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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
113/141

5/1 ダイイングメッセージ①

時は遡って朝一番の十川の病室。

吉永、宇多、篠原の三人はその怪我の部位と病名を聞き、すぐ口を開く事が出来なかった。


「すんません。迷惑かけます」


怪我の身で首脳陣を気遣うように、十川が謝罪の言葉を口にしてようやく、誰かがいや…、とだけ返すのみ。

4月は貯金で終えられており、首位にも立っている。予断が許されるほどでもないシーズン序盤だからこそ、先発陣の主たる一柱が折れた事実が重たくのしかかってくる。

昨シーズン170イニング13勝を叩いた選手の穴をどうやって埋めるというのか。


「…君の体を慮れなかった我らの落ち度だ。ひとまずは体を休めて、しっかり治してくれ」


補填の算出に苦慮しながらも、吉永はそう言って十川を焦らせないように優しく声かけをする。

その心遣いを受け取ってなおも、十川はその軽い様子を崩さない。

それを怪訝に思ったのは現役時代から長い付き合いがある篠原だった。


「十川お前、なんかもう一つくらい言わんといかんことがあるんやないか?」

「ア〜?まァ、本当に今季絶望くらいで済むんかなとは思ってますよ」


肩関節唇損傷自体は、ごく最近、手術でリカバリーが効きやすい部類のケガになった。予後も良い場合が多く、復帰率も高い。

ただ、十川の場合問題になるのが、能力維持の面だ。身体能力のピークはとうに過ぎており、現状でさえこれをどう抑え込むかが課題だった。


にもかかわらず、ノースローどころか大怪我をしてしまったばかりに筋力などの再強化はもちろんのこと、損傷部位が完全に元通りになる保証はない。

トミージョン手術のように、他の健康な部位を代替とするわけではないため、その機能については、低下を免れないだろうと十川は考えている。

これまでのように投げられるかすら怪しいところだ。


「シノさん。そこはいいんスよとりあえず」


自らがある種の崖に立っているというのをひとまず置いて、十川は続ける。


「俺が気にしてんのはね。今年ですよ。いやァ手前ェで言うのもなんですけど、シーズンで回れる先発いないんじゃないスか?」


3人が息を呑み、口を噤む。

今季のローテは妻木、荒木、土井、十川、岡で回している。谷間に古沢や徳永を当て込んで、なんとかやりくりをと目論んでいたところだった。


もちろんローテの誰かが離脱するのは想定しているが、時期と実力を鑑みると、去年ある程度ローテを回った古沢を当てこむことでやっとやっと誤魔化しが効く程度だろう。

そしてその古沢は36歳。加えて古傷まである。柱としてフル回転を見込むのは酷だ。


さりとて代わりがいる訳でなし。

首脳陣の思考はそこで行き止まりになっていた。それを見越したように十川が話しているのだから、つまりは代役の話を今からするのだろう。

故にこそ、3人ともどんな提案でも聞き、咀嚼する覚悟と度量を各自なりに用意して、視線の先にある口が動くのを待っていた。


「俺ァ、出来る事なら今年のうちに優勝したいんですよ。こうなった以上、来季以降チャンスがあったとしても多分支配下からって話にゃならない。要は貢献出来ない。や、どの口がって話ですけどね?てなった時に、あと何試合?110試合か120試合かそこらですか?まとまったイニング投げられて、頑丈で、球種多いやつじゃなきゃローテは張れない。逆に言えばそういうやつがいればなんとかはなるじゃねと」


十川の言葉に、篠原は顔を顰めて天を仰ぎ、宇多はおいおい、と言葉を漏らし首を振る。

吉永のみが口を真一文字に閉じ、十川の次の言葉を顔を逸らさず待っていた。


「ここまで言やわかるしょ?俺の代わりにヒサを前で使うの、どうすか」


十川がそう言って頭を下げる。

少し間をあけて、吉永は返事をした。


「ダメだ」


「私は確かに久松を買っているし、良いピッチャーだと思っているよ。同時に負担もかけている。それは認めているとも。だが負担を増やしたい訳じゃない。それに、せっかくああして立場を掴んだのに、コロコロと変えるのもおかしな話だ。そして、その配置転換の理由が君の希望だ、というならなおのこと。やや合理性に欠ける提案だと思うね」


ベットに伏したままの十川は、反論を受けてなお笑みを絶やさない。


「…守護神を動かす、というのはそう簡単に決断できる事ではないよ」

「そっすかァ〜。建前としてはそんな悪くないと思うんすけどね。イニング食えてそれなりに経験あるからって言やぁ納得できん事はないんじゃないすか?」


吉永の頭に過っていたのは藤木の顔だった。

彼なりに勝ちを求めた結果、チームを壊した前任者。久松という選手を都合よく振り回す事は、なんら藤木と変わりない振る舞いであると吉永は考えている。

"他に居れば"も、"勝つために"も、地獄の扉を開けるための合言葉だった。

チームの栄光と、チーム内の調和と、久松という選手の野球人生が、それぞれ天秤に乗った状態で、目の前にある。

十川の言った建前は、吉永の拍動を少しだけ早めた。


「少し、考える事にするよ。…見舞いに来たのにこんな話ばかりで済まなかったね。さ、我々も試合がある。宇多さん、篠原くん。戻ろうか」


そう言って手土産に持ってきた高級フルーツの盛り合わせと黄色のガーベラを台に置き、3人が病室を後にする。


「シノさ〜ん、説得ヨロシク」


口調を変えずに上司を見送り、ふと窓を見る。

何人も大仰に見舞いに来ないだろうと、十川は日当たりの1番いいところに花を置くよう妻に頼んだ。


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