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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
120/141

降格2週目①

ざりざりと、一軍より気持ち低いマウンドを削り、一番手の打者を見下ろす。

グラウンドキーパーの皆様方が毎日整備はしてくれているのだろうが、やはりプレート前の土は他のところに比べて幾分崩れやすい。

そんな赤茶けた土台に浅い穴を作り、スパイクの金を地に噛ませる。

投球練習ながら、投じた球にこないだ以上の力をこめると、座る佐久間のミットは空気を弾き出し、高らかに音を立てた。


「ナイスボールっス」


そう言って返す佐久間の声にはやや覇気がない。

というのも、調整の兼ね合いで今日は俺がリードする事になっている。それがあまり面白くはないのだろう。さりとてこちらもその辺を考慮する余裕はない。

投球練習を終え、帽子や体の部位を触りつつサインを送る。どうせ今日限りのもの、見破られるのは仕方ないと割り切ってはいるが、最低限ブロックサインを織り交ぜた。


「ストーライッ」


141キロのストレートが右打席に入った1番打者の懐を突く。

やや高めの位置に投げ返されたボールを背伸びして取り、軽く腕を回す。

出力も力感もいい感じだ。少し気分よくサインを送る。

佐久間が頷くのを確認するついでに打者の様子も窺う。

頭の数字はゼロ。世知辛い話だが、この打者のみならず敵味方の大体が0から1桁台を頭の上に浮かべている。

このグラウンド内では俺の後ろを守る土谷が上から数えて三つのうちに入るほど、この世界は険しく、ヒットを打つというのは難しい。


初球、体に近いところをあっさりと見逃したのだ、そう積極的に振ってくるまいと2球目もストライクを取りに行く。選んだ球種はここも真っ直ぐだった。

先ほどより甘いコースに投げ込んだが、これにも反応せず。何のことはなく追い込んでしまえた。こうなれば後は落ち球でいい。

一瞬、消耗が少ないチェンジアップでもいいんじゃないかと思ったが、実戦のための登板機会なのだから、そこで手を抜くのも違うと思い直し、1番落ち幅があるシンカーを投じた。

そして、狙い通り三振。


「オッケナイスピーッ」


どこかから、そんな間延びした掛け声が聞こえてくる。

人差し指を立て、内野陣に声掛けをしていると、次の打者が打席に入ってくる。

彼もまた、数字は0だった。


「トライーッ」


おいおい君もかい。君も初球あっさり見逃すんかい。

140キロの真っ直ぐ、ベルト高で投げミスだと思ったのだが2番打者も興味なさげにこれを見送ってきた。

いやまぁ、投げる方はありがたいが。ありがたいのだが。

多少モヤつきを覚えたが、切り替えて次のボール、また次のボールをと、どんどん投じていく。

武田さんのいう、"ひりつき"の意味が何となくわかった気がした。


「…まぁボールは良かったんちゃうか?」


3回43球無失点で退いた後、暇そうにしていた津田さんを捕まえて、そのままブルペンで20球ほど投げる。

リードや想定はおまかせし、イメージトレーニングも兼ねたそれを以てようやく気がおさまった。

なお受けた津田さんの反応はご覧の通り。

含みがあるというよりは、投げたがった俺に対する困惑の色が強いだろうか。


「すんません、試合中に」

「いやホンマなお前。木下さんが事情知らへんかったらでけへんかってんでこんなん」


津田さんの言葉にその通りだと頷き、木下コーチに頭を改めて下げる。

木下コーチはブルペンに来た時のように、あっけらかんと笑い、握り拳を作って親指を立てた。


「でもいい感じじゃないか。数字も出てたんだろ?」

「2300回転出てて真っ直ぐの最速が143。速さはともかく回転数は本調子と遜色ありませんわ。ヒサ、これを何イニング持たせられるかが問題やで」

「はい。まぁ正味60球程度でも余力はありますし、ひとまず次の登板は何とかなると思います」


そんなやりとりの後、アイシング用の氷嚢に中身を詰め込み、マジックテープを剥がす。

他の投手のボールがミットを鳴らすのを割って、ばりばり、と安っぽい音がブルペンに響かせた俺は、そそくさとブルペンを出てロッカーへ向かう。

カメラに今更アイシングしている姿を抜かれるわけには行かないので、落ち着ける場所はそこくらいしかない。

そんな考えを巡らせながらドアから手を離す。バタンと戸が閉まる音を確認し、さぁロッカーへと思って顔を上げた瞬間だった。


「あ」

「あっ」


なーんで菅さんあんたいんの。

脳内でそう叫びつつ、作り笑いを浮かべようとした瞬間、乱暴に腕章を取った彼女が近寄って来て小さな声でこう言った。


「…ちょっと色々あるんですけど、取材ではなくもう一個人として話したい事なので、今日、飲みに行きませんか?」

「…それはお仕事関係の話で、って事ですよね?」


俺が恐る恐る目線を向けると、久しぶりに見る笑顔がそこにあった。ちょっと怖い。というかの口ぶりは、多分こないだのあれ気づいてんだろうなぁ。


「もちろん。あ、店はこっちで手配しますから。後でお伝えしますね」


そう言って、つかつかと去っていく菅さん。

俺は何が何だか分からないまま、あたりに誰もいないかを確認する事しかできなかった。

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