シュナ、空を飛ぶ
「シュ、シュナ殿ぉ」
「ん?」
「わ、われも、綿毬藻作りをがんばってみたのじゃっ。でも、アイシャ殿ほど、うまく作れなくて……。二日かけて、500個しか……」
「え? なに? 急にどした?」
いきなりしおらしいことを言い始めるルヴルフに、ちょっと困惑してしまう。
すると、ルヴルフが顔を赤くして怒った。
「しゅ、シュナ殿が、女同士は反発するものだと言われたら、深く頷いておったからっ! わ、われも、パーティーの財政を圧迫している気は、ちょっとだけしておったのじゃ……でも、われは不器用で……」
「あ、あ~。あれか、あれ。そういうことね、あはは」
さっき、お姉さんに言われたことをモグ竜なりに心配していたのか。
昨日、崖を登る前に「贅沢竜」なんて言ってごめんよ。
ルヴルフはルヴルフなりに、うちらの財政のことを考えてくれてたんだね。
「わ、笑い事ではないぞっ! もし、パーティーを解散なんてするつもりなら、一度考え直してほしいのじゃ……うぅ……、じ、実はわれ、こ、高所恐怖症なのじゃが……、パーティーのためとあらば、崖の上のクッシーナ草刈りに、同行してもよい……!」
「えっ、モグ竜って高所恐怖症なの!?」
「うぅ~。りゅ、竜としてあるまじきことなのじゃが……実は」
なるほどなぁ。
だから、クッシーナ草刈りを嫌がったんだ。
まぁ、もともと、アイシャちゃんのそばにいてほしかったから、モグ竜の心配は見当違いなんだけどね。
「んま、誰しも苦手なものはあるよねぇ。私はあれ、腐りかけの魚が嫌い。パディナ村は海から遠かったからなぁ。珍しいんでお祝いの日は魚だったんだけど、全部腐りかけだったんだよね。高いものだから美味しいふりしないといけない気がしてさ。そういうのも込みで、苦手だなぁ」
「じゃ、じゃろう? だ、だから、解散は考え直してほしいぞっ」
「あはは。しないしない」
そんなこと心配してたのか。
そりゃ、私もお金が入るとすぐ、お風呂付きの宿で一か月豪遊したり、奮発してファロード用の服を買ったりと、使ってしまう方ではあるんだけど。
アイシャちゃんにも窘められつつ、最近ちょっとずつ経済感覚が身について来ているところなのだ。
貯えだってゼロじゃないしね。
「じゃ、さっき深く頷いておったのは……」
「あれね。なら、明日、見せてあげるよ」
そう言って私は、ルヴルフを安心させるように笑いかけた。
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「よぉ~し。今日はこの崖を一気に登り切るよ!」
巨人の階段、二段目へと上がるハシゴの下に、私たちはいた。
二段目は遥か上空、雲の上にある。
昨日はこれ登るの、本当に大変だったのよ。
「ミラ、これから私が言うこと、出来るかどうか教えて」
『承知しました』
「まず、〈浮遊〉で、私の体を浮かせて」
『承知しました。〈浮遊〉起動』
「おっ」
ミラの声が聞こえたと思ったと同時、急に私の体がふよふよ浮き始める。
いきなり地面が無くなったようで、落ち着かない。
手足をバタつかせて、バランスをとった。
「じゃ、次ね。地面と私の足を、〈磁力〉で反発させることは出来る? ついでに、崖の頂上とはくっつけてほしいんだけど」
『解。可能ではありますが、距離が遠すぎます。クリシュナが望んでいるような結果は難しいでしょう』
「う~ん。そっか。……じゃ、こういうのはどう? このハシゴに、反発と吸着の力を交互に付与して、こう……投げては受けて、投げては受けて……パスするみたいにして、私の体を一気に、上へと運ぶの」
『なるほど……私はその提案に、非常に興味を覚えました。解。可能でしょう』
「やった!」
「シュナちゃん、考えたね」
私がガッツポーズをしていると、アイシャちゃんが感心したように、手を顎に当てた。
一方、ルヴルフはまだ怪訝そうな顔をしている。
「ど、どういうことなのじゃ?」
「昨日のお姉さんの言葉でね、磁石は反発するってことを、思い出してさ!」
上空を見上げて、ブロンズソードを振りかざす。
「じゃ、行くよ。……ミラ、お願いっ!」
私がそう言った、瞬間……
「ぶべべべべ!」
空気の壁が、私の顔にぶち当たった。
恐るべき速さで体が上昇。
おかげで、空気にも圧力があるのだとまざまざと実感させられる凄まじいまでの風圧を、顔面にモロに受けることになった。
下へ下へと押さえつけようとしてくるような空気の圧力に、ついブロンズソードを手放しそうになってしまう。
だが、それだけのスピードということは……
「わぁ~っ!」
私の体は頂上すら突き抜けて、青い青い空の上にあった。
昨日半日かけて登った崖を、私は一瞬で飛び越えてしまったのだった。
「きれい……」
雲一つない澄み切った空は、どんな高い山の上からも見えない景色だ。
