8.こういう時こそ落ち着いて……素数を……(side:ローイン)
「二発目……これは何かあったな」
お茶らけた家庭モードから戦闘モードに変えたランプの問いかけにトンビは態度で示した。
エプロンを脱いでから警備の名目で持ち込んでいた武具一式を黙々と装着し始める。
エクレアの精製した『黒石火薬入り試験管』の威力は凄まじいの一言だ。
予想される威力はバジリスクに致命傷を追わせられるほど高い。
大体は一本で決着なのに二本目が使われたのは一本では仕留められないような大物がでたということだろう。
「あったに決まってる!早く向かわないと」
ローインは魔術師なので装備は杖のみだ。
エプロンを放り投げて、杖を掴んで即座に外へと飛び出そうとするところをランプが首根っこ掴んで止める。
『ぐえっ!?』という声と共に首が絞まって中へ引き戻される。
「げほげほな、なにを…」
「俺が様子をみてくる。ローインは大物退治を想定して持っていく薬をしっかり選別してから来てくれ。俺じゃよくわからんからな」
そう口にするや否や即座に外へと走り去っていく。
フリフリエプロンつけたままだが脱いでる時間も惜しいようだ。
彼は斥候としての訓練もこなしてるのでこういった偵察は得意中の得意。
誰よりも早く異変の原因を突き止めてくれるだろう。
ならローインが今する事は……
「そ、そうだ。こういう時こそ落ち着いて……素数を……2、3、5、7、11、13、17……」
エクレアから教えてもらった知識。
慌ててる時は素数を数えたら落ち着くと言われてるが……
パンっと顔をひっぱたく。
「よし、落ち着いた」
エクレア本人は全く効果なかったが、ローインだとこうかはばつぐんだった。
落ち着きを取り戻したローインは各種薬を納めてる棚から必要と思われる薬を次々と取り出していく。
「大物なら毒は多めにして、ポーションもより効果の高いハイポーションを追加……後は魔力回復材に切り札として『黒色火薬入り試験管』も1本だけ持っていこうか」
本来こういった薬の用意はエクレアの役目なのだが、ローインも各種薬の知識を身に着けたので彼女がなんらかの理由でいない時は好きに持ち出して良い事になっていた。
「全く僕等が持ち逃げとかしたらどうする気なんだろうね」
だが、こうやってローイン達にアトリエの合い鍵を渡してくれてるぐらいだ。
エクレアは3人とも持ち逃げしないと信じてるのだろう。
もっとも……
“『黒色火薬入り試験管』は一本100万G。後諸々あわせて10万Gでいいよ”
脳裏には持ち出した薬の使用分をしっかり請求してくるエクレアが浮かんだ。
でもそこに文句はない。彼女は友人の間柄といっても薬師だ。薬は原料費その他諸々で作成にお金はかかる。
無料でなんかやってたら彼女の生活は成り立たなくなるから金払いはきっちりすべきだ。
ただし……
「借金残ってる身で一本100万Gクラスの『黒色火薬入り試験管』を試作する余裕あるんだったら先に借金返せばいいのにとは思うけどね」
それでも彼女は気にしない。借金抱え込んでいようとも気にせず新しい事に挑戦する。時には……
“この薬は無料でいいよ。薬なんて使わないと劣化していくばかりなんだし、このまま棚の肥やしにするぐらいならより有効に使ってくれそうなお得意様にプレゼントする方が薬も喜んでくれるでしょ”
とか言って高価な薬をぽんっと渡してくれる。昔と変わらず本当に気遣いを忘れないのだ。
「本当、お人よしすぎるから借金返せないんだよ」
エクレアにしてみたら『実験目当ての試作品ではあるけど最低限の品質は確保できてるから捨てるよりかは無料であげた方がいっか』程度の感覚で渡してるのだが………
この辺りの乙女ゲームのヒロイン補正は昔から変わらず発揮してるようだ。
こうして各自準備が整っていく内にランプが戻ってきた。
手には血濡れた鉈、背中に血と贓物とさらに鼻水と涙でぐちゃぐちゃになったモモちゃんを背負って……
さらにランプからの報告は……
「丘の花畑にゴブリンが大量に現れたそうだ」
寝耳に水のようなものであった。




