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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
128/141

6/27 対南州レッドウルス 第12回戦①

ローテを回るということは、すなわち"投げ合い"を避けられなくなったということでもある。

括って述べたが、言ってしまえばなんてこたない、どちらがより長く、より抑えてマウンドにいられるかを比べるだけ。

たったそれだけだが、それにこそ投手としてのプライドや矜持が問われるものだ。勝つ事を第一義として考えた場合でも、これを制さずに勝利は有り得ない。

精神論じゃねぇかと思わなくもない、が、投手自身力で白黒つけるものであるのもまた確かな事だ。

そしてそこには、野球というエンターテイメントにおける粋の一つがある。


無論これは端から見た時の話で、いざ自分でとなると投手は相当に神経を使うものなのだが。

何故そんな話をするかというと、今日俺が投げ合わないといけない相手が相手だからな訳で、そしてその相手とは試合前のグラウンドで顔を合わせることとなる。


「おう、久松くん。いやぁ、こがんこつなるたぁ思わんかったばいな」

「あぁ、原さん。お疲れ様です」


ゆら川からレッドウルスに移籍した原さんが気さくに声をかけてくる。

今年、俺が先・中両方でここまでやれているのは、ひとえに原さんから教わったカットボールの存在が大きい。

球数の節約からカウント奪取、果ては左への決め球まで、その用途は俺のボールの中でも多岐にわたる。今の俺をローテーションピッチャーたらしめているボールと言ってもいいだろう。

そんなもらった武器を、今日は原さんに突きつけなければならないわけだ。


「まさか原さんと投げ合うなんて考えても見ませんでした」

「ほんとにそがん思いよっとかー?吉永監督の事やけん、あの時点で先発ばさせようとしよったっちゃなかね?」

「いえ、だとしたら僕は開幕から先発争いしてたはずですから」

「ま、そらそうや。冗談冗談。…それはそれとして、負けんけんな。おいもやけどわいもぴしっとせんばとぞ。真剣勝負たい」


かつてゆら川で、そして新天地であるレッドウルスでも番頭を張る男が、くわと顔をいかめしくして笑う。

さりとて、今更この程度に気圧されていては大魔王の薫陶を受けたとは言えない。そう考え、俺も笑顔を浮かべて返事をする。


「ええ。よろしくお願いします」


そう言葉を交わして、一時間か二時間かしたころにゲームが始まる。

現状レッドウルスの打線は、昨年ほどの迫力がない。主な要因は、コアバッターである赤池の負傷と、その予後の悪さだろう。

万全でない以上、赤池という打点屋を巡りの後ろに下げざるを得ず、その結果、本来後ろを打つはずの人員を上の打順へと繰り上げるか、或いは、守備を諦めて打てる人員を当てこむかという歪みが発生している。