私は感動に打ち震えた。
と、
「あ、あれ?」
急に、意識が朦朧としてきた。
ふっと、体から力が抜けて、上空から落ち始める。
何が起きてるのか、と考える暇もなく、視界がブラックアウトした。
そして……
『クリシュナ……起きてください。クリシュナ』
遠くで、ミラの声が聞こえる。
『クリシュナ。起きて。起きないと、死にますよ』
「う、うぅ……」
ぼやけた視界が、青く染まっている。
そして私は……落ちていた。
「え、ええ?! どういうこと!? 私……落ちてるけどっ!!?」
『失礼、急激な気圧差によってクリシュナの意識が飛んでしまう可能性を失念していました。今はもう回復させておきましたが』
「何それ、どういうことっ!?」
『しかし、クリシュナの提案は、私がそのような危険を見落としてしまうほど、大変に興味深いものだったのです。超高速で移動しながら、反発と吸着の付与を連続で行う。私の処理能力の限界をかいま見る思いで……』
「そそそ、そんなことはいいからっ! 落ちる! 落ちてるっ!」
『落ちると言っても、崖の下に落ちるならまだしも、崖の上に落ちるのであれば問題はありません。私の能力の一つ〈鉄壁〉は、充分に落下の衝撃に耐えられるレベルです』
「そ、そんなこと言ったって怖いもんは怖いの! 早くなんとかして!」
『何を非論理的なことを。何とかして、というなら、すでに〈鉄壁〉によって何とかしている、とも言えます。これ以上何を…………あっ』
ミラが珍しく、間の抜けた声を出した。
落ちていく私の体が、上空を飛んでいたハネイグアナに、ぽすっと激突。
軌道が変わり、崖下へとまっさかさ……ま……?
「ぎゃあああっ、だから言ったでしょ! なんとか、なんとかしてぇっ!」
『失礼。仕方ありませんね……』
「早く! 早くぅ~!」
『能力〈飛行〉起動』
瞬間、私の体はぴたりと上空で停止した。
「はぁっ、はぁっ」
『ですから、問題ないと言ったでしょう』
お前、あの時、「あっ」って言ったの覚えてるんだからな?
私の分身のクセに、大事なとこで抜けてるんだから。
「……っていうか、空飛べたんだね」
『カーロッサへと向かう馬車の上でアイシャより講義を受けていたので、てっきり覚えているものかと』
覚えてない……。
多分、講義の最中にうつらうつらしてたからだ……と思う。
しかし、となると。
「う~ん。〈磁力〉を使ったの、無駄だったね。〈飛行〉があればこんなふうに飛べたわけだし。ミラも教えてくれれば良かったのに。自分が賢くなった気がしてたのに、これじゃ私が馬鹿みたいじゃん」
『私はあくまであなたのサポートです。基本、言われない限り、こちらから提案をすることはありません。……ですが、解。無駄ではありません。〈磁力〉を使った高速移動は、〈飛行〉能力によって移動できる速度を遥かに凌駕しています』
「え、そうなの?」
『解。はい。〈飛行〉そのものもかなり高速で移動できるため、崖を登る程度であればどちらも大差なかったでしょう。ですが、あのスピードは……素晴らしいの一言です。そして、クリシュナ。〈磁力〉を移動に使う、という新たな視点は〈並列知能〉である私には、発想することが不可能なものでした』
「じゃ、ミラより私のほうが頭いいってこと?」
『解。その通りです。今のように、空中のような何もない場所であれば〈飛行〉のほうが適しています。ですが、地面や崖などが近くにある場合ならば、〈浮遊〉プラス〈磁力〉のほうが何倍も早く移動できるということが証明されました。これはとても有益な発見です。〈飛行〉を使用する際の、高速射出器のような使い方も可能となるでしょう』
「へへへ……なんかちょっと、照れちゃうな。ミラに誉められるなんて」
『解。いいえ。褒めてはおりません。事実を述べているまでです』
ふぅん。
でも、いいんだ。
「ね、ミラ。見てよ。……すごいね、この空」
どこまでも、何もない。
ただ、青だけがある澄み切った空。
眼下には、ちぢれ雲にところどころ隠れた、崖の町カーロッサが見える。
町の中ほどには、巨大な地割れをまたぐ、カーロッサ名物の“跨崖橋”がある。
こうして見ると、カーロッサのある崖は本当に、巨大な山脈の北半分だけを綺麗に平らに潰したような形だ。
まさか、実際に、潰して出来たわけではないだろうけど。
「登るときは〈磁力〉を使ったけど、降りるときに使うと地面に激突することになるから、はしごで降りるつもりだったんだけど」
『解。〈飛行〉で降りれば、安全かつ迅速に降りることが可能でしょう』
「じゃ、時間いっぱいまで、クッシーナ草刈りにいそしむとしますか」
そうして私は夕暮れ時まで半日かけてクッシーナ草を収穫し、正規の値段でギルドに買い取らせることに成功したのだった。




