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2-5.私、女の子が好きかもしれない

作品名は”没落貴族と森の魔女様”です。


絵は昔書いたものの再利用です

挿絵(By みてみん)

これは酷い。台所の様子を見てカリーヌは少なからず衝撃を受けた。


魔女様は家事が苦手だった。たぶん基礎も知らない。


そして、基本的な道具も材料もここには無い。

カリーヌは令嬢の侍従(じじゅう)であり、普段自分で料理をすることはあまりない。

だが、今は自分がやるべきだと思っている。

とはいえ、これではどうにもならない。


食器はもちろん、まともな鍋も無い。

魔女様が使っている鍋は、朽ち果てた古代遺跡からの出土物みたいなもので、こんなもの1個で、まともな料理など不可能だ。


食材も、何かの根っこと木の皮みたいなもの。

”魔女の薬草作りか何かか!!”と突っ込みを入れる。心の中で。

※魔女様の料理です。


「まともな鍋も無い、食器も、食器洗いも無い。それに食材や調味料も!

 これでは料理もろくにできません。近々買い出しに行きます!」


そこに魔女様が突っ込みを入れる。

「お主ら、10日で立ち去る気が無いじゃろ? わしにはわかるぞ」


わかるぞではない。誰が聞いてもそう聞こえるだろう。

出て行く必要を感じないのだ。

リタは10日間の滞在を許されたが、10日経ったら出て行けと言われていた。

だが、滞在を許さないと言った根拠が既に崩れている。

だからカリーヌには10日で出て行くとは伝えていない。

町に魔女狩りなんていないし、女の子を好きになった程度で火炙りになることも無いのだ。


この際なのではっきりさせておく。


「魔女様、町には魔女狩りなんていませんでしたよね。

 私がここに居ても、魔女様は火炙りにはなりません」


「うむ。たまたまかもしれぬが、魔女狩りは見かけなかったのう」


「それに、魔女様の恋愛対象だって案外普通かもしれませんよ?

 私は魔女様が好きです。

 でも、このくらいじゃ火炙りにはなりません」


魔女様が反応する。

「本当か? その言葉信じてしまうぞ」


※実は、このとき魔女様は"恋愛対象"という言葉の意味がよくわからなかったのですが、

 次に聞いた"私は魔女様が好きです"の言葉に釣られて、

 言葉の意味とかどうでもよくなっています。


魔女様は、なぜか女を好きになると火炙りにされると思っている。

だが、リタはそんなことで火炙りになるなどと言う話は聞いたことが無い。


「魔女様。私が魔女様を好きなのは本当です。

 そしてその程度では火炙りにされたりすることはありません」


「本当なのじゃな? 嘘だとわかったらわしは町ごと焼き払ってしまうかもしれぬ」


リタはちょっとだけ心配になる。

リタがここに逃げ込んだことは既に敵に知られてしまっている。

もしかしたら、ここに襲撃があるかもしれない。


だが、貴族間の争いであって、町の人に罪は無い。

そして、魔女様は本当に町ごと焼き払う力を持っている可能性がある。

この森を丸ごと囲う大火炎輪という巨大な炎の魔法が存在し、魔女様はそれを使うことができる。


町に対して、あれを使うことが無いようにお願いする。


敵が襲ってきたっ場合は、最悪リタの命でなんとかする。

それで本当に凌げるのかはわからないがリタには他に手が無い。


そのことを魔女様に説明し、滞在させてもらえるようお願いする。


「私が魔女様のことが好きなのは本当です。

 ただ、魔女様のことが私の敵に知られてしまいました。

 私の敵がここを襲ってくるかもしれません。

 そのときは、私を差し出していただいても構いません。

 それで敵の攻撃が止むという保証はできませんが、

 可能な限り交渉してみます。

 だからここに留まらせてください」


リタは真剣にお願いしたのだが、魔女様の反応は、少し変なものだった。


「わしもおぬしを好いてしまうが良いのか?」


もちろん、かまわない。

そもそも、リタがどうこう言う話でもないと思う。


問題は、町の被害。

敵が来ても、敵意を町に向けないでほしい。


「はい。でも、敵が来たときは……」


「敵はどうでも良い。わしが知りたいのは、好いても良いかじゃ」


大事なのはそっち?

