降格2週目②
「知ってる?愛媛出身のプロ野球選手で久松くんと同い年の人っていないんだよ」
頼んだカプレーゼをつまみ、いつもよりも砕けた口調で、菅さんがそう言う。
俺に一度横目を流し、2杯目に頼んだ白ワインをちまりと口に含んだ。
「へぇ。愛媛出身の人自体あんまいないよなとは思ってたけど」
菅さんの口調に合わせた形で俺も返事をする。
飲み始める前に決めた、無礼講というにはちょっとちゃっちい、言ってしまえば子供っぽい約束事だった。
手配されたのは、イタリアン色が少し強めだが、居酒屋っぽいメニューもある面白い店で、他に比べるとワインを多く取り揃えているようだ。
「それより大丈夫なのここ」
「新聞社とかテレビ局のある地区からは遠い上に、絶妙に主要路線から外れるから記者はあんまり来ないんだ。…来たとしても多分皆そういうのを抜きにして話したい事がある人ばっかだから、お互いに口外しないよ」
俺の懸念を菅さんはそう言ってひといきに蹴り転がす。
首都圏の交通網から外れたこの店にそこそこ年季が感じられるのは、それが故なのだろうか。
いずれにしても、俺に取ってはありがたい不文律だ。
「まぁ、気になるよね。記者だし。なんなら女だし」
「…気を悪くさせたなら申し訳ない。それで話は戻るけど、愛媛の選手が俺以外いないのはなんかあるの」
そう聞いて、アクアパッツァを口に運び、菅さんと同じ白ワインを、くいと流し込む。
日本酒を好む身としては、少し酸味がキツく感じてしまうが、合わせた感じはやはりイタリア出身同士だけあってかなりいい。
「えー?だって新卒で記者になってだよ。地方出身なんだから同郷の人いないかなーって気になるでしょ。取材のとっかかりとかもあるけどそうじゃなく純粋にね?」
「あぁ、まぁ。その気持ちはわかるかな」
「だからね、調べたの。そしたらホントに居なくて。久松くんも最初は岡山の人かなって思ってたよ。吉備産業大って書いてたし」
ドラ7無名大卒の選手に対する興味なんて、確かにそんなところぐらいしかないよなぁ。
で、古沢さんと十川さんと俺でやった自主トレには、里帰りついでに行けたと。たまたま前後の動きも怪しかったという感じか。
「まぁ、普通仕事じゃなきゃ調べんだろうね。あいや野球興味ある人なら出身高校くらいは確認するか」
「流石にね〜。プロ野球はずっと見てたけど、あたしファルコンズファンじゃないから、何が何でも同郷選手応援ってわけじゃないし」
「そうなんだ。じゃあブレイブスかフライヤーズ?」
そう質問を投げた後、店員を呼び、水と本命の日本酒を注文する。
お互い話せないことはありますが仲良くしましょう、ついでに話せる事は話せる範囲で開示して手打ちにしましょう、というのがこの会の趣旨なので、酔いすぎず付き合いは悪すぎずで終わりまでいく必要がある。
しかもチャンポンするのだからチェイサーは絶対必要だろう。
「ブレイブスだね〜。でもほとんど追いかけてはないよ。岩槻二軍監督とか川越コーチとかが現役だった頃にテレビで見てたくらい」
「それ何年前?」
「15年とか?中学あがるか上がんないかの時だもん」
答えた後、グラスを空にした菅さんはゆっくりと底面をテーブルに置く。そして、先ほどの俺と同じように店員を呼んで、レモンサワーとチーズフリットを持ってくるよう頼んでいた。
「そういえば、次上で投げるのっていつなの?」
「…わかんないね。体の調子は大分良くなってるから、呼ばれてもまぁ大丈夫だとは思うけど」
「ふーん。…今武田さんがクローザーにカチッとハマってて、フィリップ選手も金子さんも飯田君もいい感じだけど、本当にまた去年みたいな形のリリーフに戻るの?」
クソ、コイツ、コイツとか思っちゃった。いや、そうでなく。この人ホントに酒入ってんのか?入ってるからこそ聞いて来てんのか?
滅茶苦茶答えづれーじゃん。
「じゃない?それかショートスターターとかかな。詳しくは聞いてないから、監督次第だね」
俺がそう素知らぬ顔を貼り付けて答えると、くすくすと菅さんが笑う。
「久松くん、結構正直。特に答えても問題ない話の時は嘘ついたり切り上げたりするけど、そうじゃないあんまり情報出しちゃいけない時は曖昧にしたり、話すり替えたりするよね」
え?マジで?
「そう?」
「うん」
動揺を堪えつつ、俺はフリッターを口に放り込み、日本酒に追いかけさせる。
チーズ独特の香りと日本酒の臭気が一緒になって鼻から抜けていく。
「嘘つきたくないんだなって思いながら話聞いてる」
「あんまり考えてなかったなぁ。菅さんからは色々聞かれるから、どういう時そうなってるかわかんねぇや」
この期に及んでとは思ったが、その辺りすらも誤魔化そうと試みる。
しょうもない目論見はあっさりと彼女に見抜かれ、情けすらかけられた。
「ふーん。じゃあそういうことにしておいてあげるよ」
「…いや、ありがとうございます」
もうどうにもならんと俺は負けを認め、手打ちに対する礼を述べる。
それを見た菅さんは、んふふ、と満足そうに笑い、7割ほど残っていたレモンサワーをぐいっと飲み切った。
余談だが、俺が取材に対し言葉を濁した後は完全オフレコにしてくれるようになったのを付言しておく。
「よーし!赤ワイン!」
「おぉ…。…水飲みなよ?」
勝利宣言のように杯を空けた菅さんはそう元気よく注文し、それに対して、俺は負け惜しみのように忠告する事しか出来なかった。
俺たちのしょうもない和睦交渉のような立ち合いは、もう少しだけ続くことになる。




