2/24 対帝東ブレイブス(オープン戦)
2-4で迎えた、オープン戦の9回裏。吉永慶次郎は、ブレイブスの新任監督である山ノ内智昭の采配に苦笑を漏らす。
「(太田原3回、千葉3回とローテクラスのピッチャーを続けて来て、ここで去年戦力外の噂すら出た猪股を3イニング使うかね…。ま、これは)」
情報処理も監督業のうち、そう考える吉永は現役選手スカウトやスコアラーのあげてくる情報にもつぶさに目を通す。当然、この猪股も頭には入っている。うだつのあがらない5年目の右腕。強いストレートが武器で、ただそれだけ。
キャンプに入ってからの話題のなさ、そして今2イニングを消化するまでを見ていてもさしてこれなく。
なんならば悪い意味でコマンド能力の低さが目につくほどだ。
そんな選手が何を評価されてオープン戦で投げているのか。そんな軸で見ていると読み違うのだろうと吉永は考える。
「(可哀想に。これが最後のチャンスになるわけだ)」
イニング間の投球練習では、使えるのはこれしかないとばかりに真っ直ぐを投げていて、そのボールは確かに150という数字を弾いている。
3イニング目にしては立派な速度ではあり、この辺りが去年見切られなかった理由なのだろう。
もう少し工夫すれば使いでが見出せるやもしれない選手をこんな風に使う。恐らくは昨年、吉永自身が用い大いに成功した3イニングクローザーの轍を踏んでいると吉永は見た。1チームだけであればそうは思わなかったろうが、レッドウルスやレイダース、オ・リーグのチームまでも、そういう起用を見せている。
つまりは、野球界のほとんどが久松の3イニングクローザー起用を、当落上の選手の強引な戦力化、そういう者たちのためにある一発逆転・起死回生の方策と解釈したのだろう。
それは吉永の思惑とはまた違った、結果だけを切り取った話で、3イニングクローザーとは本来、足りない戦力を補いつつ、イニング消化を1人に一極集中することでリリーフ全体の負担軽減を意図した、シーズン単位での戦略である。
ネイビークロウズにおいて、それを遂行するのに最も適したのが当時たまたま立ち位置の良くなかった久松だったというだけの話で、崖っぷちの選手にやらせとけばいい、などという話では決してない。条件や能力を鑑みた上で久松を使うと決めた訳だ。
求めたのは、最低限のコマンド力とスタミナ。
吉永が初めて久松を見た時、それは大学選手権での池田との対戦であったのだが、先発として8イニング8奪三振1失点、ドラ1候補の池田を封殺しきったその投球に光るものを感じた。
その時から既にコマンドもスタミナもある程度持っているのは知っていたし、編成部の構成員として下位での獲得を進言したのは他ならぬ吉永だ。
プロに入ってからはコマンドこそ破綻してなかったものの、藤木政権下での酷使による疲労で、持ち味の一つであるストレートの質が下がっていたのは懸念点であった。想定を下回る数年間の成績は、ゾーン内で勝負できる強い球がないが故のものだと吉永は考えており、そこが改善できるなら、コマンドは悪くないだけに成績は良化すると目算を立てて、久松へ新しい立場を提案したというのが、3イニングクローザー誕生の経緯である。だからこそ契約更改でインセンティブとその要件を話したし、それを達成できるならば上々と考えていた。
そして久松は、真っ直ぐだけでも良くなればよかったところを、落ち球まで良くして一軍に戻って来て、防御率や奪三振数は想定の遥か上を行った。使う側からすると嬉しい誤算だった。
それだけに吉永の、久松や3イニングクローザーという立場に対する思いは強い。
舐めやがって、やれるものならやってみろ、そんな言葉すら頭を過ぎる程である。
もちろん、それに囚われる吉永ではない。所詮はオープン戦であるという割り切りも手伝い、打者達、とりわけ主軸とルーキーには密かに指示を出している。
「打たなくていい。それとなく三振して帰って来なさい。あと3点要るけど、あのピッチャーからならアダメスディエゴロドリゲスの並びで充分取れる。情報を相手に多く与えることもない」
その折、肩を軽く叩かれた池田と佐多は神妙に頷いた。
敵の奇策を奇貨として、余計な事はせずに積み立てる。肝要なのは、シーズン中どう勝ち、そしてどう終わるかだ。そう考えつつ、吉永はベンチ前へと出て審判に選手交代を告げる。
今から打つのは、奇策でも何でもない、賑やかし或いは演出の代打攻勢だ。
速球にも変化球にも対応できるアダメスをまず切り、これがヒットで出塁。次に左打ちで待球傾向のあるプルヒッターのディエゴ。インコースのストレートを狙いすまされるのを嫌って、猪股のボールが散らかる。結果、フォアボールでサヨナラ圏内を作り上げたら、速球に強いフリースインガーのロドリゲスを投入する。
古巣だからこそロドリゲスの脆さはわかっているだろう。早めに追い込んで落とせば終わる。勝負を避けるという選択肢もなくはないが、無死満塁にして、完全に退路が立たれる上ワンヒットで負ける可能性を作りたくはないだろうから、ここの打順でひとまずアウトを取りに来る。
だが、マウンド上にいるのはコントロールに不安があり、強みが速球のピッチャーだ。
リスクを織り込んだ上で速球中心ゾーン内勝負以外の選択肢をバッテリーは持てない。
そんな確信の下打った手はきっちり猪股の息の根を止めるサヨナラ3ラン。
ストライクを欲しがって投じられた初球の真っ直ぐを、ロドリゲスがバックスクリーンへぶち込んだ。
「負けてやっても良かったけど、まぁ、こっちのが気分はいいかな」
誰にも聞こえないようひとりごち、吉永は脱帽してベンチ前で3人の助っ人達をにこやかに出迎えた。




