6-8.想定外の開拓地(3)
アランとダミアンは、アーデルハイトが自分たちに手紙を託したのは、それなりに賢い行動がとれることを期待してのことと考えていた。
単なる使いっ走りではない。少々想定外のことがあっても、自力で解決する必要がある。
あまり無様な結果を晒すわけにはいかないと考えていた。
そのため2人は、この想定外の状況に焦りを感じた。
これだけの開拓地を作り上げたマルグリットを、何の了承も得ずに拉致同然に連れ去ったのだ。
魔女の怒りに触れたらどうなるか。
2人は魔女に殺されるのではないかと恐れたが、情報を集め始めて早い段階で少しだけマシな状況と思える材料が手に入った。
この開拓地を実際に仕切っているのはファブリスという商人であり、マルグリット様や魔女が直接仕切っているわけではない。
であれば、ファブリスと交渉することで、いきなり魔女と交渉せずに済む。
だが、残念なことにファブリスは今はここにいない。
2人は魔女への書状は預かっているが、開拓地のことは知らなかったのでファブリス宛の書状もない。
あらかじめ知っていれば、ファブリス宛の書状も用意できたと思うが、用意できていない。
とりあえず、リタを預かっていることを伝え、ファブリスへの伝言を頼んでおく。
すると、たちまちその情報は開拓地に広まる。
想定通りではあるがリタを連れ去ったことが広まるとパニックが起きる。
「マルグリット様がエシロルに行ってしまった」
「なぜ急に?」
相手は平民なので、直接詰め寄られることはないが、多少なりとも地位のある者に詰め寄られたら、説明が難しい。
現時点では詰め寄られることはないが、かなり厄介なことになっている。
ここに来る前の想定では、マルグリット様は避難先を見つけてそこでひっそりと暮らしていると思っていたのだから仕方がない。
「これはまずいことになるかもしれないな」
いきなりリタを連れ去ったのは、”確実に確保する必要があったから”だったが、同時に、連れ去っても大きな問題にはならないと思っていたからだ。
単なる居候だと思っていたため、保護すると言えば、ほとんど問題にならないと思っていた。
保護すると言えば通用するというのは、特に重要なポジションではないという前提での話であって、
必要とされている人物を、保護という名目で連れ去る場合、保護するという建前は使いにくい。
アランは既に後悔していた。
たとえ、自分にはどうしようもない問題であっても、これが大きな問題になってしまえば、責任を取らされる可能性がある。
この任務を受けた自分が迂闊だったかというと、そうではなかったように思う。
この状況を知ることは難しかった。
こんな状況になっている方がおかしい。アランはそう思った。
「何をどうしたら、この期間に村を作れるんだ?」
ファブリス宛てに、”マルグリット様を預かっている”という旨の手紙を残す。
相手は商人なので、金である程度のことは解決できるが、高くつきそうだ。
さらに、マルグリット様を頼って来た、元ラスカリス家の使用人はエシロルへ連れていかなければならないかもしれない。
それはなんとかなるだろうが、マルグリット様が去ったとなると、この開拓地は成り立たないかもしれない。
どうやったらこんな開拓地が短期間できるのか。
さらには、魔女にも話を通さなければならない。
魔女はマルグリット様をたいそうお気に入りと言うことなので、勝手に連れ去ったと聞けばなにをされるかわからない。
だが、任務を受けてしまった以上行かないわけにもいかない。
「これから魔女に会いに行こうと思うのだが、
魔女の森にはどうやって行けばよいか教えてもらえるだろうか」
そう言うと、こう返って来る。
「魔女の森に入っても魔女様には会えません」
困ったことに魔女の森には入れないことが多く、入れたところで魔女に会うことはできないという。
魔女は時々この開拓地にも来るので、魔女が来るまで待つ必要があると言う。
「どうする? どちらかが待ち、1人はこのことを報告に戻るか」
「ああ、それが良いだろう」
2人は魔女に手紙を渡して戻ることになっているので、戻るのが想定より大幅に遅れると、捜索隊が来てしまう。
これだけ想定外のことが起きていることを考えると報告は必要だ。
だが、魔女に会わなければならない。
ところが開拓地の住民は妙なことを言う。
「我々がこちらから魔女様に会う方法はありません。
ですが、マルグリットお嬢様が居なくなったとなれば、
おそらくここに探しに来ると思います」
魔女にこちらから会う方法が無いということに疑問を持つが、仕方がない。
「そうか。それでは1日待った方が良いかもしれないな」
リタがいなくなったとすればここに来るかもしれないというので待つことにする。
2人ともここに残りたくない。この状況で魔女と会いたくない。
会うのは仕方ないにしても、1人で会うよりは2人で会う方が結果を受け入れやすい。
