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10.お嬢様はそんな邪な笑みなんて浮かべません(side:メープル)

E「邪な夢ならみるけどね(ぇ」

「侯爵様、こんな辺鄙なところまで態々足運んでもらってお疲れさまでした」


 半年前の秋頃、村についたメープルは役場も兼任している冒険者ギルドを訪れた。受付カウンターでスイーツ家の捺印が押された紹介状と共にサトーマイの弟子とされるエクレアへのアポイントをお願いしたら、3分もしないうちに本人が現れた。


 彼女の立場ならそう簡単に面談が望めないはずなのに、実際はあっさり応じてくれた。


 理由はメープルが侯爵家の代理だからではない。彼女がたまたまギルド内にいたからであり……

 侯爵家の評判が落ちたという話が商人や冒険者経由で彼女の耳にも入っており、その一端を担った当事者として責任を感じていた故の対応の早さであった。


 エクレアはメープルの謝罪を……侯爵家の代理としての謝罪を行ったところ、素直に受け取ってくれただけでなく助手として勧誘してくれた。

 一年間の滞在のために仕事を求めていたメープルにとって、エクレアの助手は絶好の仕事先だ。なぜそこまでしてくれるのかと驚きのあまり聞いたら……



「えっ?だってメープルさんって侯爵令嬢の専属のメイドさんだったんでしょ。だったら以前と同じ仕事をしてもらった方がなじみやすいかな~っと思っただけなんだけど、やっぱり難しいかな。私は見ての通り侯爵令嬢なお嬢様のようなマナーなんて全然持ってないし、向いてるとも思ってないからお嬢様とメイドじゃなく妹と妹みたいな関係でいてくれたらうれしいんだけど……」


 少々ツッコミどころ……主にメイドと侍女を混同してる節があるものの、学がないといわれる平民なので仕方ない部分はあるのであろう。

 それに、マドレーヌからも「もしできるならエクレアを私を思って仕えなさい」と言われた事もあってメープルは渡りに船と引き受けたのだ。


 ギルド経由で契約を交わし、エクレアへと仕える事となったメープル。

 エクレアの母であるルリージュだけでなく多くの村人はメープルを受け入れてくれた。

 中央の貴族と違って馬鹿のやらかしをその目でみてきた者は満場一致で侯爵家に非はないどころか災難だったと判断された事もあってあっさり迎え入れられたのだ。


 特にルリージュからは娘の礼儀作法の疎さに手を焼いているとのので、貴族相手でも対応できるよう貴族としての教育もお願いされた。


 それに……



(エクレアのお母さまがあの女傑……平民出身でありながらも現王ロースト様の妃としてもっともふさわしい方と言われたあのルリラージュ様だったなんて……

 王の勧誘を断り、平凡な男爵家の三男との結婚直前に貴族殺しの濡れ衣を着せられて姿を消した、もう生きてないと思われていたあのルリラージュ様だったなんて……思いもよりませんでした)


 なお、ルリージュがルリラージュだということは元伯爵令嬢で昔から交流があったスージーを初め貴族と縁の深い者達はすでに知れ渡っていた事実だそうだ。

 さらにいえばこの村にはルリージュのように貴族の陰謀に巻き込まれた者が多く存在し、彼等の大半が貴族社会から距離を置いていた。贅沢ができても家族同士で陰謀や争いの絶えない貴族より、貧乏で厳しい環境に置かれながらも家族で仲良く助け合って暮らせる平民の……中央から距離を置いた辺境の生活を望んでいた。


 だが……


 大人達は予期していた。

 エクレアが作り出した『味噌』や『醤油』がきっかけであっても、今の情勢では何もせずとも巻き込まれる。


 中央から距離を置いたといっても、村に移り住んだ貴族やその関係者は元が将来有望だった者達。前王崩御供後に起きた王位継承争いでの政争に負けて流された者や自ら王家を見限って流れていった者達。


 有能であるがために、エクレアが何もせずとも近い将来中央のごたごたに関わらざるを得ない事態が来ると予測していた。







 近い将来大きく乱れるであろう国内情勢。


 その動きは自治区に近い辺境であっても国に属する以上は巻き込まれる。

 そして……その情勢にもっとも巻き込まれるであろう人物がエクレアであった。


 彼女は望む望まないに関わらず、いずれは王国内で起きる激動に巻き込まれる。


 ならメープルがすべきことは……




“ここでも私は間違えてたのですよね”



 メープルは勘違いしていた。優秀過ぎる頭脳を持つが故に深読みし過ぎていた。

 彼女はルリージュのお願いを『エクレアはいずれ父の元に戻って貴族令嬢となるのだから、今から貴族としてのマナーを教え込んでほしい』っと解釈してしまったわけだ。



「くくく……メイドさん。夢にまで見たメイドさんを侍らせるなんて私貴族のお嬢様になったみたい。くくくく……」


「お嬢様はそんな邪な笑みなんて浮かべません。おやめください」


「あっ、はい……ごめんなさい」



 最初こそただの注意であった。

 マロンやカロンを教育した経験を活かし、まずは貴族としての意識を持ってもらおうという想いからの注意だったが








「お嬢様はそんなはしたない恰好をしません」


「お嬢様はもっと優雅に歩きます」


「お嬢様が酒場に出入りだなんてとんでもございません」


「お嬢様が一人で森へ出かけるなんていけません。何かあったらどうするのですか」


「お嬢様。おやめください」


「お嬢様。おやめください」


「お嬢様。おやめください」


「etc.etc.etc.」


「…………」



 小言のように行う注意でエクレアは段々と不機嫌になっていった。

 態度を取り繕うなんて微塵も思わないほどに、苛立ち始めた。


 それでもメープルは注意し続けた。

 成人前の令嬢に仕える侍女は教育係を兼ねる事もあって、エクレアから多少嫌われようとも指導はつづけた。


 いずれはエクレアのためになる。そう思ってメープルは鬼となった。


 ルリージュやマドレーヌからのお願いをはき違えていたメープルはいつの間にかエクレアをマドレーヌのような立派な淑女にしなければっと思い込んで暴走しまったのだ。




 その結果……



「メープルさん、くび」


 3日目、ついに我慢の限界を超えてしまったエクレアはくびを告げた。

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