シュナ、町を救う
私はヴァレンシアさんの腰から、アルマレヴナを抜き放った!
「ほゎっ? ……えっ?」
ヴァレンシアさんが唇を突き出した変な顔をしている。
それ、どういう表情?
断腸の思い、ってやつかな?
でも、今はそんなこと構っていられない!
「ミラ! 急いで!」
『諾。能力〈成長合成〉を起動。アルマレヴナの取り込みを開始します』
「早くっ!」
ブロンズソードの能力の一つ〈成長合成〉……それは、他の武具を吸収し、その能力を自らのものにすること。
すなわち……
『報告。アルマレヴナの取り込みを完了しました。クリシュナの剣はこれにより、ブロンズソード+999から、ブロンズソード+1000相当の剣に進化いたしました』
私はブロンズソード+999改め+1000を陽の光にかざした。
もう、イドルギ様の翼は、白いところが見えないくらいだ。
「間に合って……!」
祈りを込めて、剣を振るった。
そして……、
剣から放たれた光が、カーロッサ全体を覆いつくした――。
「ば、バカな……」
気力だけで立っていたんだろう。
ギリネイラがへなへなとくずおれた。
すっかり白く戻ったイドルギ様は、穏やかな寝息を立て、井戸の上で休んでいらっしゃる。
「あーっと。そういえば、こっちの問題もあったな」
と、私はもう一つ問題が残っていたことを思い出した。
まだ町の人たちは大部分が町に残っていた。
我先にと逃げた人は一割ぐらいで、残りの九割は、その後に起きた超常的な出来事に気圧され、動けなくなっていたみたい。
その時、ギリネイラを取り巻いて不審そうに見つめる人垣の中から、小さな人影が躍り出る。
「ギリネイラ! 覚悟っ!」
小さな人影……アイシャちゃんが手にした短剣の切っ先が、ギリネイラの腹に届く、寸前……私はその手を掴み上げた。
「ちょ、放して! 放してよ!」
「ダメだよ。私は君を人殺しにはさせない」
ちょっと考えれば、分かることだった。
そもそも、カーロッサに来ることを提案したのもアイシャちゃんだった。
ギリネイラという名前を聞いて、アイシャちゃんが反応したこともあった。
そして、私も一度、ギリネイラをスコンプで見かけているという事実。
それらのことから考えて、ギリネイラはアイシャちゃんの両親の仇か、それに近い存在なんだろう……と。
「お願い! あいつは父様の仇なの! 殺させて! お願い」
「……君が何もしなくても、あいつはソリロークの人たちに捕らえられて、罪を償うことになるよ」
神を穢すなんて、最大級の大罪だ。
当然、極刑は免れないだろう。
ソリローク軍からも、イドルギ様のお姿は見えていたんだろう。
神々しいお姿に、今は彼らの動きも止まっている。
「処刑されるなら、いいじゃない! 私にやらせてよ! お願い!」
「ん~。そうなんだけどね。でも、多分だけど……、君のご両親は、君に復讐してほしいとは言わなかったんじゃないかな?」
私がそう言うと、アイシャちゃんは「はっ」と息を飲み、何か思い当たる節があるように動きを止めた。
「ま、これは私の偽善だけどさ。出来るだけ人を殺したくないし、させたくないんだ」
「うっ、うぅ……」
大粒の涙が、アイシャちゃんの目からこぼれた。
「ごめんね。ギリネイラに直接手を下したほうが、気が晴れるかも知れない。心残りなく、今後の人生を歩めるかもしれない。でも、私はキミに人殺しをさせたくない。だから、これは私の偽善」
アイシャちゃんが泣き崩れる。
私はギリネイラに向かって言った。
「この子の親を殺したんだね? 忘れたとは言わせないよ。あなたは自分の復讐のために、関係ない多くの悲しみを生んだんだ」
ギリネイラはアイシャちゃんを見てうなだれた。
スコンプに潜入していたぐらいだ。
アイシャちゃんの顔は当然、知っているはずだと思ったけど、読みが当たったみたい。
「あんたがこの町に復讐しようとした、その心情は、察することは出来る。だけど、私は復讐なんてしないし、させない。この子にも、あんたにもだ。いっそ、自分の復讐を成功させ、代わりにこの子に恨まれて、復讐されたほうが、気が楽だっただろうね? ……でも、そんな連鎖、私が止めてやる。この子をそんな道には落とさせない。たとえそれが、私の自己満足だろうとね」
と、その時、
「ふゎ~あ。あれぇ? なんかあったんですかぁ?」
場違いにのん気な声が響いた。
見上げると、イドルギ様が、井戸の上で伸びをなさっている。
「イドルギ様!」
「あ、あぁ~。なんとなく、思い出してきました。私、もしかして、この町の方々にご迷惑をおかけしちゃったんじゃ……?」
「いや、そんなことは……」
「それを、あなたが救ってくださったんですよね? なんとなぁく、そんな気がします。私、結構ヤバかったんじゃないですか?」
「は、はぁ」
「これは……何かお礼をしなきゃですね。ええと、あなた、お名前は?」
「あっ、はい! クリシュ……じゃなかった、我が名はクリスティン・ファロード! 遍歴の騎士です」
か、神様を前に名前を詐称しちゃったけど。
大丈夫かな?
