15.こんなもの作ろうとするだなんて……何考えてるの?(side:スージー)
スージーは元貴族であった。
爵位は伯爵という、そこそこの家柄の血筋を引くやんごとなき令嬢だった。
ただし、三女という立場もあってか家内の立場は低かった。
家族仲は良好で政略結婚の駒として扱われるような事もなく好きな道。同じように伯爵家の五男という立場から自由に生きる事も許されていた幼馴染ダンを伴侶にして王立学園卒業と同時に結婚。共に平民の冒険者としての生きる道を選択した。
スージーは所持魔力が多く知識も教養も高い。望めば王宮のお抱え魔術師、さらには宮廷魔術師の道も開けたかもしれないが、当時は国の中枢がごたごたしていたのだ。
学園では同年代の王太子、王位継承権1位と2位が王位争いの潰し合いの末で共倒れした事によって急遽繰り上げ式に王太子となった現国王ローストが在籍してたのだからそのごたごたは伺いしれよう。
少し前の泥沼的継承争いによる共倒れの煽りで貧窮する国民を顧みず、再び泥沼のような派閥争いを繰り広げようとした貴族社会に嫌気がさしたのだ。
逃げるようにして貴族社会とは無縁なここ、辺境のゴッドライフの村まで流れ着いた。
だからスージーは自分が元伯爵令嬢という素性を公言しない。
実家と縁は切ってないので手紙のやりとりはするし、信用や信頼といった関係で一部には事情を話してるので完全な隠蔽はしていない。
知ってる人は知ってるのだ。
息子には直接話してないものの、平民ではまずありえないほどの教養の高さから薄々察しているだろう。
元々が宮廷魔術師を狙えるまでの才覚を持っていた事もあって、魔術や錬金術の腕前は最高峰。察しないわけなかろう。
ついでに息子が同年齢でかつ同年齢の子を持つママ友ともいうべきルリージュの娘、エクレアに恋心を抱いてるのも知ってる。
「まぁ実るかどうかまではわからないけど」
応援はするけど手助けはしない。スージーは恋愛に関して娘だと甘いけど、息子には厳しい教育方針なのである。
そんな息子の恋の行く末はさておき、スージーは椅子にだらしなく……すっかり辺境に染まりきったせいで自分が元貴族令嬢だという事実を忘れてしまいそうな姿勢で座りながら一枚のレシピをみつめる。
エクレアが検証してほしいっと預けてきたレシピ。
薬学と魔術……錬金術の知識をかけ合わせたある薬のレシピだ。
検証といっても普通なら一言。
『燃やせ』
で済む代物。
「こんなもの作ろうとするだなんて……何考えてるの?」
エクレアは不憫だった……
生い立ち自体も不憫であったが、それ以上にあの子は弱音を漏らさない良い子でいた。良い子であろうとした。
ルリージュも貴族のごたごたに巻き込まれた被害者なのに泣き言一ついわない。安易に他者へ助けを求めない、言うなれば双方ともに自己犠牲精神を持つ。悪く言えば破滅的な思考を持っていた。
ルリージュはすでに大人だ。自分で選んだ道なので自己責任になるもエクレアは違う。
大人の都合、エゴに巻き込まれる必要はないのに、あの子は母と同じ選択をした。
弱音を吐かず、わがままは言わない。本音を隠してルリージュの前では常に良い子を演じていた。
無理に自身を偽って良い子であろうとする歪な、とてつもない歪な子供だ。
スージーではその心を正す事ができなかった。ほぐせなかった。
恵まれた環境にいたスージーでは心に寄り添う資格なんてなかったのだろう。
例外的に1人だけ、喧嘩仲間な魔女もどきのマイ……日本とかいう異世界から転移という、ほとんど身一つでいきなりこの世界に放り込まれた『佐藤 舞』には資格があったようだ。
転移なんて荒唐無稽な言葉は最初こそ信じきれすとも、ルリージュは信じていた。それに倣って……というわけではないが、マイと付き合ううちにもうどうでもよくなった。
マイは二度と故郷に帰れない、二度と家族に会えないという理不尽な環境に放り込まれようとも、悲観せず前向きに明るく生きようと全力疾走するのだ。傍から見れば破天荒とも言えるような生き方はエクレアの歪な心にも届いたようで、マイの前では心を開いてくれていたようだ。
ただ、自身の破天荒さをエクレアにまで押し付けようとしてたので、苦言の10個や20個程入れたりもしたが……ルリージュは意外にもマイの教育方針に賛成の意を示していた。
ルリージュ曰く、大地にしっかり根を張って育ってくれれば問題ない。
多少歪でねじ曲がった成長をしても、根っこさえしっかりしてれば後で修正も効く。
しばらくはマイに任せようっというルリージュの説得もあって、スージーもしばらくはマイに任せて自分はなるべく見守るスタンスを取ることにしたわけだ。
一時期息子たちと険悪な仲となったりはしたが、多少なりとも良い子である事を放棄したのだ。
息子には悪いが、これを機会に他の事でもわがまま言ったり甘えたりといった子供らしい感情を出してほしいっと思っていたが……
それは楽観視だったのかもしれない。
マイが死んだあの日に全てが変わった。




