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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
119/141

降格1週目②

「ットーラィ」


3イニング目3人目のバッターを、137キロの真っ直ぐで三振に取り、俺はマウンドを降りる。

力感抑えめながら3回29球パーフェクトと結果は上々だ。

アタマの3イニング、いわゆるショートスターターのような出番をこなし、監督やコーチ、後輩たちの労いを背に受ける。


「ナイピッチでした」

「うん。佐久間サンキューな」


今日のキャッチャーだった佐久間からもそう声がかかった。

今日の配球に関しては、始めの1イニング佐久間がリードして、残り2イニングは俺に裁量が与えられていた。


…正直、意図やチョイスがわからない事もあったが、まぁ結果が出たから問題はないだろう。

欲を言えば一色に受けてもらうのがベストだったが、うちはキャッチャー自体が不足しているし、池田を含めてもトップクラスの守備能力を有している彼を、俺の調整のために2軍に落とすのはあまりにももったいない。


「おうヒサお疲れ。ほな今日のおさらい早速しよか」


ダグアウトの奥から、津田さんが半身を覗かせ俺を呼ぶ。

そうしてそのまま機材室まで連れられ、今日のピッチングデータに関する分析とアドバイスが始まった。


「なんや今日球数少なかったのォ〜。1イニング目に関してはストレートもほぼナシかい」


佐久間の配球は、とにかくスライダーとカッターを押し付けるのが特徴的だった。

速度差はそれなりにあるものの、それが緩急を使ったと言える範疇に入るのかはわからないし、同系統のボールをひたすら続けるのがとれほどの効果になるのかも不明だが、佐久間はそういうふうに操縦したかったようだ。

それも、相手打線が早打ち気質だったためにどれほどの効果があったのかは分からずじまいとなった。


俺の手元に配球権が来てからは、真っ直ぐを軸として、スライダースプリットを添えて立ち回りを構築しようと考えていたが、2軍戦故ゾーン管理が甘いのか、それとも振っていくという育成方針なのかまあとにかく相手が振り回す。

