボールをしながら、その打席を眺める。
池田があんな風に言ったのも、別に根拠がないわけではない。元々速球には強いし、ハイボールヒッターなので少しでも浮くと捉えてくる上、パワーがあるのでスタンドまで持っていく。
これは自戒を込めての話でもあるが、先発をやっていて、低めを登板から降板まで徹底出来るピッチャーというのは本当に少ない。理由は至極単純でスタミナと集中力が持たないからだ。
そうした要素を踏まえた上で、巡りが奥まってくるほど、池田という打者の恐ろしさもいやますのだ。
「ボォッ」
アンパイアがこちらにも聞こえる声で判定をつける。
球速的には真っ直ぐだったが、流石に原さんでも、素直にゾーンには投げ込まなかった。
高さは膝の少し上くらいでボールか。ベンチ前からは横幅が分からないが、おそらくコースの問題なのだろう。
「池さん見えてるよーッ」
こちらのベンチから誰かがそう声を上げ、グラウンドの歓声に呑まれて溶ける。
聞こえてないのか意に介してないのか、池田はじっと原さんを見つめたまま、トップを作る。
「(2球目はスラか)」
低めにバックドアでスライダーを捩じ込み、カウントを1-1に戻す。こういうことを主軸相手ちさらりとやるあたり、原さんのピッチャーとしてのステージの高さを感じる。
ただ、ここで2球種を見せたのがどうなるか。
完投まで視野に入れるなら、3番とはいえ、あんまりかかずらわれる場面ではない。球種もそうだし球数もそうだ。ランナーもいないし、三振に拘らなくてもいい場面である。手を出してくれるならありがたいまであるだろう。
結局レッドウルスのバッテリーが3球目に選んだのはストレートだった。4回51球と完投を目指すには余裕あるペースで、当然、球にはまだまだ力が残っている。
池田はこれにしっかりと反応し、アウトコースやや低めくらいのボールを捉えきる。
角度のいい打球が空を舞い、観客の歓声が上がる。しかし、アウトローに近い位置でボールにも力があった分か、フェンス手前、ウォーニングゾーンの辺りで重力に引かれてライトのグローブにすっぽりと収まる。
ライトスタンドのクロウズファンは思わずあ〜、と落胆の声を上げ、レフト側にいたレッドウルスのファンはその飛距離にどよめく。
一塁を駆け抜けることなく俺の横を通り過ぎて行こうとした池田に、声を掛ける。
「良い当たりだったけどな。惜しかった」
「あー、まぁちょっと押し込み足りんかったな。ま、次ァ打てるだろホームラン」
当たり前のようにそういう同期に、俺は半信半疑でじゃあ次頼むわと返しマウンドへ上がる。
勝ち負けのつかないままゲームを折り返すこの状況にひりつきを感じつつも、キャッチボールの流れのまま池田の代わりに最低限の装備で座った柳原さんのミット目掛け軽くストレートを押し込んだ。