開拓者の好意で休憩スペースを作ってもらう。
意外なことに食事は金で何とかなった。
金を払えば携行食よりはマシなものが食べられるのだ。
「この規模の開拓地で、こんなものが食べられるとは思わなかった」
「ああ。これは俺が知る開拓地とはだいぶ異なる。
マルグリット様は、それだけの資産を持っているということか?」
金を払えばまともな食事ができる。
そういうのは、こんな人口の少ない開拓地では珍しいことだ。
この日は、あまり夜更かしせずに休む。
翌朝から、魔女を待つ間に情報を集めるが、だんだん状況がわかるにつれて、予想とは別次元で不味いことが起きていることに気付く。
魔女はマルグリット様を非常に気に入っており、マルグリット様とマルグリット様以外の者と全くの別扱いであるという。
想像していたパターンの中で、最悪なものであった。
ここに来る以前から、魔女とマルグリット様の関係がどのようなものかによっては、身の危険が生じる可能性は考えていた。
ある日突然、町を乗っ取られ、逃げ込んだ先が魔女のところというだけで、魔女はマルグリット様をさほど必要としていない可能性が高いと考えていた。
だから従者も伴わず単身で現れたのだと思っていた。
ただ、その予想は、アーデルハイト様の怪我が治ってしまったところで破綻していた。
大聖女の力は魔女にとっても有用なものかもしれない。
さらには、マルグリット様は魔女の大のお気に入り。
それを知らなかったとはいえ、アーデルハイト様は、いきなり連れ去ってしまったのだ。
今となると、迂闊だったとしか言いようがない。
とはいえ、任務を放棄して去るわけにもいかない。
「魔女に話は通じるだろうか?」
「通じると信じるしかない」
同じようなやり取りをさっきから何度もしている。
有力者というのはだいたい理不尽なものである。
だが、相手が貴族であれば、理不尽ではあっても、ある程度反応が読める。
交渉の余地もある。
例えば、他の大貴族がお気に入りの令嬢を勝手に連れ去ってしまったとして、その報告をすれば相手は怒る。
だが、令嬢を取り返したいのであれば、今後交渉を続けるために、使者を殺したりはしない可能性が高い。
だが、相手が魔女となると、どのような行動をとるのか予想できない。
そこに魔女がやってくる。
「リタが居らぬのじゃ」
少女のような見た目をしているとは聞いていたが、マルグリット様と同年代の少女に見える。
「あなたが森の魔女様でしょうか?」
「おぬしらはなんじゃ? 見慣れぬ者じゃな」
否定しないところをみると、魔女様で間違いないようだが、言葉遣いはアレだった。
開拓民から聞いていたが、確かに、”口を開かなければ少々裕福な町娘”という感じの少女に見える。
「マルグリット様は我々がお預かりしております」
「どういうことじゃ?」
少々揉めたが、祖父に会いに行ったという話にする。
魔女は納得しなかったがカリーヌというリタの従者が説明した。
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カリーヌは2人を見て、すぐに何が起きたか察した。
家紋は身に着けていないものの、おそらく貴族の警護で、ある程度地位のある者達だ。
魔女はカリーヌが落ち着いていることに腹を立てるが、カリーヌは既に連れ去られた後なので、今騒いでも意味がないと思っただけだった。
カリーヌはアーデルハイトに直接会ったことは無かったが、リタ(マルグリット)の従兄であることは知っている。
アーデルハイトがこのタイミングに来てもおかしくはないと思う反面、リタ(マルグリット)がおとなしく連れていかれた理由が気になった。
リタ(マルグリット)は、貴族に戻ることを拒否していた。
望んで行ったわけではなく、おそらく拉致されたのだ。
「リタ(マルグリット)はどうして行ってしまったのじゃ?」
「魔女様に何も告げずに行ってしまうとは思えません。
おそらく何かしらの理由があったのだと思います。」
「何かしらとは何じゃ?」
カリーヌは、どう話せば魔女様に伝わるか考える。
「エシロルにはお嬢様のお爺様がいらっしゃいます。
お爺様とお会いになる必要があったのではないかと思います」
「戻って来るのか?」
「はい。おそらくお嬢様は戻るつもりだと思います」
アランとダミアンの目の前で戻るつもりだと言った。
実際にマルグリット様がどう考えているのかはわからないが、魔女はマルグリット様が戻ってくると考えるだろう。
手紙はカリーヌが受け取ったので、アーデルハイトの部下は帰っていった。
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「のう、カリーヌ。リタ(マルグリット)はわしを置いてどこかに行ってしまったのか?」
「はい。連れていかれたのは事実だと思いますが、お嬢様の意思で去ったかはわかりません」
