2/1〜 春季キャンプ 打ち上げ
「えー。みなさん、ひとまず一月お疲れ様でした。私も2年目という事で、慣れだとか、みんなの事をわかった気になっていただとか、そういうものがあったかもなぁ、と自省する日々です。キャンプはね、今日で終わりですが、オープン戦がありますから。皆さんが自ら考え創造したもの、身につけたもの。それらを実戦で、ぜひ見せつけてください。今年も充実したキャンプであったと思います。去年届かなかったものに手が届くよう、今シーズンやっていきましょう」
野郎どもの野太く揃った声が、寒空に響く。
今年も吉永監督が訓示をし、柏手を以てキャンプが終わる。その間、冷たい風が叩いた手をなお清めるように流れて行った。
去年はこの後開幕投手を公表したが果たして今年はどうなるか。
なんだかんだ、ウチの先発陣は軸になる選手が何人かいる。
去年開幕投手、15勝を挙げた荒木に、新人ながら10勝の妻木がまず左右の軸として上がる。更に13勝を挙げた十川さんもおり、この辺りは開幕投手に相応しい実績を持っていると言っていいだろう。開幕投手争いはそのままその年のエース争いとも言えるかもしれない。
上位陣は実力伯仲、相手チームとの相性やグラウンドに対する適性などが考慮されて決まる事すら考えられるだろう。
加えて、このチームを率いる吉永慶次郎という人物は実績を重く見ない可能性もある。
岡や徳永、錦に土井など、若手も揃い始めているし、荒木は去年抜擢を受けたような形でもあったから、そう言う相性などを含めて考えるならば彼らにも芽がありそうだ。
この辺り、俺には2年連続で関係がないので気楽に構えていられるのだが、先発陣やマスコミは気が気でないだろうなぁ。
「じゃ、開幕投手発表しようか」
去年とは違い、一瞬の喧騒が走った後、それはすぐに鎮まり張り詰めた空気が組み上がっていく。
が、その中にはやや湿り気じみたものも感じられる。特に、記者達から。
そうした空気を感じ取ったのか、吉永監督はきょとんとした顔で周りに尋ねる。
「あれ。今年はそんなに興味ない感じかな」
すぐそばにいた宇多コーチの方を向いたあと、軽く周りを見回す。
すると、日刊ライフスポーツの腕章をつけた記者が手を挙げる。
「興味はあるんですけど、去年みたいにローテ予想が難しい事にならないか心配してるんですみんな。ですからちょっと緊張がね…」
記者のそんな嘆きに、吉永監督はこう返した。
「去年?なんかおかしな事があったかな?…あ、前で投げるメンツに久松がいたから?あぁ、あれはね、去年だけだよ。今年はそういうのないから。じゃあ言いますよ?記者の方達はもう準備済んでるかな?」
吉永監督がそういうと、各社の担当達が機材やらボールペンやらを探す音がガチャガチャと一斉に響き、そして潮が引くように音が止んでいく。
完全に静まったのを見計らい、監督が口を開いた。
「今年は妻木で行きます。頼むよ」
「わかりました。ご期待に添えるよう頑張ります」
去年開幕投手を務めた荒木ではなく、妻木がその名前を呼ばれる。指名を受けた張本人はそれに抑揚なく返した。
賞賛と激励の拍手が鳴り響いた後、ぞろぞろと各自がグラウンドから出ていく。
俺もそれに漏れずダグアウトを通り抜け、少し落ち着こうと廊下にある自販機近くの椅子を目指した。
まだ冬の色を残す薄曇りの空を窓から眺めつつ、自販機から出て来た缶コーヒーを手に取る。
やや低い四角の椅子に腰掛けて缶を開けようとしたところで、どっ、と右肩に手が置かれる。
「ヒサァ〜。俺ァ今年も開幕投手になれんかったぜ〜。どういうこったよー」
そう言って、十川さんが背後から流れるように俺の横に腰掛ける。
その顔と変わらない数字を見て、そして開幕投手云々の言葉を聞いて、心臓が一つ二つと早く叩かれる。
開けようとしていた缶コーヒーを握る手に思わず力が入り、汗が滲んだ。
「去年は、もういい、って言ってたじゃないすか」
「いやァ〜。何だかんだやっぱ俺だろって思うところあったんだよな。荒木は去年俺より勝ってるからまぁ分かるけどさァ、妻木か〜、みたいな?あ、いや、文句ぁねンだけどよ。チャンスはまた来年かぁーと思うと長ぇよなぁ」
数年に渡りクロウズを引っ張って来たエースとしての矜持か、言葉の端々に悔しさが見て取れる。そして次こそはと本気で思っているのも分かる。
次がありますよ、なんて俺の口からは言えず、さりとて去年嫌がったからじゃないですか?などとは、開幕投手に対する思いを聞いた今もっと言えず。
「…相性、とかですかね?」
そう絞り出すので精一杯だった。実際今年の開幕戦の相手は妻木が昨年6勝1敗と好相性を見せたタイダルウェーブだ。
理屈としては立つし、10勝プラス成長分を考えれば納得出来ない事はない指名だと思う。
十川さんも、いつもと同じような軽い口調だったから恐らくはそんなに気にしてもないのだろう。俺だけが幽霊でも見えたかのように怯えているだけなのだ。
やはりというべきか、こちらの懸念などどこ吹く風という調子で十川さんは俺の言葉に反応を示す。
「浜名キラーだもんなァ。吉永さんならその辺は考えてそうだしそらそうか」
「…結構気にしますからね監督」
「ま、その辺はいいわ。んで?オメーは結局1番後ろなんか?」
実にあっけらかんと十川さんが俺に聞いてくる。
俺も正直に答えた。
「わかりません。なにせ相手は武田さんですから」
「アー?あンなんちゃっちゃと追い抜いちまえよ。俺ァもう好みの問題じゃねぇかなと思ってるぜ今年のクローザーなんてのァ」
さっぱりとそう言い切ると、邪魔したな、と言い右肩を叩いて十川さんは去って行った。
嵐のように言いたいことだけ言ってったなぁと、開ける間もなかったコーヒーのプルタブを見ながら思う。
その後少しして、お礼をとやって来た妻木に、俺はコーヒーを啜りながら、何もしてないよとだけ答えて、明日の新聞にはどんな事が書かれるのだろうかとぼうっと考えながら自販機前を離れた。




