37.私と契約して魔法少年になってよ(side:キャロット)
どうする? コマンド
ニアはい いいえ
“私と契約して魔法少年になってよ”
“深淵”の根源である“混沌”の入口までやってきたケバブに対して“キャロット”は挨拶替わりに問いかけた。
答えは当然『ノー』であった。
ケバブは例の詐欺まがいな淫獣の存在をしっかり把握していたようで、脊髄反射的に『ノー』と断った。
(まぁこれでイエスなんて答えられたら逆に困るんだけど)
最初っから断られる事前提……
言うなれば魔王が勇者に『世界の半分をやろう』と勧誘する様式美だ。
たまに『イエス』と答える勇者もいるようだが、その先はマニュアル化されていない。
各々の裁量に任せたアドリブで対応しなければいけないので場合によっては不慮の事故もありうる。
普段は不慮の事故なら仕方ないで済ますが、今回は仕方ないでは済まされない。
少なくとも、話を聞きだすまでは五体満足でいてもらわなければいけないのだ。
“さてっと、じゃぁ早速だけど聞かせてもらおうっか……”
だから戯れもそこそこで“キャロット”は切り出した。
駆け引きも何もなく、笑ってるけど目は笑ってない顔でもってドスレートに問いかける。
“どこで、どうやって知ったのかな?エクレアはおろか、ブラッドにすらまだ話してなかった秘密……エクレアの前世、私のご主人が人間ではなく『悪魔』だってことを”
……………………
エクレアの前世は人間ではない。
人間の両親から生まれた事もあって肉体そのものは人間であったが、魂は悪魔……夢魔であった。
人間の両親から生まれる悪魔自体はイレギュラー的な存在であれど、それほど珍しいものではない。
人間社会で稀に現れる人としての論理感の欠如した人間、サイコパスと呼ばれる人種がそれだ。
エクレアの前世はまさに人としての論理感が欠如した人種。人の皮をかぶった悪魔だった。
イレギュラーな存在故に生まれ持った悪魔の力……元々肉体を持たない夢魔だった事もあってか悪魔の力は最弱クラスだったが、そこは知恵と工夫で補ったようだ。
弱い人間が知恵と工夫でもって強大な力を得るかの如く、彼女も知恵と工夫を総動員して悪魔の力を強めた。
ある目的を達するため、貪欲なまでに力を求めた。
その中で行き着いた答えの一つが疑似的な“深淵”の創造だ。
夢魔の本領を発揮する『夢世界』を“深淵”に作り替え、なおかつ現世に影響を及ぼす手段も確保。
そう、この“深淵”はふたを開ければただの『夢魔が空想として作り上げた夢世界』なのである。
……
…………
………………
“まぁ疑似といっても本物の“深淵”を演出するために『深きものの統率者様を象った神像』を飾ったりしてるけどね。いろいろなツテを頼って手に入れたモノホンの触手を中に仕込んだもので……えっと、確か”
「やめてください。そんなもの出されたら死んでしまいます」
“そんな遠慮せずともゆっくりみていっていいのよ。なにせ倉庫にはご主人が集めた自慢のヤヴぁイコレクションがどっさりだから”
「本当にやめてください。というか、さっさと閉じてください。隙間からあからさまにやばい気配が漏れ出てます」
“う~ん、残念”
残念……というが、“キャロット”は中のコレクションを本気で見せるつもりなかった。
“キャロット”は理解しているのだ。“深淵”の奥底、深層部で封印された倉庫部屋のやばさを。
エクレアの前世ともいうべきご主人が自身の足りない力を補うために集めた、古今東西の曰く付きな呪いの品々を納めた倉庫のやばさを。
単体でも十分やばいそれら品々を無数に、無造作に放り込んできたものだから……
時にはナマモノまで放り込んだりしたものだから……
倉庫の中でそれらが混ざったり打ち消したり干渉したりっとしながら熟成されて来たせいで……
気付けば本来の持ち主ですら完全な制御が出来ない“混沌”が渦巻くトンデモ空間と化してしまったわけだ。
(全く、ご主人もいくら死に間際でもう時間ないからって、無責任に投棄するわけにはいかないからって、最初から“深淵”の管理者として生み出された私に後始末を全部押し付けて死ぬなんてひどくね?)
“キャロット”はつい今は亡き主人に対してぼやくのであった。
ヒロインちゃんのチート能力の“深淵”
その正体は案外ありふれたものである……が、ヤバイものには変わりなかったりしてw