でも、後ろでヴァレンシアさんが呆然と座り込んでいるし、本名を言うわけにもいかないもんね。
「なるほど。では、クリスティン・ファロードよ。そなたの願いを言いなさい。助けてくれた礼に、叶えられることならば、叶えて差し上げましょう」
「あ、それでしたら……」
私はイドルギ様の前で片膝をつき、教会でのお祈りのポーズを取った。
イドルギ様は私の願いを聞いて、優しげな微笑みを浮かべ、一つ大きく頷いたのだった。
* * * * *
(ヴァレンシア視点)
カーロッサでの動乱が終息し、ひと月余りが過ぎた。
「それで? 貴様、そのクリスティンとか申す騎士がイドルギ様にソリローク軍を止めるよう頼んでいる間も、ずっと呆けていたと、そう申すのか?」
ヴァレンシアは、いつかの温泉につかりながら、フェンレッタと秘密の会談をしていた。
「くっ、殺せ」
「ふん。貴様など、殺す価値もないわ。この愚か者め。……まったく。男に縁のない貴様のことだ。おおかた、そのクリスティンとやらに骨抜きにされていたのではないのか?」
「なっ! ななな、何を言う!?」
「……まさかとは思ったが、貴様、本当なのか?」
「うううっ、うるさいっ! あのような非常識な男、誰がす、す、好いたりなどするものかっ! あやつが何をしたか、聞いておらんのか?! カーロッサの山を真っ二つにしたのだぞ!?」
「あぁ、しかも、そのままにしていったそうだな。王都から観光客がわんさと押し寄せて、領主軍もその対応でおおわらわだとか。おかげで〈防疫〉付きアクセサリーの供給が途絶えて、南方への進軍が止まってしまったわ」
「……まぁ、いいではないか。あちらはあちらで、兵がだいぶ疲弊していたと聞く」
「確かに。無茶な進軍だと、私も再三、王に申し上げたのだが。南方諸領主が進軍を強く要請するので、王も手を焼いておられたのだ」
「やはり。……はっ。クリスティン、まさかそこまで見通して?」
ヴァレンシアが呟いているのを、フェンレッタは呆れた目で見つめた。
「それで? クリスティン、ないし、そやつが持つ剣を王家にもたらすというお役目、果たせそうなのか? イドルギ様がクリスティンの名のもとに戦を平定なさったおかげで、王都でもその名がじわじわと広がりつつある。やつを引き入れられれば、王家にとって大きな益をもたらすであろうが」
「うっ、それが……やつが竜の背に乗ってその場を後にしてから、とんと足取りがつかめておらん」
「ふん。竜騎士クリスティンか、気取った名だ」
「ぐぬ! や、やつが竜の背にまたがる姿を見たことがないから、そのように言えるのだ、フェンレッタ! あれはおそらく、ベヘモットなどとも呼ばれる地竜だぞ? その姿の、勇猛なことと言ったら……」
「いい、いい。分かった。貴様の脳が蕩けた感想は聞き飽きた。……その、地竜に似た竜が、ラパンデュラの付近で目撃されたそうだ」
「ラパンデュラ! ……魔法学園都市か!」
「あぁ。王都に戻れぬ貴様は知らんだろうからな。わざわざ情報を持ってきてやったんだ。感謝しろ」
「助かる! やはり、持つべきものは士官学校時代の同輩だ!」
ヴァレンシアはたわわな胸を揺らしながら、フェンレッタに抱き着いた。
「おい、この無駄にデカい肉をよけろ。苦しい」
「ははは。つれないことを言うな。昔はよくこうして、訓練の後に一緒に風呂に入ったではないか。王都ではお互い立場があるゆえ、このように腹を割って話せないが……。王都を追い出され、一つだけ良かったと思うのは、こうしてまたそなたと話す機会が増えたことよ」
フェンレッタがヴァレンシアのたわわな双丘の合間で身じろぎする。
「ふん……なにも、今の情報、タダでくれてやるわけではない。……魔法学園都市に近ごろ新たな研究員が招聘されたという。何でも、王立研究院と同等以上の研究成果を、独学で習得した老人だそうだ。もし、信頼に足る相手ならば、こちらからも渡りをつけたい」
「なるほど。そなた確か、王立研究院の理事も務めていたな。あい分かった! その任、承ろう!」
ヴァレンシアが両の拳を握りしめた。
能天気なヴァレンシアの笑顔を見て、フェンレッタはもう一度だけ「ふん」とつぶやいた。
◇お疲れさまでした! これにて、カーロッサ編は完結になります。
結構な難産でしたが、お楽しみいただけましたら幸いです。
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そろそろ、レビューもされてみたいなぁ。
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