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シュナ、大事なものを奪う

「うへぇ~。見渡す限り、ヒトヒトヒトって感じだ」


 カーロッサの高台から見下ろせる平野には、凄まじい数のソリローク軍が押し寄せていた。


「んで、あっちも……か」


 町の背後にそびえる山。

 その山を登り、町から唯一逃げられるハシゴには、カーロッサの人たちがぎゅうぎゅうに集まっていた。


 ただ、暴動に近い状態になっているようで、みんなが上の人を引きずり落として我先に登ろうとしている。

 あれじゃ、怪我人や死者が出てもおかしくない。


「むぅ。あのままでは、ハシゴが持たぬぞ。何十人もが一度に登って、耐えられるようには出来ておるまい」


「あいや~。大丈夫かな、二人とも……」


 アイシャちゃんとルヴルフは、今どこにいるんだろう?

 あの騒ぎに巻き込まれていたりしないだろうか。


「っていうか、ヴァレンシアさん。あれ、見える?」


 私が指差したのは、眼下に居並ぶソリローク軍の中で、ひと際目立つ巨大な投石器トレビュシェットだ。

 それも、尋常じゃないぐらいデカい。

 百年木を芯に使っても、あれほどの大きさにはならない。

 一体、どんな素材を使っているのやら……。


「あぁ、分かっている。まさか……届かせるつもりか? この高さを……」


 と、恐々と見ていたら、ソリローク軍に動きがあった。


「ちょ、う、打ってきたよ!? どどど、どうする!?」


「おっ、落ち着け! いかに、あの巨大さでも、この高さはさすがに……」


 ヴァレンシアさんがそう言った、刹那……


 ドオォォォーーーーン!!!


 凄まじい轟音が、あたりに響いた。


「と、届いた?」


「い、いや。ぎりぎり、崖の上端に当たったようだ。だが、次は町まで届くかも知れん」


「ひえぇ。は、早くイドルギ様をお返しして、戦争を止めないと」


 すると、ヴァレンシアさんが苦い顔をした。


「いや。イドルギ様は別に、ソリロークだけのものではない。返すのではなく、解放せねばならん」


「解放って?」


「おそらくイドルギ様は、何らかの力でこの井戸の中に封印されておいでだ。その封印を解くことが出来れば……クソッ。アルマレヴナが折れてさえなければ」


「アルマレヴナが折れてなかったら、何とかなるの?」


「あぁ。アルマレヴナの能力は、陽の光のもとで全ての邪悪なる存在、効果を灼きつくす。……鍛接して繋ぎはしたものの、さすがに能力は消えていた」


 ヴァレンシアさんは一振りの剣を陽にかざした。

 明らかに種類の違う金属によって、美しい両刃の剣が接合されている。


『魔力自体はまだ籠っているようです。ですが、あの傷痕のせいで、魔力の循環が妨げられている様子。これでは、せっかくの能力も発揮できないでしょう』


 と、ミラが私の脳裏に教えてくれた。


「それに……。今さらイドルギ様を解放したところで、彼らの怒りが収まるものかどうか。アレを撃ってきた以上、すでに後には引けないところまで来てしまっているやも知れぬ」