普段はわざわざ魔女様のところに敵が襲ってくることは少ない。

今襲ってくるとしたらリタの滞在のせいだ。

リタはそれを気にしていた。


好いて構わないかと言われれば、それはもちろん構わない。

「はい。もちろんです」


魔女様は何故か女を好きになると火炙りにされると思っている。

確かに、教義では同性愛は禁止されているが、リタの解釈では、好きになってはいけないという性質のものでは無いように思う。


「そうか。良いのじゃな。

 うう、うううううう。もうダメじゃ、股からも漏れてしまう」


「魔女様?」

(何故股から?)

人を好きになって良いというだけでこの反応。

魔女様は愛情に飢えていたのではないか?

ずっと一人で寂しかったのではないか?


本当に女性を好きになると、それだけで火炙りになると思っていたのではないか?

だから、誰かを好きになってしまうことが無いように、誰にも会わず森に隠れるように一人で暮らしていた。

だとしたら、今までどれだけ辛かっただろうかと思う。


べつに女の子を好きになったからといって、そんなに悪いことは無い。

リタは魔女様に好かれたら嬉しい。


「わしが……好いても……」


「ええ、もちろん。

 好いていただけるというのは、普通は嬉しいことなのですよ」


「嬉しいのか? わしは……わしは……」


魔女様の様子がおかしい。


「え? 魔女様? あ、あー……」


”女の子を好きになっても良い”。

たったそれだけのことが魔女様にどれだけ重要なことだったのか。


「魔女様、人が人を好きになることは悪いことでは無いのですよ。

 カリーヌ、洗濯頼める?」


「魔女様、お召替えを」


……………………

……………………


「わしは嬉しかったのじゃ。はじめて……」


「はい。わかってます。嘘ではありませんから」

そう言って優しく抱きしめる。

「やわらかいのう」

「漏らさないでくださいね。着替えたばかりなのですから」

「うむ。今、股にものすごく力を込めて我慢しておる」

「そういうことは言わなくて良いです」


恐怖で失禁すると言う話はよく聞く。リタにもわかる。

体が不自由になって失禁することもある。

だが、嬉しいときに失禁することはあるのだろうか?

魔女様にとって、恐怖で失禁するのと同じくらい大きく心に響いたのではないか。

この魔女様は、本当は人が好きなのにずっと孤独で暮らしてきたのではないだろうか?


