12.どうか短絡的な考えはお捨てください(side:メープル)
「……お嬢様、本気で考えているのですか?」
メープルは冷や汗を垂らしながら問いただすも、マドレーヌは黙って頷くのみ。
「考え直す気はないのですね」
「えぇ。もう国は崩壊寸前よ。少なくともこのままハッシュ様が王となれば確実に国が滅びる。いくら私が裏から支えようとも無理でしょうね。私はハッシュ様に嫌われている上、各貴族から目の上のたんこぶ扱いにされてるし、平民士官からも親の威光を受けた苦労知らずと思われてるのだから周りは敵だらけ。私はどこかのタイミングで諜殺でもされて居なくなるでしょうから、私が居なくなった後の国がどうなるかなんてわかりきっているでしょう。うふふふふ……」
マドレーヌは自虐的に笑う。
その目はどこか遠くを見つめていた。
今のままでは未来に何の希望を見出せない事に悟ってしまったのだろう。
「お嬢様……そこまで思い詰めていただなんて気付いてあげなくて申し訳ございません。」
考えれば当然の話だ。
現在の……現国王の統治では主要なポジションに平民出身者が多く振り分けられている。
現国王が王太子時代に身分問わず自らスカウトした者を多く登用した結果の配置だ。
身分問わず能力さえあれば出世が望めるのだ。国民から多大な支持を受けており、その声の高さ故に王の座へついたのだ。
それは貴族にとっては面白い話ではない。自分達を閑職に追いやる国王や平民出身者の人材を快く思ってない。
特に身分しか取柄のないような無能貴族は王や平民出身の士官にあからさまな敵意を向けている。
王宮内は常ピリピリとした空気が漂っているのだ。
王の方針ということで表立って行動は起こしてないが、裏ではあれやこれやといった陰謀が張り巡らされているであろう。
対してマドレーヌの立場は中立といえば聞こえいいが、どちらからも敵視されている。
なにせマドレーヌは宰相の父を持つ侯爵令嬢。しかも次期王妃として王からも……他者の才能を嗅ぎ分ける力に長けた王が太鼓判を出すほどの才覚溢れるお方。
貴族からみばれ能力は元より身分すらも敵わない、いわば嫉妬の塊。
平民からみれば最初から成功が約束された道を歩む、いわば苦労知らずの凡々。
(全く失礼な話ですよね……お嬢様がどれほどの努力をしてるか知らない癖に……)
「駄目よ、そういった真似はまだ早いから」
メープルから漏れ出た殺気を察したのか、マドレーヌが先に釘を刺した。
マドレーヌは次期王妃といっても、今はまだ侯爵令嬢。
強い権限を持たない子供であるため、本格的に事を起こす気はまだなさそうだ。
そんなマドレーヌは厳格でルールを順守するも、身分で大きな差別はしない。
良くも悪くも平等であり、貴族として……内心はどうであれ次期王妃として非情な決断を下す覚悟も持っている。
だからマドレーヌは差別ではなく区別はする。マドレーヌは上に立つ者として区別を行うのだ。
その態度が貴族平民共に反感を買っているのだろう。
マドレーヌが希望を見出せないのもわかる。
メープルも内心として賛成したいが……
ここでの甘やかしはドレーヌのためにはならない。
なぜか……本当になぜか、そう強く思ったメープルはあえて心を鬼にして反論した。
「しかしお嬢様。お嬢様はいずれ国を背負って立つお方。国のためを思うのならどうか短絡的な考えはお捨てください」
「短絡的ね……そう、メープルは反対するのね。私が反乱を起こす事、国を潰す事を」
国を潰す……
それが未来に希望を見出せなくなったマドレーヌの提示する将来の願望。
国が疲弊しきって自然崩壊するのを待つのではなく、まだ立ちなおせる余力があるうちに今の王政を打倒する。
マドレーヌが権力を握ってから貴族を引き締めていくのではなく、権力を握る前に貴族を粛清する。
それは聞こえこそいいが所詮は逃げだ。
貴族としての責務を放棄した逃げだ。
「その通りです。王とは本来孤独な者。釈然とした態度で国を率いる者です。今の王をみてお判りでしょう。周囲に頭を下げて媚び諂う情けない姿を。そんなだから貴族からの求心を失うばかりか貴族と平民との間で要らぬ諍いが起きるのです。マドレーヌお嬢様にはそのような諍いを沈めるべく奮起してもらわねればいけないのです。そう、かつては平民でありながら正妃として認められるほどの才覚を持つ………」
メープルは思いとどませようとした。
専属侍女としてではなく姉として、つい弱気になってしまった妹を奮い正せようと言葉も尽くして説得しようとしたのだ。
それが功をなしたのか、マドレーヌはにこりと笑った。
「もういいわ。そうよね。貴族とはそういうものだし改めて決心付いたわ。いつもいつもありがとう。お姉さま」
「どういたしました。ですが忘れないでください。私はお嬢様の味方です。例えどんな道を選ぼうとも私は常お嬢様の隣でいるつもりですので安心してください」
「そう……」
メープルは気付かなかった。
この時のマドレーヌは以前までとすっかり変わっていた事に……
中身が全くの別人と言っていいほど変わっていた事に……
マドレーヌの一挙手一投足を常に注視する、自覚ある変態のメープルが……
この時ばかりはなぜかマドレーヌの変化を見逃していた。
そして……
マドレーヌの小さく開いた口から呪詛のような言葉が紡がれていた事にも気付かなかった。
「では今日の事はいつも通りお忘れになります。明日に響かないようお休みください」
本来ならもっとお楽しみ……それこそ、ベットの上であれやこれやをやりたいところでだが、ここは出来る侍女を自称するメープル。
空気を読み、完璧で瀟洒な侍女の姿勢を崩さないまま一礼。
「えぇ、お休みなさい。お姉さま」
そう言いながら出ていくマドレーヌの顔はどこか悲しそうにみえた。




