3/10 制圧と封殺
本筋に関わらない話の予定でしたがボツになったので本筋の話を投稿しています。
「悩ましいところですね」
ミーティングルームにピッチングコーチ2人と扇を呼んで、吉永は今季の9回について問うたところ、宇多からこう返ってきた。
他の者の目にも互角に写っているようで、ひとまずは己の感性を疑わずに済んだ吉永は返事に深く頷く。
戻ってきた本拠地の椅子は、ややくたびれを見せるもののやはり座った時の落ち着きが違う。
昨年末ごろよりも迷いがなくなりつつある現場トップを他所に、扇がタブレットに視線を落としながら口を開く。
「2人とも6試合登板、三振の数、四死球、被打率はやや久松君の方に分がある感じですねぇ。ただ…」
「被本塁打の差で防御率の面では武田が上、と。サンプル数も少ないですし、アテになるかと言われると…と言った感じです。いずれの数字も微差と言われれば微差。なんとも言い難い」
扇の言を、楠木が継ぐ。
両者共に6イニングを投げ、失点数は1の差しかない。
18人を相手取り、久松は8奪三振、四死球1、被安打が2、自責が2ついており、防御率は3.00となる。対する武田は6奪三振、四死球3、被安打3。防御率は1.50。ただし、扇や楠が言及した通り、試行回数がそもそも少ないため、防御率はもちろんのこと、他の項目もそこまで信頼出来る数値になっていない。
読み取るとすれば、内容では久松が、結果では武田がそれぞれわずかに優勢を取っているという事だけ。
十川がクローザー争いについて、好みの問題と語ったはそこまで的外れでもなく、ただただ両者が十二分にそのパフォーマンスを見せつけているからこそ決め手に欠ける事となっている。
「まぁ、武田くんはやはり場数が違いますよねぇ。ピンチを背負ってもおたつかないですし、球が強いから押し込める。当てたところで感が凄まじいですよ。なにせバットを簡単にへし折るんですから。まさに制圧、まさにパワーピッチングの極地でしょう」
扇が武田をそう評し、手団扇で顔に風を送る。
その武田評を聞いた宇多は、机に両肘を突きながら久松を評する。
「武田が制圧なら久松は封殺ですかね。足の速さで無理やりどうにかするという可能性が武田には残りますが、久松はフライボールピッチャーですからそういう搦手での崩しが効きづらい。球種も多く、緩急による幅もあって切れる手札が多いので、相手チームの傾向にも合わせられる。ランナーがいても安心できるのは武田、1イニング単位での期待感は久松になるかと。無論、武田に1イニング任せられないといいたいわけではありません。ただ、今年に入ってからのあれの投球にはほんの少し物足りなさも感じていて、それは懸念点かなと」
数年に渡り見続けてきた選手だけに、宇多の言には説得力がある。
楠木は恐る恐るという調子で、しかし直裁に聞いた。
「武田に衰えが来ている、と?」
「…あくまでも懸念に留まります。まず間違いなくピークは過ぎているでしょう。能力維持をどこまでできるか、いつ大きく能力が落ちるのかまでは判断がつきませんが…。もちろん、久松の方がやや早く仕上がっているというのもあると思います」
宇多がそう返事をして、室内の空気がひとまず凪ぐ。
誰が次に口を開くのか、3人がそれぞれの様子を伺う中、吉永が沈黙を破る。
「去年は…。前半戦にもう少し積み上げがあれば、シーズン通しての余裕が作れたと思っています。幸い打線は去年に比べてかなり良くなっている。ちょっと田島の調子が上がってこないのは気がかりですけどね。ま、それはいいんです。要は、4月と交流戦で積み上げて、夏場はダメコンしつつ踏ん張り、9月で大勢を固める、そんな図面を頭の中で描いてます。なので、それを踏まえると、1番後ろで使うなら仕上がりが早い久松…かな」
少し途切れ途切れに出された吉永の結論に、扇達はそう間をおかず、それぞれの存念を述べた。
「いいんじゃないですか?元より来季を見据えて久松君に1イニングという話でしたしね。特に異論はありません」
「打線の力を考慮すると、1点程度ならあっさり取り返す事も出来るでしょうし、チーム全体で一発のリスクは軽減可能です。ランナーを出してでもなんとか抑えるというよりは、たまの被弾は許容して、1イニングパーフェクトに抑えてくれるクローザーの方がチームのカラーには合うと思います」
「勝ちパターンがほぼ全員パワーピッチャーですし、そこに代打を切らせられれば、手札の多い久松はより役割を遂行しやすくなるかと思います。武田は、自由にさせておいて火消しで投入するのもアリかと思いますし、ブルペンの運用にも色々と融通が効かせられる良い手かと」
4名のコンセンサスを以て、2026シーズンにおけるリリーフ運用が固まる。
当たっても何も起こらないピッチャーとそもそも何もさせないピッチャーの2択で、後者を選び取った京央ネイビークロウズの今シーズンや如何に。




