5-10.開拓団(9) 私は魔女なのでしょうか?(2)
リタ(マルグリット)は魔女様に聞いてみることにした。
魔女様はリタ(マルグリット)よりは魔法に詳しい。
※魔法を使える人自体、滅多にいないわけですが。
「魔女様。私は魔女なのでしょうか?」
「ようわからぬが、今のおぬしは魔女に見えるのう」
思っていた以上に簡単に答えが返ってきた。
「そうですか」
「嫌なのか?」
嫌な訳など無い。
ただ、何の使命感も持たず、信念も無いうちから使えてしまうのは良くないように思ったのだ。
リタ(マルグリット)にとっては、魔法は特別なものであり、それを扱える者は、その特別なものを扱うに相応しい自制する心を持たなければならない。そう考えていた。
リタ(マルグリット)は、ここに来るまでは、町貴族の令嬢であり、大した技能も特技も持っていなかったのだ。
そんな状態から、急に世にも珍しい”魔法が使える人間”になってしまったら混乱する。
それに、問題なのは、珍しいことだけではない。
魔法が使えたマリアンヌ様は、おそらく、自身が望まぬ形で大聖女にさせられ、
再度大聖女が生まれることを避けようとして、魔女様を養子にして人里を離れた可能性が高い。
この力は、自分の意志と関係なく世界に大きな影響を与えてしまう可能性があるのだ。
「嫌とか嬉しいとかではなく、混乱しています。
魔女様に会わなければ私は魔法を使えるようにはならなかったと思います。
そう考えると、本当は、練習すれば魔法を使えるようになる人は、
たくさん居るのではないかと思って」
「うむ。婆様以外にも何人か居ったようなことは聞いた。
じゃが、大火炎輪が使えるのは婆様だけだと聞いた」
本当に大聖女と呼べるのは初代大聖女のマリアンヌ様だけだという話は有名だが、
この話を聞くと、大火炎輪が使えるかどうかが、本物か、そうではないのかを分ける基準なのかもしれない。
大火炎輪は、大聖女様のお話として言い伝えられている大魔法。
あんなものが使える人間が世の中に与える影響は極めて大きい。
だが、矛盾があるようにも思える。
マリアンヌ様は、大火炎輪を使えるのは自分だけだと言った。
……だが、魔女様は大火炎輪を使えるのだ。
「魔女様は使えますよね……なぜ、お婆様は、使えるのは自分だけだと言ったのでしょう?」
「大火炎輪は婆様が作った魔法なのじゃ」
リタはマリアンヌ様以前の魔女がどんな魔法を使えたのかわからないが、
大火炎輪はマリアンヌ様がはじめて使い、その後の大聖女達には使えなかったと考えられる。
そして、初代大聖女であるマリアンヌ様以来、誰も使えなかった大火炎輪を魔女様だけが習得できた。
今の話の流れからするとそういうことになるだろう。
「マリアンヌ様に教えてもらって、魔女様だけが使えるようになったのですね」
「いや、わしは大火炎輪は習って居らぬ。
他の魔法も習っても使えるようになんかった」
確かに、以前、魔法を習っても使えなかったという話は聞いたことがある。
だとしたら、なぜマリアンヌ様は魔女様を養子にしたのか。
教えても魔法を習得できない子供を養子にしたというのは説得力が薄い。
「マリアンヌ様の養子になったのは何故だか覚えていますか?」
「うむ。わしが幼い頃に何かをして、婆様に見せたら、
魔法の素質だか何かがあるとわかって養子になった」
おそらく、子供の頃から、魔女様は何らかの魔法を使えたのではないか。
或いは、魔法が使える者にしかわからないはずのことを理解した。
魔女様は覚えていないが、何か特別な力を持っていることがわかった。
だから養子にしたはずだ。
いったいそれはいくつの頃のことだろうか?
