6-2.アーデルハイトお兄様との再会
周辺の町で信頼できる人物が居れば、リタ(マルグリット)は恐らく、魔女様の森では無く、祖父を頼って祖父の治めるエシロルの町へと逃れたはずだ。
当然敵もそう考える。
そのため、リタ(マルグリット)がエシロルへ逃げられないように周囲の町を固められていた。
リタがカステリヌを無事脱出できても、周辺の町に入れば、すぐに見つかって捕まってしまう可能性が高い。
だからこそ、普通だったら向かわない魔女様の森に逃げ込んだのだ。
町が乗っ取りにあった直後に介入があれば、祖父の後ろ楯で、町の乗っ取りを阻止することができた可能性が高い。
敵の視点で見れば、エシロルの介入前に全てを終わらせる必要があった。
仮に今、祖父の手の者がリタ(マルグリット)を迎えに来てくれたとしても、
もう、町は戻ってこない。
迎えにくる方も、それは承知しているはずなので、目的は財産、つまり町の保全ではなく、今のリタ(マルグリット)に用があって来るのだ。
カステリヌから開拓地への道は、まだ馬車が通れるほどの道ではない。
リタ(マルグリット)は、一番近いカステルヌへの道は整備せずに反対側の道を優先して整備しているためだ。
実際に物資を手配しているファブリスは、カステルヌとの道を整備するよう言ってきた。
もちろん、そう思う気持ちはリタ(マルグリット)にも理解できる。
実際に資材を運ぶ側からすれば、一番近い町であるカステルヌとの間に道を作るのが妥当だと考えるであろうことはわかっている。
だが、リタ(マルグリット)は、ガティネ家とは縁を切りたいのだ。
和解したと言っても、契約上の話であり、気持ちの上では許せる相手ではない。
仲良くする気は無い。
とは言え、一応、敵対関係では無いという建前になっているため、リタ(マルグリット)と接触する人たちに直接的な手出しをすることは無いと考えていた。
だが、そうでは無いのだ。
リタ(マルグリット)と接触しようとすれば、馬車が襲われたりする。
だから、もう、リタ(マルグリット)とかかわらないよう伝える必要がある。
平民は襲われず、貴族が襲われたという事実から考えられることとして、
リタ(マルグリット)と貴族の交流は、ガティネ家としては見過ごすわけにはいかないということなのだと考える。
まあ、確かにリタ(マルグリット)は、貴族に戻る気はないと伝えた。
開拓地が見逃されていることを考えると、リタ(マルグリット)が村貴族になることは問題視されていないように思う。
リタ(マルグリット)は村貴族になる気も無いのだが、開拓民は村に発展させるつもりがあるように見える。
これではリタ(マルグリット)が村を作り、村貴族になろうとしていると思われても仕方ない状況に思える。
だが、これは見逃されている。
そう考えると、大貴族との交流は妨害するということなのだとリタは考えた。
※実際には貴族との交流を阻止したのではなく間違って襲った。
「自分の意思を、直接伝えないと」
貴族令嬢のマルグリット・ラスカリスは死んだのだ。
今ここにいるのは、ただの平民のマルグリット。
おじい様の使者であれば、貴族に復帰する気は無いことを伝えなければならない。
町はずれに滞在しているなら、印から近い。
転移ですぐに行ける。
これは、リタ(マルグリット)自身の問題だ。魔女様には関係ない。
今のリタ(マルグリット)に侍従が付いていたら、平民だという説得力に欠ける。
だからカリーヌも連れていけない。
リタ(マルグリット)が1人で解決する必要がある。
そこにいるのが味方で無かったとしたら、すぐに転移で戻れば良い。
馬車で誰が来たのかは、おおよそ見当がついている。
母と兄が暗殺され、命からがら森へ逃げたあの日、何度も考えた。
従兄のアーデルハイトお兄様が助けに来てくれるかもしれないと。
でもあれは急すぎた。あのタイミングで救助が来なくても仕方がなかった。
でも、リタ(マルグリット)が死んでいないと知れば、いずれアーデルハイトお兄様が助けに来るかもしれないと思っていた。
本人が来るとは限らない。
実際に来るのは、別の誰かで、もっと事務的な用事かもしれない。
そこで待つのが誰であるかを知るためにも、行かなければならない。
リタ(マルグリット)はそう思った。
リタ(マルグリット)は、町行きの転移の印を使う。
……………………
アーデルハイトの認識は、おおよそはリタ(マルグリット)の想像通りであった。