 と、ヴァレンシアさんが呟いたその時……


「危ないっ!」


 私たちの頭上に、影が差した。

 私はヴァレンシアさんを突き飛ばし、ブロンズソードを抜き放つ。


「はあああっ!」


 斬った。

 斬って斬って、斬りまくった。

 投石器から放たれた巨大な岩を、砂礫されきになるまで斬りまくった。


 それでも、細かい石つぶてが家々の屋根を突き破ったりはしたけれど、この辺りの住人は避難しているので人的被害はない。

 ヴァレンシアさんも、〈剛体8〉の鎧のおかげで無傷のようだ。


「と、届いた……これでは、もう……カーロッサは終わりだ」


 ヴァレンシアさんが力なく天を仰ぐ。

 そんな彼女を見て、私は一つ、決意を固めていた。


「よし! 私ちょっと、行ってきます!」


「どこへ行くというのだ……? いや、そなたの剣ならば、あれだけの数のソリローク軍を相手取っても、皆殺しに出来るやも知れぬが」


「は? 違いますよ。悪いのはイドルギ様を攫ったギリネイラであって、ソリロークの人たちだって利用されているだけでしょ? 私が行くのは、あっち」


 そう言って、あごをしゃくって背後の断崖を示す。

 とたんにヴァレンシアさんの顔が青ざめた。


「……いや、待て。そなた、何を考えている?」


「一応、領主軍が入り口のトンネルの防衛と、魔法による遠隔狙撃を行っているっぽいから、ヴァレンシアさんはそっちに行ってください。少しでも、本格的な激突までの時間を遅らせて」


「ま、待てと言っている! こら、何か、非常に悪い予感がするのだが!?」


「もうっ! 今は時間がないんですって! じゃ、また後で!」


 要はみんなを逃がせばいいんだよね。

 そのためには、町の背後にある、あの山が邪魔なわけだ。

 となれば、やることは一つ!


 怒鳴るヴァレンシアさんを置き去りにして、私はハシゴのほうへと走った。


「みんなぁ~! どいて~! ……いっくぞぉ~!」


「ま、待て! そなた、一体何を……!? いや、なんとなく想像つくが、待てと言うに!」


 無視して、ブロンズソードを大上段に構える。


「ミラ、いける?!」


『解。いつでも』


「だぁぁぁりゃっしゃああああああっ!!!」


 そして……私は思い切り、ブロンズソードを振り下ろした!



 すん……っ。



 思いのほか、かすかな音がした。

 ただそれも一瞬のことで、地鳴りのような低く重い音が町全体を包み込む。

 ……いや、実際に、大地が鳴っているんだ!


 カーロッサの町の背後にあった山は、今、『真っ二つに』切り裂かれていた。

 その音は、しばらく鳴り響いていた。


「そ、そなた……な、なんという……なんということを!」


 振り返ると、ヴァレンシアさんがわなわな震えていた。


「どう? これならみんな、安全に逃げられるでしょ?」


「そ、そ、そなたはぁっ! バカなのか?! これでは、カーロッサから王都まで一直線の侵攻ルートを提供してやったようなものではないかっ!?」


「むっ! 私を何も考えてないみたいに。わた……いや、このクリスティン・ファロード、その点に抜かりはないっ! こうやって、V字型に斬れば……ね? 内側に地滑りが起きて、谷が埋まるんじゃない? みんなが逃げたら、そうやってまた埋めたらいいんだよ!」


「お、お、おのれ……! く、口の減らぬやつ!」


「んもうっ! ヴァレンシアさんって、怒ってばっかりだよね? せっかく美人なのに、そうやって怒ってばかりいるとシワが増えるよ?!」


「びっ、びじっ、な、なに……?」


「初めて会ったときだって、世の中にはすんごい美人がいると思ったもん。それなのに、不幸な行き違いから、追って追われての関係になっちゃってさ。何とか関係を修復したいって、ずっと思ってて……」


「あ、いや、その……ウム。それは……」


 あれ?

 どうしたんだろう?

 ヴァレンシアさん、急に真っ赤になっちゃったけど。


 町の人たちは、ぽかんと私たちのやり取りを見ていたが……やがて、我に返ったように、我先にと、新しく出来た道に殺到した。


「よし! これなら、町の人たちは無事に逃げられるでしょ」


 と、私がすっかり、自分の仕事に満足していたら……背後から、水っぽい声がかかった。


「っく、くくく……。無駄だ」


「だ、だれ!?」


「イドルギ様はもう元には戻らぬ。例え町の者が逃げたところで、イドルギ様が解放されなければ、ソリローク軍は止まらんだろうよ。どちらかが滅ぶまで、戦争は続く。そうなれば、どこに逃げようが、やつらは終わりだ」