満たされることも無く、愛情に飢えて暮らしてきたのではないか。

そう思うとリタも涙が零れてくる。


……………………


ここには”死にたくない”という思いだけで藁にも縋る気持で逃げ込んだのだが、リタはもう外の世界が安全だとしても魔女様を置いて出て行く気にはならなかった。


魔女様に必要とされていると思った。

リタはそれが嬉しかった。


今まで多くの人と関わったが、魔女様のような人物に会ったことは無かった。

リタはこんなにはっきりと身分と関係無く好かれたのははじめてのように感じた。

それがとても嬉しかった。相手が女の子であっても。


貴族社会には常に上下関係がある。

貴族令嬢の場合、親の地位で上下関係が決まる。

そして、ある程度の歳になって婚約者が決まると、今度は婚約者の地位で居上下関係が決まる。

リタの歳では、そろそろ婚約相手が決まっているのが普通という感じになってくる。


婚約者すら決まっていないリタは、かなり酷いことを言われた。

リタにとっては、それが普通の世界であったが、純粋な心を持つ人間が生きていくのは難しいような世界だった。


リタは、そういう世界はあまり好きでは無かった。生まれてからずっとそうだったのに、結局この歳まで馴染めなかった。


リタの家は、古くからある家と比べると新興の田舎者ではあると思っていた。

だから、そういう扱いを受けるのは仕方がない。

リタ自身にも問題があったのか、貴族令嬢の間では仲間外れにされていた。

自分から誰かを故意に避けたつもりは無かったが、実際は避けていたと思う。


貴族令嬢という集団の中では馴染めなかったが、もちろん、良くしてくれた人もたくさん居た。

だが、今までリタに好意的に接してくれた人のうち、いったい何人が母が失脚した後のリタに好意的に接してくれるかというと、正直あまり自信が無い。


邪険に扱わないでくれそうな人物が何人か居る程度で、地位を超えた付き合いができる人物というのはあまりいない。

リタにとってはカリーヌがいるくらいだ。

とはいえ、カリーヌから見て、リタが主従関係を超える存在であるかはわからない。


魔女様はリタにとって特別な人物だった。

身分関係無しに純粋に好きになってもらえたように感じた。


魔女様は、こんなにも愛情を求めているのに長年孤独で過ごしてきた。

その寂しさを埋める力になれるなら、リタも嬉しく思う。


ここに来た当初の目的は自身の命の危険を守るためだったが、短期間で純粋にお近づきになりたいと思うようになった。

近くに居ると心が温まる。そんな存在に思えた。


魔女様は、そのくらいかわいらしい。

どうして”悪い魔女”などと言う人が居るのかわからないくらいだ。


それに、さっき抱きしめたとき、とてもドキドキしたのだ。

可愛らしいと思った。これからも一緒に居たいと思った。

これは恋なのではないだろうか?


今までこんなに好きな人ができたことは無かったかもしれない。

ところが、その相手は女の子だった。


抱きしめたとき違和感が無かった。やわらかくて温かかった。

そして、可愛らしいと感じた。


男性とはダンスをする機会が何度もあった。

力強くて頼もしいと思った。


でも、好きかと言うと、そうでも無かったように思う。


リタは今まで自分の恋愛対象は男性だと思っていたが、

今はもしかしたら女性が好きなのかもしれないと思う。


……………………


「カリーヌ、どうしよう。わたし、女の子が好きなのかもしれない」

「魔女様ですか?」

リタは頷く。

「そうですか。私も女性が好きです」

「え? そうだったの?」


リタはカリーヌのことはよく理解しているつもりだったが、これは知らなかった。

そして、その後の言葉でさらに驚く。


「マルグリットお嬢様をお慕いしております」


「え? どういうこと?」

「お嬢様。嘘ではありません」


「本当に?」

「はい」


え? どうしよう?

元々カリーヌには好意を持ってもらえているとは感じていた。

でもそれは、先にお役目があって、その上で、好意を持てる主人で良かったくらいのものかもしれないと思っていた。

カリーヌが命を懸けてまで守ってくれようとしてくれた理由は、使命感だけでは無かったのだと思う。


女の子が好きな子も居るのは知っている。

でも、そんなに滅多に居るものだとは思っていなかった。


カリーヌの恋愛対象が女性で、その中でも特に好きなのが自分だとしたら?


好きな人を守るために、命を懸けて囮になってくれたのかもしれない。


リタにとってカリーヌは親友だった。単なる従者ではない。

でも、恋愛対象だとは思っていなかった。


でも、カリーヌを助けることができて本当に良かった。

母と兄を失い、もう肉親は身近なところにはいない。


リタにとってはカリーヌが家族のようなものだ。

好き嫌い以前に居なくなったら相当大きな喪失感を持つ相手。

「カリーヌ、生きていてくれてありがとう。本当に良かった」

そう言って、カリーヌを抱きしめる。

「お嬢様……私は助けていただけて、またお会いすることができて、もっと感謝しています」

涙が溢れ出る。

危うくカリーヌを失うところだったのだ。

もし失っていたら……そう考えると震えてくる。


そのとき気付いた。

大事な者を失うという現実を突きつけられると、足腰に来る。


「ごめんなさい。ちょっと、トイレに行ってきます」

「どうしたのですか? 急に」

「魔女様の気持ちが少しわかりました」

「そうですか。では、私もお供いたします」

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