更にはホームゲームと、高い下駄を履く形ではあるが、だからこそ、この投げ合いは制さなくてはならない。


「プレイッ」


夏を迎えようという時期故か、バックスクリーンの針が6時を指していてもまだ明るさが随分と残る。西日から目を背けつつ、俺は池田のサインを見る。真っ直ぐだった。

今日1番に座るのは上村さんだが、以前見た時から安打数は更に減り、66となっている。

今年で33と、選手としては高齢になりつつある上、リードオフマンを張れるとは言い難い成績だが、それでもここで使われるあたりに、今季のレッドウルスの状態が伺える。


「トライッ」


俺の投じたボールは僅かに真ん中より外という程度で、正直かなり甘く入ったが上村さんはこれに空振る。なんにせよ、俺はすごく楽になった。

対して上村さんは、やや焦りが見える顔をしつつバットをくるりと回し構える。

今の反応を見るに、真っ直ぐに対しての免疫が衰えているのだろう。元々パワーがある選手とは言えないのも相まって、速球ゴリ押しが安定択となってしまう。

あんまり考えさせる必要もないし、球数も惜しい。

得意を押し付けてしまっていいだろう。そう考えて、この後俺は真っ直ぐとカッターでさくっと上村さんを退けた。


「2番ショート、菱刈。背番号63」


さて、ベテランの次は若手だ。更にその後ろにも若い伊東が控えている。ここの監督は左右を気にしないのか上位3人全員左打者だ。

確かに俺はどちらかというと左を苦手をするタイプなので、この並べ方はデータを基に考えるなら間違ってないだろう。

1番打者の反応を基準に真っ直ぐを投げると痛い目を見そうな並びでもある。となれば、カーブかチェンジアップあたりを投げたいな。

そう考えていたが、ここのところの池田は、この辺りの機微を外さない。打者を一瞥し、カーブのサインを出した後、低めに構えてくれた。


「(いいね。ちょっと外すぎるくらいに構えてるって事は、まぁボールでもいいんだろ。ただ、高さだけは間違えらんないな)」


肩口から入ってくるカーブというのは打たれやすい。それを懸念して大外にミットを持ってきたのだろうと捕手の意図を推し量り、ボールを抜くように放る。ゆるりと弧を描いたボールは、池田のミットの方に向かうと、その手前で地面に落ち、そのまま網の中に収まる。


「(前に比べて見逃し方がいいな。まぁ流石に苦手意識持たれてるだろうし、多少慎重にはなるか。…ただまぁだから真っ直ぐをゾーンに突っ込むって話にもならんし、どう攻めてくかねぇ)」


菱刈からはほとんどヒットを打たれてないだけに、相手もかなり考えて打席に立っているだろう。カーブを投げたために同系統のスライダーは使いづらいし、落ち球は通りやすいだろうが腕の振りをある程度補正する意図もあるため、シンカーも少し違う。

そうなると、真っ直ぐ系かスプリットチェンジかになる。なるべく2ボールにはしたくないが、安直に真っ直ぐで行っても張られていそうだ。となるとゴロを見込めるツーシームがいいだろうか。


「トライィッ」


そんな風に思考を進め、ツーシームをインコースに投げ込む。

反応はしてきたが、スイングは仕掛けてこない。カーブの軌道が残っているのか目付けが外にあるように見え、それがためにやや鈍い動き出しになったのだろうか。

ランナーはいないが、このコンタクト力あるメンツの中で上位に座っている事を踏まえると、菱刈も打順なりの当て勘を備えていると見える。インに張りなおし、困ったらおっつけて流し打ち、あるいはカットくらいの欲張りはしてきてもおかしくない。


「(というか、そうしないと多分追い込まれた時にアウトコース対応出来ないんだろうな。それを狙ってるなら、逆手に取って外スラで三振取れるイメージは湧くから、追い込み方か)」


真っ直ぐへの警戒度は見たところ変わらない。ボールにしてもいいが、相手に余裕を与えるのが好ましくないところだ。

となると、ゾーン勝負。インの速球系はもう一球くらいなら通らなくもなさそうだと考え、真っ直ぐを菱刈の大腿のあたりに押し込む。

審判の手が上がり、追い込むことに成功した。

返球を受け取りサインを見ようと前を向いタイミングで、池田は右バッターボックスの近くに寄り、サインを出してきた。


「(カッターか。まぁ確かに遅い球に合わされて三遊間抜けていくとかはあんまりいい気分じゃないか)」


納得し頷いてカットボールを外へ投げ込む。

小さく速く曲がったそれに、菱刈は接点を作ることが出来ず、悔しそうにバットを振り戻した。


「3番センター、伊東。背番号24」


初回はひとまず、クリーンナップの前に打者を出さずに済んだ。息をつきたいところだが、そういう訳にも行かないバッターだ。

そんな風に気を張っていたのがよかったのか、初球の真っ直ぐがどん詰まりのポップフライになってくれた。

まず1イニング。足早にダグアウトに戻り、腰を落ち着ける。すぐ水を一口含み、マウンドに向かう原さんの所作を見逃さないよう視線を戻す。

投球練習を終えた原さんが、内野陣にアイコンタクトを送り、ぎろりと打席に立った佐多を睨む。こうして、長い投手戦が始まった。

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