「養子になったのは何歳の時ですか?」
「ようわからぬ」
これは仕方ない。
マリアンヌ様と過ごしたのは8歳のときまで。
数年という単位の期間をマリアンヌ様と過ごしているのだから、かなり小さい頃ということになる。
「養子になった時は町に住んでいたのですよね」
「婆様と居た最初の頃は町に住んで居った。
その頃は魔法は使うなと言われて居った」
「だとしたら、魔法を教えるために人のいない場所に行ったのですかね?」
「魔女狩りから逃げておったのじゃ」
おそらくそうなのだろう。
誰にも見られない場所で魔法を教えたかったわけではなく、身の危険があったから、人気のない場所に隠れ住んでいた。それが実際に近いのだろう。
「習わずに、どうやって大火炎輪を使えるようになったのですか?」
「体が苦しくなって、今攻められたら死ぬと思って使ったのじゃ」
月のモノが来るようになった後の話だろう。
「魔女様の森に住むようになった後の話ですね」
「そうじゃ。
元々わしは婆様から大火炎輪は使うなと言われて居った。
じゃが、今、たくさんの人間が攻めて来たら守れぬと思った。
だから使ったのじゃ」
「使い方を習っていないのに?」
「何故かはわからぬが、大火炎輪を使わねば死ぬと思った」
確かに、リタ(マルグリット)も、手から火炎輪が出たのは音に驚いたからだった。
習ったわけではなく、反射的に使ってしまった。
「他に習った魔法はありますか?」
「雨の魔法を習って居った」
これはちょっと予想外だった。
「雨の魔法……ですか?」
「真上に雲があるときに使うと雨が降る」
少しだけ意外性が減ったように感じた。
「雨雲を呼ぶ魔法ではないのですね」
「うむ。雲があるときしか雨は降らぬと言うておった」
雨雲があるときに雨が降ることは誰でも知っている。
雲があるからといって、必ず降るわけではなく、曇っているだけの日というのもよくある。
「雲があるときだけ、雨を降らせることができる魔法ですか」
「水が手に入らないことがあっての」
これを聞いてピンときた。
「ああ、そういうことですか」
「うまくいけば雨が降るが、雲が少ないときは雨が少し降ると雲は消えてしまうことが多かったのう。
雨が降らぬときには、雲も薄いものしか出ない故。
それに、風のある日は真下に降らぬ」
真上で雨を降らせても、地面に落ちるまでに風で流されてしまうのだろう。
狙った場所に降らせるのは難しいようだ。
「使っても、条件がうまく揃わないと思うように効果が出ない魔法みたいですね」
「ようわからんが、火炎輪で雨が降ることもあるのう」
「火炎輪で雨が降るのですか?」
「ようわからぬが、火炎輪を使ったあと、雨が降ることが多いような気がする」
※飽和水蒸気量の問題ですね。
「火炎輪をはじめてつかったときには木が生えていたのですよね?
そのときは火事になったのですか?」
「凄い火事になった」
「そうですか……」
だから、あんなに慎重に使ったのだ。
雨の後に少しだけ使った。火炎輪の輪の位置を確認することが目的で、輪の上にあるものを燃やしてしまわないようにした。
それをすると火事になるから。
やはり、木を枯れさせる作業は、別途必要なのだ。
「今はもうわからぬが、昔は若い木しかない場所も多かった。
あのときも、雨が降った」
話は逸れてしまったが、おそらくリタ(マルグリット)は魔女だ。
そして、魔法は習わなくても、必要な時に使えるようになることがあるようだということがわかった。
さらに困ったことに、おそらくリタ(マルグリット)は、大火炎輪が使える。
カステルヌの町と、魔女様の森であれば使える可能性が高い。
リタ(マルグリット)は、カステルヌの町に大火炎輪の印があることを、ここに来る前から知っていた。
そして今は、印があれば、使えてしまうことを知っている。
今のところ、自身の力で大火炎輪の印を設置することができるかはわからない。
この場合、大火炎輪を使えるといって良いのだろうか?
マリアンヌ様以外の大聖女たちは、印のある場所でなら、大火炎輪を使えたのだろうか?
おそらく使えなかったのではないかとリタ(マルグリット)は考えていた。
もう既に大聖女は存在しない。だから、事実はわからない。
だが、リタ(マルグリット)は魔女様は、おそらく魔法ではマリアンヌ様を大きく超えていて、リタ(マルグリット)もマリアンヌ様に近いところまで来てしまっているのではないかと思った。
もう、当時を知る者はいない。
魔女様は当時幼く、晩年のマリアンヌ様を知るだけ。
もしかしたら、今でも魔女は存在し、ひっそりと暮らしているのかもしれない。
案外たくさんいるかもしれない。
でも、大火炎輪を使える人が居るなら、存在がばれると思う。
リタ(マルグリット)は、魔法を印として覚えることができる。
印がわかれば練習する必要は無い。
そして、大火炎輪の印は既に存在している。
「私は魔法が使えてしまって良かったのでしょうか?
魔法が使える人は滅多に居ないのですよね」
「良いも悪いもない。わしは、婆様以外で魔法が使える人間をはじめて見た」
魔女様にとっては、魔女になることは、そんなに大きな問題では無いようだが、
リタ(マルグリット)は、マリアンヌ様の日記を読んで、そんなにお気楽な気持ちではいられなかった。
「お母さま。わたし、知らぬ間に魔女になっていました。
どうしたら良いのでしょう?」
※リタ(マルグリット)さんのお母さんは故人です。