 そこには、ダンジョンに置いてきたはずの、ギリネイラが立っていた。

 彼女は口から血を滴らせ、狂気に染まったような顔で話し続ける。


「な、なんであんたがここに!?」


 だけど……私は思い出した。

 ギリネイラの首筋にウル=グラムが刺さったのは、私が折った後だ。

 ウル=グラムの魔力は循環せず、能力は発動しなかったんだ。


「きさまっ! 生きていたのか!」


「ははは、ヴァレンシアよ。アルマレヴナを喪ってさぞ悔しいだろうな。この計画の唯一の障害は貴様のアルマレヴナだけだった」


「ぐ、ぐぬ……!」


「その剣が折られたと聞いた時、私は狂喜したよ。今こそ計画を実行に移す時だとね。わが剣ウル=グラムは全てのものを捻じれさせる。生は捻じれて死に。存在は捻じれて消滅に。……では、神が捻じれて何になると思う?」


「ど、どういうことだ?」


「ははっ。神は捻じれて、魔王になるのさ! 主祭神を穢されたソリロークに、もはや撤退の二文字はない!」


「な、なんという……なんということを!」


 と、ヴァレンシアさんが背負ってきた井戸から、ダンジョンでも見た美しい女の人が姿を現した。

 イドルギ様だ。


 だが、そのお姿はみるみるうちに黒く染まっていく。


「さぁ! 讃えよ! 七災王クラスの魔王の誕生だ!」


 背から美しい翼が生え、教会の塔よりも高く大きく広がった。

 だけど、その翼は焼けこげるように黒い部分が増えていき、漆黒に染まろうとしている。


「お、終わりだ……七災王クラスの魔王が領内に現れなどしたら……仮にソリロークとの戦争を回避したとしても、国一つなど、簡単に滅ぶ」


 七災王なんていったら、大陸一つをダンジョン化しているような化け物だ。

 そこは人の住むような土地じゃなくなる。


 でも……私は恐怖以上に、怒りに燃えていた。


「あんた……間違ってるよ」


「何とでも言うがいい。私は母様の仇を討つ」


 ギリネイラ。彼女も悲しい人だ。

 だから、こんなことをしでかした理由も理解できるし、私ごとき小娘が、何を言っても彼女の心には届かないだろう。

 でも、一つだけ言えることがある。


「この町には、新しく住み着いた人たちがもうたくさんいる。その人達は関係ない」


 それに……、もう一人。

 私の予想が正しければ、彼女の復讐の犠牲になった人がいるはずだ。


「知るか! 私にとっては、全員一緒だ!」


 ま、そうだよね。

 ここまでのことをした以上、そんなことは分かっていて、それでもなおせざるを得なかったんだろう。

 復讐は何も生まないなんて、綺麗事は言えない。

 復讐のためにしか生きられない人もいる。

 だから私が出来るのは、その他の関係ない人たちのために、彼女を止めることだけだ。


「クリスティン。そなたも早く逃げるといい。あれほどの魔王から逃げられるとは思えぬが、そなたの能力なら、あるいは……」


「ううん。逃げない! 聞いて、ヴァレンシアさん!」


 でも……、私はヴァレンシアさんの肩を掴み、その目をしかと見据えた。

 ブロンズソードの能力なら、この状況を打破できる可能性に心当たりがある。

 だけど、そのためにはヴァレンシアさんの協力が不可欠なのだった。


「私を信じて。あなたの大事なものを、私にください!」


 真剣に、ヴァレンシアさんを見つめる。


「そ、そなた、このような状況で、な、何を……!?」


「いいから。首を縦に振って!」


 もう、イドルギ様の白い翼が黒く染まり切るまで、いくばくもなさそう。

 事態は一刻を争う。


「無駄だっ! 神の翼が黒に染まり切るまで、時間はかからぬ!」


 狂ったように、ギリネイラが叫ぶ。

 先ほどまで自ら光を放っていた、イドルギ様の翼……それが闇に染まり、辺りに影を落としている。

 その羽の最後の一枚が、まさに黒く塗りつぶされようとしていた。


「わ、分かった。そなたに私のすべてを預けよう」


 ん……っと、ヴァレンシアさんが目を閉じて上を向く。

 その唇は心なしか震えていた。

 私も、ヴァレンシアさんの手を取り、固く握りしめる。


「ありがとっ!」


 私はそう言い……ヴァレンシアさんの腰から、アルマレヴナを抜き放った!

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