19.ずいぶんと面白い結末となったものですな(side:魔王?)
デバガメしてたのは2人だけとは限らない……?
男は吸血鬼であり、魔王でもある。
名前はまだない。
本当の意味での名前、真名はある。吸血鬼の真祖と聖女クラスの力を持った人間である両親からもらった名前はあるが、男は所都合によってその名を使わない。名乗らない。
男は異世界への派遣を担う会社に所属する『魔王』であり、世界を管理する『神』の依頼を受けて魔王の役目を担って召喚に応じる『雇われ魔王』であった。
名前は派遣先でその都度の役割に合わせて設定する。演じる魔王にふさわしい名前を名乗る形式をとっていた。
今回はどういった魔王を演出するかをまだ決めてない段階だから名無しであったが……
………………………
「ずいぶんと面白い結末となったものですな」
男は味噌や醤油ベースで作られたタレで焼かれた串焼きを片手に笑う。
今、彼の目に翳す水晶からは一週間前に男を木っ端みじんに砕いた少年、ローインが桜……この世界だと『サクラ』の木の下で仲間の少年2人と共に酒盛りを始めてる姿が映っていた。
原因はエクレアに告白すべきところなのに、告白を躊躇したせいで激怒したエクレアにハートを粉々に砕かれたからっというのが……青臭いといえばそれまでだが実に滑稽だ。
最高のショーともいえる見世物であった。
「私の息子を堂々とデバガメしてる貴方も相当あれだと思うのだけど」
「あらあらスージー。こうやって一緒に見学してる貴女も同類でしょ」
「ルリージュ、貴女もここにいてみてる時点で同罪でしょうに」
「奥様方、喧嘩はいけません。美しい顔が台無しになりますよ」
喧嘩……というほどではないが、あえてそう口にしつつ男は『魔眼』を発動。
“魅了”の効果を持たせた『魔眼』をみたものは男にぞっこんとなるのだが……
「残念だけど私は夫一筋なの。誘惑しようったってそうはいかないわ」
「私は未亡人だから受け入れてもいいのだけど……みての通り、娘が大反対だから受け入れられないのよね。全く困ったものだわ」
全く効果がない。一応ルリージュは効果あるように見えても、魅了関係なしで受け入れてるにすぎない。
少年達もそうだったが、エクレアの身近な者には彼女の内に宿した“狂気”が付与されてしまう。その“狂気”は『魔眼』どころかダンジョン入り口に仕掛けた人避けの結界すらはじいてしまうのだ。
魔王である男ですら抗い切れなかった“狂気”もすごいが、そんな“狂気”を宿してなお正気……はあんまり保ってるとはいいがたくとも、表向き常人として振る舞えるエクレアはとにかく規格外であった。
まさにイレギュラー。『神』のシナリオを根本から覆す特大のバグ。
以前まではその影響化が極限られた範囲であったものの、一週間前の一件を経て覚醒した。
内に宿した“狂気”の大元が表にまで出て来た。
これで影響化の範囲が広がるだろう。
それこそ爆発的な感染力を持って『神』のシナリオを浸食するだろう。
男の立場として考えるなら、即刻消去すべき存在なのだが……
(あいにく、私は“奴”に協力する義理はあっても義務はない。こういったイレギュラーの対応は教会の管轄だが、あいつらもあいつらで私のような派遣の立場を下にみて好かん。大体エクレアの嬢ちゃんが派手に暴れたところで、『魔王』の立場からみれば別段困るような事態など起きない。ならばあえて無視させてもらおうか)
そう決意を新たにしたところで水晶玉にある人影が写り込んだ。
その人影は死神だった。ただの人間では認識不可能な存在であっても、男は人間ではない。『魔王』の肩書以前に、そもそもが真祖の力を受け継いでいる上位の吸血鬼なので認識できたのだ。
そんな死神が水晶玉……すなわち、監視としてエクレアの後をつけさせていた使い魔を通して男にメッセージを送ってきたのだ。使い魔経由では映像のみで声は拾えないながらも、死神が来たということで大体は察せられる。その察した内容に男はふっと笑う。
「これはこれは……状況に変化が出たようだ。しかも、とても良い方向に変化したようですよ。マダム達」
「状況ねぇ。貴方が言うにはもう最悪に近い状況だったのでしょう。今やエクレアちゃんは教会の上層部に知られたら即刻火あぶりにされかねない『悪魔憑き』なのに、今更好転なんてあるのかしら?」
スージーは机に肘を置いて額に手を起きながらため息をつく。
ちなみにここは彼女の執務室兼研究室だ。
今はある理由で彼女と個人的な交流を持つこととなり、こうやって会話をかわしてるのだが……
彼女の嘆きはわかる。
なにせ男はエクレアにとって敵の陣営についている者だ。
今回の一件を“奴”……世界の管理者たる『神』やその神の代行者が運営する教会の上層部に知らせればエクレアは終わり。即座に世界の敵として大々的に討伐命令が下されるだろうが、その可能性は限りなく低くなったのだ。
その理由だが……
「エクレアお嬢様には死神の監視がつくそうです」
ヒロインちゃんもさすがに使い魔を経由した監視カメラもどきには気付けなかったようである




