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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
112/141

4/30〜5/1 丸まった背中

十川さんの頭の数字は、最初の2戦であっさりと0になってしまっていた。

とはいえ投手だし、万が一、これから先DH制を採用するリーグに移籍すれば、ヒットをこれ以上打つ機会なくその選手生命を全うする可能性は十分にある、そう考えていた。

だからこそ、ブルペンのモニタ越しに見えた、肩を押さえてうずくまる十川さんの姿はそんな俺の甘ったれた想像を完全に否定した。


真っ先に篠原さん、その後三波さんを連れた宇多コーチが映像に映り込む。担架まで見えた。立ち上がれないほどの激痛なのか、と、俺はぼったちでモニタから視線を移せずにいた。


「竹内!今すぐ肩温めなおせ!玄と大西!お前たちも準備だ!展開がどうなるかはわからんが、あの痛がり方はまずい!」


楠木コーチの鋭い声がブルペン内に飛ぶ。

俺と同じく立ち尽くしていた者も多くいたが、その号令で室内の時が動き出した。

そしてすぐ内線が鳴り、楠木コーチがそれを取る。4回表の事で、敗戦処理要員はなんとか準備をしているが、良い場面で投げるリリーフが肩を作るには少しイニングが浅すぎる。


目下したいのは投入見込みのあるリリーフの準備時間確保だ。指示のあった金子さんと大西が竹内と一緒にマウンドを3列潰して急ピッチでウォームアップを進めている。勝ちパクラスのリリーフとモップアップを同時に用意してひとまず対応幅を増やし、それが終わり次第状況に応じ、勝ちパターンを準備させるという流れになるだろう。

慌ただしくなるのはまさに金子さんや飯田などのいわゆるA組リリーフ(準勝ちパターンクラスの投手)だ。

ただでさえ武田さんが3連投回避のためベンチ外というのに、相当間が悪いアクシデントが起こったものである。


こういう時、クローザーという立場はすごく難しい。

スコアは5対0と勝っている中での不運。文字通りの救援陣がどこまで敵の攻勢を凌ぎ、またこちらの攻め手がどこまで時間を稼げるかが肝要になってくる。

勝っているのに撤退戦の様相を呈しており、平時とは明らかに違う空気に締め付けられるような感覚を覚えた。


十川さんの容態は。今日投げるのか。誰がどのくらい行くのか。

考えるべきでないのは分かっているが、動揺とそれに伴う無駄な思考が止まらない。

動ければそういった雑念も多少晴れるのかもしれないが、生憎の状況で悶々とする他なかった。


肝心の試合はというと、まず竹内が登板し、4回表の2/3から5回までを消化。この間に1失点。その後は勝ちパターンに近い序列の選手からイニングを消化することになった。6回の金子さんは無失点で切り抜けたが、7回の飯田が2失点、今日いない武田さんの代役で8回に投入されたフィリップが1失点。こちらの攻撃の手は完全に止まっており、差は縮まる一方だ。


そんな中でマウンドに上がった俺は、動揺を払拭しきれていなかった。

先頭打者にストレートのフォアボールを与え、次の打者を内野ゴロに打ち取るもののゲッツーには出来ず。そしてあっさり逆転ツーランを打たれて敗戦投手とセーブ失敗が記録される。

後続は打ち取れたものの、こんな投球でチームが勢い付くはずもなく、そのまま負け。

ベンチに戻った後、しばらく色んな感情に打ちのめされていたが、池田が肩を労うように叩いたのをきっかけにようやく立ち上がり、グラウンドを去る。そんなどうしようもない1日だった。


翌日、どのツラ下げてとは思うのだが、都内の病院に入院することになった十川さんを見舞う。

古沢さんと話をして着いてきてもらう事にはなったのだが、それでも昨日の負け方だけに後ろめたい。そんなふうに思いながらタクシーに乗り込み息を吐くと、古沢さんは窓を見ながら、こちらに視線を移す事なくぼそりと言った。


「ヒサ、十川の怪我は十川の怪我。昨日の負けは昨日の負けだ。ショックとリリーフ失敗の後悔をまとめてしまうな。因果関係は多少あるかもしれんが、それぞれ別の問題だぞ。すぐにとは言わん。だが、切り分けて考えろよ」


真っ直ぐな古沢さんのアドバイスを耳に入れて、もう一度ゆっくり息を吐く。

その通りだ。その通りだが、今はどうしても十川さんへの罪悪感が拭えない。

リードを守り切れなかった事。言葉にすればそれだけだし、今回は十川さんに勝ちがつくという状況でもなかったのだが、それでも、その重みはこれまでのものと全く違っていた。

言われた通り切り分ける事が出来ず、俺は見舞いの品であるメロンの箱を右手で少しだけ撫でつけた。


「おォ〜。見舞い?古沢さんとヒサで?いやァー悪いなァー」


俺たちが病室に入るなり、十川さんは笑顔を見せながらそんな感じで左手を軽く挙げた。

その動作はほんの一瞬で、軽くしかもそう高く上がっていないあたり、おそらく肩の怪我が左半身にも響くのだろう。


「…思ったより元気そうだな。入院っていうから大分悪いのかと思ったが」

「いや、悪いっすよ?ただまぁ暗い顔してても状況が良くなるわけじゃないっすからねェ。空元気っちゃあ空元気かな。や、そう考えると俺も丸くなったモンだなァ〜」


古沢さんが切り込み、それに十川さんがあっけらかんと返す。

十川さんにあてがわれたのは個室で、南側の窓からは春の明るい日差しが差し込んでいる。

既に誰か来たのか、黄色く可愛らしい花が花瓶に数本生けられていて、その近くの台には先客が持ってきたらしい見舞いの品がいくつか置かれていた。

十川さんの口調と明るい雰囲気の部屋で少し気が緩んだ俺は、取り繕いも兼ねて話を振る。


「僕らより先に誰かお見舞いに来られたんですね」

「おォ。監督と篠原さんと宇多さんが朝イチに来たんだよ。すぐ帰ったけど。そんでウチの嫁さんが昨日一緒に泊まってくれてたから、花やら見舞いの品やら整理してもらってたんだけどよ。そんな風にしてる間に武田がアイツん嫁さんと一緒に来てなァ。ちょっと俺ァびっくりしたぜ。ま、武田んとこもそう長くはいなかったけどな」


意外な先客に、古沢さんすら、ほぉ、と声を漏らした。

それ持ってきたんだよ、と指差した先には、品の良い箱に入ったイタリアの有名なチョコレートの詰め合わせ。

少し包装にシワが見えるが、一度開けようとしたとかだろうか。


「で。結局どうなんだ。怪我は」

「…古沢さん遊びがねーっすよ。もう聞きます?それ」

「…良い予感はしないが、聞かん事には帰れんからな。多少長居する分には構わんけども、要件は早めに済ませるに限るだろ」


古沢さんがそう言って促すと、十川さんはこの日はじめて、普通の笑顔ではなく苦笑いを浮かべた。

ややあって、再び、諦めたような笑みを湛えながら言った。


「CTとか取って、それでも確定まではいかないんですけど、おそらく、重度の肩関節唇損傷。今季絶望だって」


久松の成績(4/30終了時点)


登板数:9 投球回数:9 奪三振:11 四死球:3 防御率:3.00 1敗8セーブ

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