「どういうことじゃ?」
「お嬢様は貴族に戻る気は無いと言っていました」
「そう言っておったな。何か関係があるのか?」
「エシロルに行くということは、貴族に戻ることを意味します」
必ずしも貴族に戻るかはわからないが、恐らくはどこかの貴族に嫁入りする可能性が高い。
貴族として社交の場に出ることになる。
お嬢様はそれを望んでいないはず。
ドレスを着ることを拒んでいたのだ。
それに、何も言わずに去るのもおかしい。
おそらく、エシロルに行きたかったわけではなく、断れずに連れ去られる格好になってしまったのだろうと考える。
貴族の娘は自分の人生を自分で決められるものではない。
それにしても、お嬢様がエシロルに行くのであれば、カリーヌを連れて行く可能性が高く、連れていけないとすれば、それを伝えるはずだ。
何かしらのトラブルがあったと考えるのが妥当であろうと思う。
「わしは、リタが居らぬと安心できぬのじゃ」
「お嬢様がどのように考えているのか、直接聞くことができないか考えてみましょう」
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……………………
アランとダミアンは真っ暗な森の中を移動していた。
ここは森の中、昼間でも安全な場所ではないが夜になればさらに危険な場所になる。
本来であれば開拓地で夜を明かすのが賢明だが、一刻も早くあの場から遠ざかりたかったのだ。
「あのカリーヌという侍従が居て助かった」
ダミアンがそう言うと、アランはこう言う。
「ああ、だが、侍従が居るならなぜマルグリット様は一人で来たのだ?」
「おそらくだが、1人でアーデルハイト様を説得できる自信があったからではないかと思う」
これは、アランとダミアンのどっちがどっちでも良いくらい2人の考えは一致していた。
お互いに同じ考えであることを確認したに過ぎなかった。
そうなのだ。マルグリット様はアーデルハイト様を説得する自信があって1人で来た。
自分は魔女の森を去る気が無いことを伝えに来たのだ。
そうなると問題は、アーデルハイト様はなぜマルグリット様を連れ帰ったのか。
もちろん、主人であるアーデルハイト様のすることが全て正しいという前提で行動するしかないのだが、あの魔女はああ見えて、町を燃やし尽くすくらいのことはできると言われている。
争いになればアランとダミアンは命を落とすことになるかもしれない。
命が助かったとしても、護衛としては働けなくなるかもしれない。
ダミアンが呟く。
「ガティネ家の連中が襲ってこなければ、こうはならなかったんだ」
アランはそれを聞いて考える。
確かに、ガティネ家に邪魔されなければ、開拓地の話を聞き先に開拓地に寄るか、開拓地を後回しにしても、結局魔女には会えずに開拓地に行くことになったはずだ。
そこで開拓地の状況を知り、魔女とマルグリット様の関係も知ることになる。
少なくとも、アーデルハイト様と開拓地の者が直接話をする機会が発生する。
そして、仮にマルグリット様が一人で来たとしても、連れ帰るのは難しくなったはずだ。
おそらくは、一度戻り、話し合いの末、連れ帰ることになったはずだ。
「ガティネ家の連中が襲ってこなければ、全く違う結果になっていた」
※たしかに間違ってはいない部分もありますが、基本的にはアーデルハイトさんが
いきなり連れ去ったのが悪いと思うのですが、なんか、違う方向に怒りが
向かってしまいましたね。
まあ、この人たちは主人には逆らえないので、それ以外の部分に
責任を求めるのは仕方無いのですが。
……………………
ファブリスが開拓地に来たのは、アランとダミアンが去った後で、話を聞いて頭を抱えていた。
ファブリスは、助けにくるならもっと早いタイミングで来るだろうから、このタイミングには来ないと思っていたのだ。
ファブリスは、この村の発展はリタ(マルグリット)の存在があってのものだと考えているので、リタ(マルグリット)が居ない開拓地に関わる価値を見出せない。
とは言え、ファブリスが見捨てた後にリタ(マルグリット)が戻ってきたら、ファブリスは恐らく取引相手として見てもらえない。
そのリスクを取るのも勇気が居る。
「これだから、貴族は嫌なんだ」
と言いつつ、貴族相手の商売もしているのだが、商売人同士と対貴族の商売ではルールが異なる。
貴族相手の方が緩くて利益も大きいのだが、貴族の気まぐれに引っ掻き回されることは多い。
「カリーヌはマルグリットお嬢様と一緒に行かず、残っていると言ったな。
では、早急にカリーヌと話がしたい。魔女様かカリーヌに伝えてくれ」
ファブリスは、急遽カリーヌと話をすることにした。
※魔女様と話をしてもあんまり意味がないことを知っているので、
まともに話せるカリーヌを指名したのです。すごくまともですね!




