降格1週目①
公示があった翌日、二軍球場に足を運びお世話になるファームスタッフの皆に挨拶をした。
三渕二軍監督が、短い間だろうが若手の手本として頼むぞ、と言うと津田さんが死ぬほど渋い顔をしていたのが個人的には相当面白かった。
ちなみに、ファームの都合もあり、投げるのは5日後になる。
二軍戦の日程は一軍ほど詰まっていないのでこういうことが起こると調整が大変そうだ。
早速隊列に混じってアップを済ませ、ブルペンに向かっていたが、道すがら小柄なシルエットが俺の行手を遮った。
「久松選手?今よろしいですか?」
「菅さん」
おいおい。あんたここまで来んのかい。
「どうして2軍に?ここまで順調そうでしたけど」
怒気すら滲ませながら、菅記者が俺に質問を投げる。
なんだよ怒るこたないじゃん。ていうか何に怒ってらっしゃるんだ。
「いやぁ、まぁコンディション不良って事で。痛いまで行きませんけど、前やったとこがね」
「その割には元気そうじゃありません?それにグローブ持ってるって事は今から投げるなりするんでしょ?」
「…よく見てますね。番記者ってファームまで来てまで取材するんですか?」
相変わらずの目敏さに、俺は嫌味を交えて牽制する。
菅記者はその意図を汲んだ上でこれをあっさりといなしてみせた。
「監督さんやGMには徳井さんが付いてますから。私はこういう変な動きを取材してるんです」
…まぁ部署内の主導権争いに負けたとかなんだろうな。それで上の取材源が薄くなったからネタ探しに来たと。だとしても俺の取材する必要あんまないよな。怪我の発表はしてるわけだし。
表には出さないが。功名心だとか、あるいは内心思う所でもあるのだろうか。
「まぁどっちにしても、僕も落ちてきたばっかりですからね。2軍がどういう動きしてるかはわからないですし、自分の体調整える事だけ考えてますよ。あ、そうだ。津田コーチに話聞きました?あの人なら色々情報持ってるかもですよ」
どっちにしても今俺の周辺を掘られるのは好ましくないので、津田さんを生贄にする。
取材のための情報源としてはうってつけだし、俺は自分のことが出来る、win-winのやり取りだろう。
俺は笑みすら浮かべ好意的に見えるよう提案したのだが。
「…そうですかっ。わかりました、どうも」
な、なんでだよ。だから怒るこたないじゃん。
そんな感じで菅さんからなんとか逃げた俺は、一路ブルペンへ向かう。
ファーム付きブルペンキャッチャーが幾人かと、多分2〜3年目くらいの選手たちが何人か。
最近の選手は馬力が高いままプロに入ってくるので、俺のような非力な投手は本当に立つ瀬がないなと思う。
おー、投げるボールのはえーことはえーこと。
「なーにボーッとしとんねんお前」
「あ、津田さん」
「ちゅうかヒサお前なんかまたいらんこと言うたんちゃうんか。誰やねんあの女記者」
「いやぁ、なんで2軍落ちしたか探られてて。はぐらかすのにちょっと津田さんの名前を借りました」
「ホンマにいらん事いうてるやん…」
ぎゅっと顔を顰め、津田さんがぼやく。
多分また文句を言われるだろうなと思い、さっと話題を変える。
「最近のコは球早いっすね」
「ん?おォ。いや実際高卒でいきなり153とか4とか出してくるから恐ろしいで」
俺と津田さんがだらりと喋っているのには目もくれず、先に投げていた選手たちはあどけない顔立ちながら真剣に投げ込みを続ける。
その内、1人の右手投げ選手に目を引かれた。その背には育成選手である事を示す3桁番号で121が貼り付いている。
「(数字は14か)」
「津田さん、あの1番奥で投げてるのは」
「疋田か?あいつええやろ。今年の育成ドラ1や。スケールある選手やで。真っ直ぐとフォークが軸で、まぁ、まだまだ荒さがあんねんな。その辺が避けられたんか知らんけど、馬力にはエラいもんがある。荒さ差っ引いてもよう育成で取れたなって感じがすんで個人的にはな」
なるほど。俺よりもずいぶん背が高く、それでいてまだまだ線は細い。手足がすらっとして長いのが印象的だ。
それでいて真っ直ぐには力がある。フォームにやや硬さや独特のゴチャつきがあるので、その辺りで、支配下ではリスキーと判断されたのかもしれない。
「へぇ。あのタッパで先発なら面白そうですね」
あ、やべ余計なこと言った。
「…なんで先発?今やらせとんのはリリーフや。確かにアレでスターター出来たらロマンあるのはせやな。しかしあのフォームのまま先発は厳しいと思うで。エネルギーが無駄に使われすぎやからなァ」
「投げ下ろす、っていう意識が強すぎるからああなってるのかなぁ。まぁ僕が勝手に思った事ですから」
「…いや、勝手に思うのはそうやねんけどお前の場合前科があるもんな」
あんた佐多の事まだいうかい。出世したんだからいいだろと思いながらしかし、ここを広げるとまた色々面倒な事になる。
誤魔化すように、俺はキャッチャーを座らせて腕を振る。
140キロ出るか出ないかのストレートがぱすっ、と音を立ててミットに収まった。
疋田のストレートは目算140後半くらい。
タイプや現状の役割が違うとはいえ、下手すると今の俺ともそう差はないかもしれない。
じわりと滲む脂汗を振り払うように、俺はもう一度腕をしならせ、真っ直ぐを投げ込んだ。




