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10.私なにやらかしたの!?

安西先生、もうゴールしたいです……

「諦めたらそこで試合終了です。この場合試合ではなく国も終了ですけど」


「私としてはもうゴールしていいよねな気分だけど……よく考えたら今ってゲームスタートすらしてないし、案外まだ猶予は残されてるのかも」


 エクレアはすでに手遅れに近いほどSAN値が減っている。

 ただし、SAN値はあくまでユーザーからの通称であって実際のSAN値ではない。

 あくまでSAN値に近いもので0になった瞬間『魔王』として降臨するわけではない。


 降臨するにはSAN値以外の条件があり、それはゲームにあるのだろう。


 ゲームのスタートは貴族が15歳となった春に通うこととなる王都学園の入学式の朝からだ。

 魔王として降臨するには、彼女が学園に通わないと果たされない可能性もある。


 なら通わなければ………


「……その瞬間魔王化するんじゃね?ゲームスタートと同時にゲームオーバー判定が下って」


「何がゲームオーバーか知りませんが、ゲームから著しく遺脱する行為は避けた方が無難かと思われます」


「今のところ元となる乙女ゲームを知ってるのはお嬢様だけだし、そのアドバンテージを自ら手放すのはよくないと思うぜ」


「私はまだ詳細話してないのだけど」


「「なんとなく察した」」


 どうやら頭での思想を顔にまで出していたらしい。これは王妃としては失格だと思うも、ここは内々だ。

 外でやらかした失態ではないし、この二人の前で繕う理由がないのだから気にしない事とした。



「とりあえず、エクレアに関しては改めて侯爵家の使者を出しましょうか。正式な代理人を立ててこの一件を謝罪し、なおかつ非公式なお忍びとして交流を持つ。代理人を通して友好的な関係を築いていく……今はこんなとこかしら」


「それ、下手すると余計な刺激与えませんか?右手で握手を求めながら左手にはナイフを隠し持つが貴族にとってあいさつ代わりな交流ですよ」


「マロンの言う通り、余計な刺激を与える事になろうとも交流は必須と思うわ。なにせ国の命運は今後のエクレアの動きに大きく左右されるだろうし、前触れを察知出来ると出来ないで革命の成功率は大きく違う。どうせエクレアがどうこうしなくても国が終わりかねないぐらいの傾き具合なのだし、ここで賭けに出るのも悪くないわ……」


「俗にいう分の悪い賭けは嫌いじゃない精神ですね」


「冷静に分析したら案外勝算は悪くないと思ってるわよ。ゲーム開始まではエクレアも魔王化しないだろうし、今まで商人たちと大きなトラブルなく商談を成立させてるところをみると商売人として私怨に走らず損得勘定を重視した対応してるはず。損得勘定重視なら公的に謝罪してから改めて礼儀を尽くして侯爵家が懇意にしてますアピールをして友好度をあげて……時期をみてエクレアを屋敷に招待して、腹を割った対談を行う。これでエクレアの一件はなんとかなるはず。次は」


「「馬鹿王太子様のお守りの時間でございます」」


 二人きっぱり言い放ったこの言葉にマドレーヌは


「……だめ、もうゴールしていいかしら?」


 再び机に突っ伏した。

 これから王城に出向いて馬鹿王太子の相手をしなければならないのだ。

 これさえなければマドレーヌ本人が直接出向けるのだが……

 悲しいかな、王太子の婚約者で次期王妃な立場では往復2ヵ月かかる辺境に出向く時間が作れない。

 その事実に現実逃避したかったが……


「現実は非情なのです。適当にやり過ごしましょう」


「なんなら拳でぶん殴って鬱憤(うっぷん)ばらしをしてもいいんじゃねーか?お嬢様は馬鹿に鉄拳制裁を下して黙らせた実績あるわけだし」


「いいわね。カロンの意見を採用するわ」


 本来ならありえない選択肢。

 本来のマドレーヌ、内なるマドレーヌは絶対止めたであろう選択肢。

 普段ならまず取らない選択肢……


 いや、馬鹿商人に鉄拳を下した時点ですでにあれだが………


 どちらのマドレーヌも気付かなかった。





 エクレアの“狂気”は『味噌』や『醤油』だけでなく直筆のレシピにすら宿っていたことに……


 レシピにはエクレアの『馬鹿をぶん殴りたい』という衝動がたっぷりと怨念のごとく込められていた事に……


 側近二人どころか書いた本人すら気付いていなかった。



 まぁ側近二人は元からあれだったので感染しても対して変わり映えなかったが、マドレーヌはエクレアの“狂気”に感染したせいで思考が物騒な方面に偏ってしまっていたわけだ。


 そのせいでマドレーヌは本来ならありえない選択肢……












『 馬 鹿 に は 鉄 拳 制 裁 』









 っという、本来ならまずありえない選択肢を取った。











結果……












……………………

(side:俯瞰)


「私なにやらかしたの!?なんでハッシュ様をぶん殴ったの!!!?」


 後日、“狂気”の影響から外れて正気に戻ったマドレーヌ……内なるマドレーヌも含めて自分の狂気じみた行動に悶絶した。


 ベットの上で枕を頭に抱えながら悶絶した。


 例の馬鹿商人どころか王太子すらもお構いなくぶん殴った事で、マドレーヌは『殿方の顔面をぶん殴っては悦に走る加虐趣味の持ち主』という噂が社交界に広まったのだ。

 正気に戻ったマドレーヌはその事実を知って激しく悶絶した。



 しかし、この事件はマドレーヌと侯爵家の醜態として噂になるだけでは収まらなかった。

 マドレーヌの思った以上の影響を与えていた。



 なにせ、今まで献身的に支えてきたマドレーヌがハッシュ王太子をぶん殴ったのだ。

 その事実は様々な憶測を呼ぶ事となり、社交界だけでなく貴族社会全体が大きく荒れる事となったのだ。




 それが良い流れなのか悪い流れなのか……




 今の段階ではわからない。




 わからないが、これだけは確実に断言できる。





 エクレアは自分のあずかり知らないところでマドレーヌを、さらにいえば国を内側から引っ掻き回したという事実であろう。






 そして……



 マドレーヌの命運はこのビックウェーブ……


 エクレアが意図せず呼び起こしちゃったビックウェーブに上手く乗っかれるかどうかにかかっているであろう。





 すでに賽は投げられたのだ。


 運命の荒波に飲まれないよう、頑張れマドレーヌ。

M「乗るしかない、このビッグウェーブに!」

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