3.いっそのこと私もヒロインに加担して国滅ぼそうかしら
マドレーヌは自身のこれからについて考える。
どう動くべきか改めて考える……
「まずは情報収集よね。特にヒロインであるエクレアについては早急に調べないと」
ゲームの主人公であるヒロインのエクレア。
表ルートなら彼女は典型的な『お花畑ヒロイン』だ。ゲーム内ではご都合主義であっても現実では突っ込みどころありまくりな行動を起こすのだから、今後の動き次第ではなんとでもなる。
ヒロインざまぁ系がありふれてる今、悪役令嬢でも勝ち目がある戦いはできるも……
裏ルートの『毒花畑ヒロイン』では勝ち目なんてまずない。
そちらのヒロインは自身に薬を投与する事で様々な能力をドーピングできるのだ。その強化率は凄まじく、ありとあらゆる分野での超人と化す。
その力と正気の沙汰じゃ作れないとんでも薬を駆使して、伏魔殿のような王城内に渦巻く様々な陰謀やら何やらを完璧に看破して掌握してしまう程度に隙がない。
『毒花畑ヒロイン』のエクレアは完璧超人を通り越した公式チートキャラなのだ。
彼女に敵対なんて選択は最早『手の込んだ自殺』だ。
これだけでもお腹いっぱいなのにまだ裏がある。
チートの原動力となるドーピング薬は『悪魔な薬』を調合する彼女のお手製。安全な代物なわけがない。
ドーピングは投与するたびに隠しパラメータ……上がるというか下がれば下がるほど彼女の“狂気”が増し、より凶悪な悪魔へと変貌していく様から『SAN値』と名づけられた隠しパラメータ―が下がるのだ。
『SAN値』が一定値を下回ると『悪魔』から『魔王』へと成って国を直接破壊。その後のゲーム進行が不可能になるという設定から本当に『SAN値』という言葉がピッタリなパラメーターだ。
「果たしてヒロインはどのルートにいるのか、裏でもどれだけドーピングが施されてるのか、残されているSAN値はどれだけなのか……場合によっては悪役令嬢どころか国そのものが破滅になりかねないわ」
ただ、ヒロインの暴挙を止めれば悪役令嬢や国が救われるかと言われると……そうでもない。
国全体が腐ってるのだ。
腐りきってるのだ。
王は無能だし、次の王となる王太子ハッシュはとにかく馬鹿。王宮の重役に就く高位貴族は他者を蹴落とす事や自分の懐を肥やす事しか頭にない。国民なんて奴隷ぐらいにしか思ってない、どうしようのない者ばかり。
今は宰相であるマドレーヌの父を始めとする数少ないまともな貴族、政治とは距離を置いた中立を担う教会関係者が国民を諫める事で辛うじてながら国を支えている状況だ。
だが、それらも所詮延命行為。根本の解決にならない。
「………なんかヒロインが国を滅ぼそうとする気持ちよくわかるわ。これ完全詰み状態じゃない」
父はあくまで王家を前面に出して国を立て直そうとした。
マドレーヌも父の教えに従って、次期王となるハッシュを立てた上で国を支えようと尽力した。
馬鹿な王太子に代って様々な業務を執り行えるよう、王妃教育だけでなく王としての帝王学も学んでいた。
王太子はあくまで飾りの王になってもらい、裏で実質支配する道を選んでたが……
それが王太子にとって屈辱だったようだ。
出来もしないのに大口を叩き、失敗してはマドレーヌを罵る。
失敗の責任をマドレーヌに取らせる。
それでもマドレーヌは父の教えに沿って、心を殺しながら支えてきた。
今まではそうでも、今後はというと……
「いっそのこと私もヒロインに加担して国滅ぼそうかしら」
父は嘆くだろうが、父も父で害悪だ。
尊敬はしてる。ノブレス・オブリージュを遵守する貴族としてのあるべき姿を体現してるが、なぜか王家を見限らない。
あくまで王家を立てた上で国を立て直そうとしてる。
もうその段階はとっくに過ぎているというのに……
「とにかくまずは情報を集めましょう。ヒロインのエクレアの現状。彼女はカカレット男爵家の養子として迎え入れられるはずだから男爵家を探ればわかるはず。
それと同時に『味噌』と『醤油』を開発したという魔女と連絡を取って転生者、もしくは転移者であるなら接触する。
後は信頼できる仲間を集める。これだけ国が乱れてるなら裏で反乱や革命を起こそうとする組織も出来てるはずだし、なんとか渡りを付けたいわね」
やることは山積みだ。
だが、なんらかの手を打たなければ悪役令嬢であるマドレーヌの未来は真っ暗だ。
表モードでも裏モードでも、それは変わりない。
生き残って明るい未来を手にするためにも……
……
…………
………………
「……明るい未来ってあるの?これ」
ゲームの知識こそあっても、現状の打破に役立つようなものなんてあんまりない。
ついでにいえば転生者にありがちなチート能力もない。あるのは現代知識のみ。
これだけでとてつもない現状打破を目指せとかいう、難易度ハードな無理ゲーっぷりにちょっとめまいするも、動かない選択肢はない。
動かなければ……
「………もしかしたらこれって、国を出て逃げるのが一番の正解なんじゃないの?」
それも選べない。
前世ではない本来のマドレーヌがその選択を許さないっと強く訴えてるのだ。
その辺りはさすがノブレス・オブリージュを貫いてきただけある。
彼女は悪役令嬢という立場でありながらも、死の瞬間まで誇り高い貴族であり続けた。
それ故にヒロインより人気があったわけだ。
そんな彼女に転生した“私”は逃げる選択肢が取れない。
逃げれば、その瞬間“マドレーヌ・スイーツ”は誇りを失う。
誇りを失った後はもう抜け殻だ。国を見捨てた罪悪感に蝕まれて壊れてしまいそうな気がする。
「わかったわ。出来る限り抗う。抗うけど……もうどうしようもないとわかったら逃げるわよ」
死ねば終わり。でも、生きてさえいればやり直せる。
逃げた先で改めて国を正す機会を窺えばいいのだ。
だから逃げるのは恥じゃない。戦略的撤退は恥じゃないっとそう言い聞かせると本来のマリアーヌも納得してくれたようだ。
「ふぅ……こんなことになっちゃったけどこれからもよろしくね、マドレーヌ」
前途多難ではあるも、マドレーヌと一緒なら意外となんとかなる気がしてきた。
わけがなかった。
「どうしてこうなったの……」
事態の打破に向けた選択の一つが致命的失態を起こしたせいで、難易度がハードからルナティックにレベルアップしたのである。
がんばれ、マドレーヌ
ヒロイン「狂った世界へようこそ(はぁと)」




