18.あれだけ怒らせた後に聞くってすっごい勇気いるんだけど
大丈夫だ、問題ない。
勇者の王様は言っている……後は勇気で補えばいい。
「世界を滅ぼせる『力』……エクレアちゃんの話を信じるならそうみたい」
「そうか。なら俺達の関係が悪化したまま、今のように変わったエクレアではなく変わる前のエクレアのまま、その悪魔と契約した場合どうなってたと思う?」
「躊躇なく世界滅ぼしてると思う」
「トンビ君の言う通り、滅ぼしにかかってる気がする。あの頃のエクレアちゃんは怒りの制御なんて全くしてなかった……ってあれ?ちょっとまって」
ローインは思い出す。
当時のエクレア……
サクラの苗木にちょっかいかけた事で怒りだし、ランプに言い寄った時のエクレア……
あれは怒ったといっても、非があるのはランプの方だしエクレアが怒るのは当然。
人として全うな感情だろう。
だがそのあとは……
ランプに殴り飛ばされてサクラの苗木を巻き込みながら地面に倒れた後……
手を貸そうと差し出した手を払いのけた後……
あれ以降、エクレアから感情を感じ取る事ができなかった。
いや、感情らしい感情がない……いわば『虚無』……
『虚無』だった。
人は大切にしていた何かを失った時の喪失感から『虚無』へと陥る事がある。
傷ついた心身を癒すため、あえて心を閉ざす事がある。
自分の殻に閉じこもる事がある。自分のみの世界に閉じこもる事がある。
サクラの苗木を失った当時のエクレアはまさにそういった心境だったであろう。
ただ、『虚無』といってもその感情を向けていたのはランプ含む3人のみ。
大人にはふつうに接していたのでそこまで大きな喪失感は持っていなかった。
だが、エクレアは3年前に尊敬していた師匠と死別した。
自分の身代わりとなるような形で死別のだ。
サクラの苗木の件からみて、エクレアの心境は『虚無』へと陥ってもおかしくない。
そんな『虚無』の世界に誰かが入り込んだとしたら……
「…………今のエクレアちゃんって本当に“エクレア”ちゃんなの?」
3年前の時点を境にして彼女は変わった。
今までは師匠であるマイの死が原因で心構えが変わった。
責任感が増した事で子供のような真似……は、それなりに行ってるけど、それ以上に他者との交流が増えた。
必要最低限だった他者との関わりがあの日を境に増えたのだ。
ほかにもいろいろなところで変わった。
まるで、今のエクレアは当時のエクレアの『虚無』だった心に入り込んだ、全くの別人……
例えるならそう、悪魔がエクレアのふりをしていると思えるほどに……
そして、その悪魔が唐突に本性を表したら……
「何か気付いたようだが、俺にはわからない事柄だ。真相究明は任せた」
「同じく、任せた」
二人はこの件は完全に手を引くようだ。
まぁこれはただの子供が手を出していいような案件じゃない。
それこそ大人がやるべき……
「いや、僕が聞いた方がいいのか。でも……あれだけ怒らせた後に聞くってすっごい勇気いるんだけど」
「そういう時は酒だ。酒の力に頼れ」
酒の盃を傾けばながらとてもいい笑顔で言い切るランプ。
トンビも串焼き片手に無言だが、否定はせず肯定って言わんばかりにぐっと親指を立ててる。
「なんでもかんでも酒って、投げ槍に言わないでよ。そもそもエクレアちゃんに酒飲ますなって発言をすぐ撤回する事については?」
「もちろん、犠牲になれ。あんだけ怒らせた罰として受け入れろ」
「うわ~……いいよもう。僕もやけ酒するからお代わり頂戴」
「すまん。もうなくなった」
どぶろくが入っていた瓶を逆さに向けながらきっぱり言い切るランプ。
元々量が少なかったし、子供とはいえ男3人で飲んでいたのだ。
無くなるのも必然であろう。
「じゃぁやけ食いする。この串焼き全部もらうよ」
言うや否や、供えてあった串焼きを手にするローイン。
そちらは『夕べはお楽しみでしたね』を期待する汚い大人たちのいらぬお節介としてかなりの量を用意してもらってたようだが、やけ食いに耐えきれる量はなかった。
「ちょいまて!!俺は向こうで前半ぶっ倒れたおかげで満足に食べれなかったんだぞ!!だから俺が多く食べる権利が」
「知らないよ!!僕の方こそ酔っぱらったエクレアちゃんから話聞き出すんだよ。前報酬ぐらい頂戴よ」
そのまま取っ組み合いの喧嘩になると思われたが
「問題ない。追加で何か作ってくる」
トンビからの助け船でぴたっと止んだ。
「ビーフシチューを希望する」
「僕は天ぷらがいいな」
「却下。簡単なもので済ましてくる」
そう言い残してアトリエへと入っていくトンビ。
しばらく待てば料理が追加されるってことで喧嘩する理由もなく、待たされてる間は適当に話を繋ぎながら残ってる串焼きをちびちび齧りながら追加を待ること幾分……
「お待たせ」
待望の追加がやってきた。
燻製肉や野菜にチーズを適当にはさんだサンドイッチだったが、追加はそれだけでなく
「あとこれも」
どんっと置かれたのはワイン……
封が開いて少し量の減っているワインである。
「おい、なんでここにワインなんてあるんだ?」
「料理にワイン使うものある。あってもおかしくない」
ワインは料理にも使われる。
そういった知識に疎いランプは知らなかったが、よく料理するトンビにとって常識の知識。
故に不思議でもなんでもないってばかりな態度でさらりと言い放つ。
「ならこれで宴会の仕切り直しだな。改めて乾杯しようぜ」
「元々料理用で量は少ないから程々にね」
程々に……
その言葉が守られたかどうかは………
サクラだけが知る………




