2-4.魔女様、はじめて町に来る(4) 悪い魔女様?
……………………
……………………
しばらく見ていた魔女様が声をかける。
「先に怪我をどうにかした方が良いじゃろうな。
見たところ、腕と足か。他に怪我は有るか?」
細かなものは無数にある。
碌に動けないのは、怪我より体力的な問題であったが、
ある程度大きな怪我は2個所のみ。
「大きなものは、腕と足の2個所です」
魔女は薬を作ると聞く。
妙な薬でも塗られるのかと思う。
ところが魔女は傷に手をかざす。
「少しジリジリするかもしれぬがすぐに済む」
薬を塗るわけでは無い?
「???」
「ほれ、元通りじゃ、元通りじゃ、元通りじゃ」
これは呪文なのだろうか?
「どうじゃ、足りぬか? リタ、水と何か拭くものはあるか?」
今ので治ったとでも言うのだろうか?
傷の様子を見るために血を拭き取りたい?
意図はわからないがリタはとにかく水と拭くものを用意する。
「少々お待ちください」
カリーヌにはこの状況は少々ショックなものであった。
「お、お嬢様……」
「いいのよ、あなたは今は安静にして」
カリーヌは主人であるマルグリットに下女のようなまねごとをさせてしまって心苦しい。
水で濡らした布で傷口を拭く。
「どう? 痛かったらごめんなさい」
「これで沁みるようなら、まだ(治療が)足りてないかもしれぬが」
深手というほどではなかったにしろ、それなりに大きな傷だった。
拭けば痛いはずなのに不思議と痛くない。
「いえ、痛くはありません」
少し拭いてすぐに気付く。
傷が無くなっているように思える。
「傷が消えた?」
乾いた血を丁寧に拭き取ると、傷が完全に無くなっていた。
リタはあれで治るとは思っていなかった。
「さっきので治った? こんなに完全に消えるものなのですか」
「うまく行ったようじゃな」
この様子だと、あの程度の傷は簡単に治るのだろうとは思った。
それにしても、あっさり治った。
「これも魔法ですか?」
「そうじゃ。このくらいできぬと、ここでは一人で生きていけぬ」
魔女は魔法で傷を治せるのだ。
まあ、こんな場所で一人で暮らすには、そのくらいの特技が必要なのかもしれない。
「…………」
が、こんな魔法は本の中でしか見たことが無い。
しかも、伝説に名が残るような人物くらいしか、こんなことはできないだろう。
この魔女様は何か特別な存在のように思う。
「足の方も治してしまおう」
……………………
足の怪我もあっさり治してしまった。
そんなことができるような人間がそこらに居るとは聞いていない。
「魔女様、本当にありがとうございます」
リタは少し考えてみたが、こんなことができるのは昔話に出てくる大聖女様くらいのものだ。
大聖女様は今は存在しない。
だから、たぶん、今こんなことができるのは目の前に居る魔女様だけだ。
「凄いです。これは大聖女様くらいしか使えないのでは?
たぶん、この国で今使えるのは魔女様だけではないでしょうか」
「婆様にもできたから、わしにできてもあまり気にしておらんかったが、
確かに婆様も相当珍しいようなことは言って居ったな」
カリーヌが反応する。
「お婆様……ですか?」
これでは誰のことかがわからないので、リタは補足する。
「ええ。そのお婆様というのが大聖女様みたいで」
そう言うとカリーヌが答える。
「お嬢様。大変申し上げにくいのですが、大聖女様は大昔に亡くなっており……」
魔女様の年齢を考えると、遥か昔に亡くなった人物と会った筈はない。
リタもそう思うのは当然だと思う。
「ええ、そうなのだけれど……」
----
カリーヌは察した。
おそらく、嘘だとも言い切れない理由があると言っているように感じる。
確かにおかしいとは思う。
あの傷を治せたら、そんなの奇跡の御業だ。
カリーヌは腕と足にかなり大きな傷があった。
即命にかかわるような傷では無かった。
だが、それでも、下手したら、しばらく後に、その傷が原因で死んでも不思議が無いくらいの傷だった。
逃げるときに抵抗して負った傷だ。
相手はいつでも捕まえる余裕はあったのに、あの場所まで誘導されたのだ。
即死ぬわけではないが、逃げるのを諦める程度の傷。
そんな程度の傷だった。
治りはしても傷跡は残る。貴族のところに嫁ぐのは難しいだろう。
それが、傷跡も残らずにあっさり治ってしまったのだ。
再度お礼を言う。
「マルグリット様、元気で本当に良かった。
魔女様、本当にありがとうございます。
私は、あのまま見捨てられても当然の身。
この身をお救いいただき感謝いたします」
「わしが助けに行ったわけではない」
そこにリタが割り込む。
「魔女様の魔法ってどうなっているのですか?