最初にアーデルハイトが知ったのは、領主と次期領主が暗殺されカステルヌの町が乗っ取られたこと。
その情報が届いたのは、もう既に混乱が収まった頃で、今から行って乗っ取りを阻止するというようなタイミングでは無かった。
この時点の情報では、マルグリットの死は確認されていないという状況だった。
その時点でアーデルハイトはカステルヌに行こうとしたが、その時点では止められた。
せめて準備をしてから行けと言われ、カステルヌ行きの準備をしている最中に、マルグリットの生存が確認された。
ただし、マルグリットの滞在場所は少々予想外な場所で、人とは決してかかわらないと言われた魔女と行動を共にしていると言う。
そんな信じ難い話を聞いても現エシロル領主のジェラールは驚いた様子も見せなかった。
ジェラールはマルグリットとアーデルハイトの祖父である。
アーデルハイトは、祖父ジェラールの反応に少なからず違和感は持ったが、マルグリットの母、アレクサンドラもその魔女と交流があったとも言われていた。
そのためアーデルハイトの知らない事情があるのだろうと考えた。
となると、マルグリットを救出に行くことは森の魔女のところに行くことになる。
アーデルハイトが森の魔女のところに行くというのは危険だという意見も当然出た。
だが、危険というならなおさらだ。
アーデルハイトはなんとか祖父ジェラールを説得して、リタ(マルグリット)のところへ向かった。
……………………
アーデルハイトにとって、リタ(マルグリット)は特別な存在だった。
アーデルハイトは年の近い親戚の子供たちの中で、特にマルグリットを可愛がっていた。
マルグリットは少し変わった子で、あまり女の子の集団に馴染んでいなかった。
一人で居ることが多いので、アーデルハイトは話しかけることが多かった。
元は、特別な好意を持って近付いたわけではない。
一人で退屈そうにしていることが多かったから、話しかけただけだった。
少し成長したころには、アーデルハイトはマルグリットに対し、好意というより興味を持つようになった。
マルグリットは変わったことを話す子だった。
他の令嬢とはだいぶ異なる話題が多かった。
何の話をしていたのかは、もうほとんど忘れてしまったが、山の話をしたことは覚えている。
エシロルの屋敷からは、遠くに山が見えた。
とても遠く、天気の良い日にしか見えなかったが。
マルグリットは、あの遠くに見える山の頂上からどんな風景が見えるのか、実際に行って見てみたいと言っていた。
※絶対に行ってやるぜ!という強い意志を持っていたわけでは無く、
そう思ったから言っただけです。
ただ、実際にはあの山の頂上には、よほど鍛えた者でも到達するのは難しいことがわかり、かわりにずいぶん遠くの絶壁を見に行った。
※これは、アーデルハイトが山の話をしたところ、
リタの兄のロベールが乗り気になり、
『あの山に行くのは無理だけど、絶壁なら行ける』という
話になったもので、リタさんは蚊帳の外でした。
リタ(マルグリット)さんからすると、思ったことをちょっと口にしたら、
なぜか絶壁行きになったという感じでした。
が、いざ行くことになれば、本人も乗り気でした。
アーデルハイトは、絶壁にはそれほど興味は無かったが、予定が空いていたので同行した。
※つまり、ロベールが騒いだせいで絶壁行きになったのですね。
あれは良い経験だった。実際に行くと凄い迫力だった。
岩そのものより、風が凄かった。
景色は素晴らしかったが、行きも帰りも大変な旅だった。
少々冒険好きの男の子でも音を上げそうな場面が何度もあった。
マルグリットはまるで男の子のような恰好をして、岩をよじ登っていた。
他の令嬢は、そんなことをしたがらなかった。
※リタ(マルグリット)さんも、そんな経験はほとんどありません。
そんな姿を知っていたからか、リタ(マルグリット)の安否が不明な時も、アーデルハイトは、リタ(マルグリット)は他の令嬢なら逃げきれないような場面でも、なんとか自力で切り抜け、町が無理なら森に逃げたかもしれないと思っていた。
数日後には、実際に魔女の森に居るという話が流れてきた。
アーデルハイトはマルグリットなら、そうやって生き延びるだろう思い安心するとともに、どうやって連れ戻すかには少々悩んだ。
※リタ(マルグリット)さんはお母さんに森に逃げるよう言われていました。
