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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
117/141

5/3 調整プラン

俺の先発転向は、形式上チーム内の機密事項として扱われた。

故に、公式発表はコンディション不良による二軍落ち。先だって公示も済まされている。

チーム内にはしっかりと先発転向によるものと伝えられており、各人がどう捉えたかはともかくとして、その事実は曲がる事なく周知されている。


この辺りは扇GMあたりが何かしらを仕掛けているだけだから、俺が気にする事でもないし事ここに及んでできる事もない。

とはいえ、腹づもりだけは確認しておきたかったので、ロッカールームの整理が終わったあと、監督とGMに念の為どう調整したらいいかを擦り合わせる事にした。


「と、いう訳で。いやまさかノースロー調整やノーゲーム調整で先発しろって話ではないですよね?」

「まさか。ただでさえ無理を強いてるんだ。上の方は、二回り三回りくらいならこちらのやりくりでどうにでもなる。交流戦明けてからでも構わない」


俺に与えられた時間は、まる一月と言ったところか。

困ったように笑う吉永監督の言に、俺はわかりました、と返事をした。


「久松くん。もう少し我を出してくれて良いんですよ。この状況は、ひとえに編成の力不足です。…もちろん、対応のために色々と手は打っていますが。君がスターターとして万全にそして安全に力を発揮できる事が現状最も大事。可能な限り対応はしますから、なんでも言ってみてください」


吉永監督の横に座る扇GMもまた、眉をハの字にしてすがるようにそう言う。

とはいえ、こちらも特に要求したい事は今んとこないんだなこれが。

しかしながら、上司のおじさん2人を捕まえて困らせてしまっている。いや俺のせいだけでは決してないのだが。それもあり、腕を組み考えてみる。

具体的に何かって言われるとなぁ。現実的なところでいくと調整法とかなのかな。

…上手くいくかは別として、一つ思いついた。


「…では一つ。調整の仕方とその周りでわがまま兼愚策を言っても良いですか?」


吉永監督は右に、扇GMは左に首を傾げながら俺の次の言葉を待つ。その様子がなんだか少し面白くて笑いそうになったが、それを堪えて話を続けた。


「調整にひと月も使いたくはないので、なるだけ早く一軍に上げて頂きたいです。加えて、1試合で投げるのは3イニング。中4日2試合あれば、GSでの経験上、ひとまず問題なく調整出来るかと」

「3イニングでいいのか?」

「去年の虚名を使おうと思います」


それを聞いて、監督の片眉が跳ねる。


「枚数不足を去年の成功体験、つまりは3イニングクローザーへの再配置で補う…と匂わせる。そういう筋書きで相手の目算を外すということか。だが、予告先発制度がある以上、その辺りの効果はそれほど期待出来ないんじゃないか?」

「それでもホームゲームの2戦目とかならうちのファンは面白がるんじゃないですかね」


先発をやるにあたり、卑下などではなく、純粋に力が足りていない。

荒木も妻木も、150キロ前後のストレートや決め球質のボールを投げ"続けられる"。

球威が持続するので多少の投げミスでも事故が起きにくいのだ。


俺はというと、ストレートの再現性を武器に、一人一人への組み立てを全力でやって押し込むのが今のスタイルである。15個アウトを取るうちにこの集中力が続くとは思えない。

カットやチェンジアップなど、先発で活用できるボールは持っているが、それをひっくるめても先に述べた2人や十川さんと同じくらいの働きをするとなるとまだ足りてない。


なので、ホームゲームでの盛り上がりという環境要因と、昨年得た虚名を下駄にしてこの課題を踏み越える。

予告先発の場内発表は前のゲームが成立したくらい(5回裏終了)。少々貧相だが、サプライズにはなるだろうし、そういう好奇心に基づいた熱はそこそこ長く続くものだ。ファン頼みの情けない作戦ではあるが、使えるものは大仰な二つ名であろうと地の利であろうと悉く使う。優勝するためならば。もしこれが、十川さんにとって手向のシーズンになる可能性があるならば。

そんな風に考えつつした提案に、吉永監督は膝を打った。


「なるほどッ。よく、わかった。扇さんどうですか」

「えぇ、えぇ。面白いと思います。いいんじゃないでしょうか」


2人の肯定を受けたが、俺は念を押す。


「ただ、これらをやるに当たっては、二軍の選手起用にも歪みが出ます。その辺りもご承知いただけますか?」


本来投げるはずだったファームの誰かの席を、一時的にとはいえ奪う。そういう策を献ずるのだから、どんな形であれ、その事実を忘れてはいけないと俺は思う。

これに返事をしたのは扇GMだった。


「わかりました。三渕さんと木下さん、それから津田くんに話を通しておきましょう。…私から言うのもなんですが、身体ケアの面も含め、速度は意識しつつも慎重に。久松くんまで壊れては本末転倒ですからね。後は、頭数確保の為に編成でも動いてる部分があります。多少後ろ倒しになっても問題ありません。焦らず無理せず調整してください」


GMの忠告と気遣いを、俺はありがたく受け取り部屋を出る。

扉越しに耳に届く、何と言っているかまではわからない話し声を背に、ロッカーから出した大荷物を背負ってホームグラウンドを後にした。





「面白い、とは思いますが、本当に上手くいきますかね」


ドアのガラス越しにぼやけた久松の影がなくなったのを見て、扇はそうぼやく。

久松を信じていないからなどではなく、そんな急拵えで何とかなるものかと、誰もがごく自然に考える事を懸念したが故にその言葉が出た。

久松の配置転換の話を聞いた時には強く反対を表明したからこそ、今回の話の流れにも、それは久松を使ってまで取るべき利得なのかという疑問を持っていた。

誰もいないドアの窓から未だ視線を逸らさず、扇のぼやきに吉永は返す。


「二軍の選手を相手に、格の違いを見せて戻ってくるでしょう。そしてその勇名が、彼だけでなくチーム全体を押し上げてくれるはずです」


吉永にしてはやや願望に依った物言いだと思いつつ、扇は、だといいんですが、とだけ言った。


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