結果、三振はそこそこにゴロフライアウトも取れつつ、冒頭通りの成績と相成った訳である。


「力感結構落として投げた?」

「えぇ。建前上コンディション不良ですから、7割くらいで」

「ほーん。ほんならまぁこんなもんか?で、痛み、違和感、ないな?」

「ありません」


俺の方をチラリと見たあと、津田さんの視線はタブレット端末に向かう。

ときたま、こつ、こつ、と指とパネルがぶつかる音が鳴った。


「う〜ん」

「何か」

「いや〜、力感落としてるとはいえちょっとストレート遅ない?と思っててんな。後ろ回ってる時の平均とまでは言わへんけど、140は欲しいとこや」


なるほど、と俺は頷く。

出力と継続のバランスは考えておくべき事だろう。俺自身どこまでイニングイート出来るかは分からないが、この辺りは必ず課題になるところだ。

とはいえ、一朝一夕にどうにかできる事でもなく、何か手立てを用意しなければならないね、と言ったところでお開きとなった。

スピンレートやコントロールなどについては特に言及がなかったので、そこは問題ないのだろう。もちろん、サンプル数が少なく、どうこういえないのもあるとは思うが。

そう考えつつ、ベンチへ戻ろうと部屋を出ると、すぐ見覚えのある顔と腕章が視界に入った。


「あぁ菅さん。どうも」


こないだ何故かお怒りだったのを踏まえ、こちらからフランクに菅記者へ挨拶をする。

俺の声に気づいて、あ、と声を上げたあと、てこてことこちらに近づいて来た。


「お疲れ様です。…やっぱりまた変な事になってるじゃないですか」


ある意味見慣れた、じとりとした顔をこちらに向け、菅記者はそう言った。

それに対して作り笑いを浮かべ、後頭部に手を回したりなんかしつつ返事をする。


「まぁ色々ありましてね。びっくりしました?」

「久松くんを取材する時は大体変な事してる時だから驚きませんっ」

「そうですか」


そう言って一瞬ぷいっと顔を背けたが、すぐにこちらに向き直り、ボイスレコーダー片手にこう聞いてきた。


「そう言えば今日ボール…。あっとと…。ごめんなさい。取材今大丈夫ですか?」

「取材してもらう分には大丈夫ですよ。答えられない事もあるかもしれませんが」


一応そういう断りを入れたが、それを聞き入れたのかわからないくらいすぐ、彼女は問いかけをしてくる。


「今日、なんだかボールが遅くありませんでした?」

「…2軍落ちの理由、コンディション不良ですからね。球速に影響があるとは思ってませんでしたが。まぁ、プラスで少し力抑えめに投げましたし、あんなもんでしょう」

「本当に?」

「ええ」


津田さんに言われた事とここで聞かれる事が被ると思っていなかった俺の心臓は、いつもより大きく跳ねる。

いやまぁ、同僚や上司に言われるのはまだわかるのだ。菅さんに言われるのはあんまり良くない。

言い方は悪いが、つまりは素人目に見ても球が走ってなかったという事だ。


「逆に聞きますけど、他のボールはどうでした?」

「他のボールって…。久松選手は、軸もバロメーターもストレートじゃないですか。そこ以外見たところで、調子どうこうとか、出来どうこうの判断には繋がらないと思いますけど…」


あっしまった。余計な事言ったかも。

そういう認識を持って話を聞きに来ているのなら、他のボール云々なんて話題逸らしや別の隠し事があるという疑念が増すだけだ。

そう思いつつ、なんとか、なんとか笑顔を保とうと躍起になっていると、菅さんがボイスレコーダーの停止ボタンを押し、鞄に入れる。

そして、そのままジャケットを脱ぎ、軽く放り投げる。かつ、という音が響き、更にその上に、鞄をこれもまた軽く放り投げた。


何を、と思っていると、体を押され、壁に引っ付いたところで押し込みが止まる。

構図としては、廊下の端に追いやられ、彼女のジャケットや鞄は反対側にあるような状況だ。

困惑が止まらない俺に、菅さんは先ほどよりも小さな声でこう言った。


「はい丸腰。これはもう取材とかじゃなく個人的興味で聞くよ。ほんとに体悪いの?それともまた何か作戦があるの?…もしかして、二つが並立するような状況だったりするの?」


最近思うのだ。俺はどうも、恩とか情とか、筋を通すだとか、そういうものに弱すぎるんじゃないだろうか。

彼女の振る舞いからは、純粋に興味と心配が同居していると見て取れるが故に、有り体に話してしまってもいいのでは?という考えが頭をもたげている。

記録できる状態を放棄し、周囲を確認した上でこの状況を成立させたのは、紛れもない事実であり、個人としては信頼に足る立ち回りだと思う。


「…いや、言えません」


しかしそれでも、相手は記者だ。チーム方針に関わる事である以上、そういう手合いに対し、僅かでも情報を出すのは憚られた。


「…そうですかぁ…」


菅さんは少しだけ悔しそうにそう呟くと、ジャケットを拾い上げ、埃を払った後、鞄を手に取る。

そしてこちらを向きつつ、


「体、ほんとに怪我なら無理しちゃダメですよ」


と言って出入り口に向かっていった。

結局、そこは怪しいって疑われてるんだ、と思いつつ、俺はベンチの方へ足を向け、ふと止まる。


「(そういや、最後のあのやりとり、"言えない"は不正解なんじゃね?)」


上意があって話す事ができない、と聞こえる、表に出来ない作戦があると読み取れる受け答えだ。

気付くか気付かないかは祈るしかないが、どちらにせよ自分の失態である。

改めてあの記者は恐ろしい、と思いつつ、敗北感を引っ提げて俺はベンチへと退いた。

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