なので、リタ(マルグリット)さん本人の意思ではありません。
カステルヌ近くで情報を集めると、魔女の森に居るというのは本当だということがわかった。
リタ(マルグリット)が現在、魔女と行動を共にしているというのは、有名な話だった。
アーデルハイトはリタが健在で魔女のところに居ることを知り魔女の森に向かった。
途中で馬車が通れる道幅が無くなるというので、そこまでは馬車で行き、そこからは徒歩で向かうことにするが、途中で襲撃された。
たいした怪我では無いが、お忍びで来て怪我をしたというのが大変良くない。
襲撃者を一人捕まえて締め上げたところ、ガティネ家の手の者であることはわかったが、アーデルハイトを害そうという意識は無く、脅しでもなく、単なる事故だったことが判明する。
貴族がマルグリットに接触しようとしたら妨害しろという命令が初期に存在した。
形だけでも和解した後には、その命令が生きているとまずいのだが、うまく取り消されておらず、命令を守ったつもりで襲ってしまった。
全力で襲えば、もっと打撃は大きかったが、その命令は今も有効なのか疑問に思う者もいたため、中途半端な実行になった。
結果として失敗に終わったので良かったのだが、完治するには少々時間のかかる怪我をさせてしまった。
命にかかわるような怪我ではないが、怪我の跡は残るだろう。
襲撃を受けて怪我をしたという証拠が残ってしまった。
最重要人物を狙うのは基本であるが、アーデルハイトたちも、堂々と襲撃を受けるとは思っておらず完全に油断していた。
普通に考えて、ガティネ家側がエシロルと揉め事を起こすメリットは無く、デメリットは非常に大きい。
山中を徒歩で移動し、魔女の森に行く。そのための準備に気を取られていたというタイミングの悪さも重なり、アーデルハイトが負傷するという事態が発生してしまった。
この事件の落としどころは難しかった。
これには双方が困った。
アーデルハイトが怪我をしなければ、もみ消すのは簡単だった。
だが、わずか数日で治る怪我ではない。おそらく確実にバレる。
「油断した。悩みの種が増えた」
お忍びなので、野盗に襲われても仕方が無いが、領主の手の者が手を出したとなると話は別だ。
相手がアーデルハイトだと知らなかったとしても無視できない問題だ。
そんな予定外のトラブルが起きて、魔女の森に向かうのは諦め、カステルヌの町はずれまで戻ってきた。
そんなときだった。
そこに1人の少女が訪れた。
「このような姿で失礼いたします。
マルグリット・ラスカリスでございます。
アーデルハイト様にお会いしたく参上いたしました」
会いに行こうとしていた人物の名を名乗る者が1人で現れた。
アーデルハイト襲撃が手違いだったとしても、そんな連中が居るのは確かなのだ。
1人で来るのは危険な行為だ。
「マルグリット様本人ですか」
「はい」
少し警戒するが、どう見ても町民に化けた貴族の娘という雰囲気があり、
嘘とは思えない。
年も髪の色も、聞いていたものと一致する。
アーデルハイトに報告すると、すぐ会うこととなった。
「おひさしぶりでございます。このような格好で失礼いたします。
マルグリット・ラスカリスでございます」
「おお、リタ(マルグリット)か」
生きていた!
もちろん、生きていると聞いてここまで来た。
だが、実際に会うと感動の大きさが違う。
昔、絶壁を見に行ったとき、男の子のような恰好をしていたが、
今度は、貴族のお嬢さんが、町人の服を着ているような妙な格好で現れた。
昔を思い出す。こんな格好をしていても、かわいらしい。
アーデルハイトは自身でも、リタ(マルグリット)には特別な感情を持っているという自覚はあった。
だが、最後に会ったときは、まだ子供だった。
今はまさに年頃。改めて、連れ帰りたいと思う。
「その恰好……身を隠すためには仕方あるまい。
元気なようで安心した」
それに対して、リタ(マルグリット)はこう返す。
「お怪我をされたと聞き、心配しておりました。
お元気そうで安心いたしました」
この格好でも、話し方はご令嬢のものだった。
町娘は、こんな話し方はしない。
そして、漂う気品も貴族令嬢だとすぐにわかるものだった。
町民の服を着た貴族令嬢そのものだ。
リタ(マルグリット)は、元々こんな服を着て、屋敷を抜け出すような娘だった。
褒められた趣味ではないが、アーデルハイトは、そういうところも嫌いでは無かった。