これもマリアンヌ様に習ったものですか?」
「習ったには習った。じゃが、習ったものはできるようにならんかった。
かわりに治療はこれを使って居る」
習ったものとは別のやり方をしていると言っているようだ。
やり方は違うが同じ効果の魔法を使うことができると言っているように聞こえる。
「本当に治るのですね……」
魔女様の言う婆様、マリアンヌとは本当にあの大聖女のことではないだろうか?
こんなことができる人物が何人も居るとは思えない。
「あの怪我が原因で死んでもおかしくはないと思っていたのですが、この通りです」
カリーヌが魔女様に言う。
「それは良かった。リタにとって大切な者なのじゃろ?」
その言葉を聞いてリタは答える。
「はい。その通りです」
「わしにできるのは、こんなことくらいじゃ。
たまたまわしのできることが役に立って良かった。
わしは悪い魔女だからの。滅多に人の役に立つことは無い。
婆様には良い魔女になれと言われておったのに、悪い魔女になってしまった」
魔女様は何か悪いことをしたのだろうか?
リタは魔女様に会って日が浅い。とは言え、基本魔女様は人とかかわりが無い。
本人は悪い魔女と言っているが、おそらく悪いことはしていない。
「こんなにお優しい方が、悪い魔女のはずがありません。
私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございます」
これは本心からのお礼の言葉なのだが、何度も同じことを繰り返してしまう。
すると魔女様は妙なことを言いだす。
「やめい。わしは人に褒められたことが無い故、その程度の言葉で簡単に泣いてしまう」
褒められたことが無い……悪い魔女どころか、人の役に立ちたいと思っているのではないだろうか?
「役に立って嬉しかったのですか?」
「わしは人の役に立ったことが無くてな。
怪我を治すのは、人の役に立つことだと思って居るのじゃ」
「はい。人々の役に立つ貴重なお力だと思います。とても感謝しております」
「やめい。わしは泣いてしまう……」
魔女様は泣いていた。
魔女様は、本当は人の役に立つことが嬉しいのだ。
泣くほどに嬉しいことだったのだ。
本人は悪い魔女だと言っているが、そうは見えない。
「本当に、魔女様は、噂に聞いていたのとはだいぶ違う方のようです。
優しい方なのですね」
「わしは悪い魔女なのじゃ、優しいとか、そ、そ、そんなことを言われたら
腰がヨレる」
「目からも股からも漏れそうじゃ」
そこにリタが渾身の突っ込みを入れる。
「なんでですか!!」
え? お二人は既に仲良し? お嬢様が森に着いてから2日くらいでは?
カリーヌは2人の距離に違和感と危機感を持った。
……………………
……………………
「ふう、危うく漏れるところであった」
「そういうことは口に出さないでください」
「わしは知らなかったのじゃ、嬉しいときにも漏れそうになるなど今まで無かったからの」
「嬉しくて漏らすなんて話は聞いたことがありません」
「わしの体は、どこかおかしいのかの?」
----
カリーヌは魔女様は悪い魔女だと聞いていた。
森に入る者を許さない。
カリーヌが知る限りでも、この森は何度か攻撃を受けているが、そのすべてを完全に守り切った。
悪い魔女を排除するために攻め入った。
町では森の魔女は獣のような姿をしており、人を捕まえて食うと言われていた。
ところが、カリーヌが見た魔女様は、とてもやさしい方だった。
喋り口調は悪い魔女そのものだったが。




