5-8.開拓団(7) 火傷の跡
リタ(マルグリット)が、あまりに終わりの見えない作業に、どうしようかと悩んでいると、
急にすぐ脇の茂みからガサガサ、バキバキという大きなが獣が近づいてくるような音がした。
「きゃっ! か、火炎輪!」
慌てて火炎輪を使う。
※なお、火炎輪を使うのに、”火炎輪”と口にする必要はありません。
すると、またガサガサ、バキバキという音が鳴るが、今度は慌てて遠ざかっていくような音だった。
黒い影が一瞬見えた気がしたが、どんな生き物だったかはわからなかった。
リタ(マルグリット)大型にとっては、大型動物としては今までで一番接近されたと思う。
「怖かったー」
まだドキドキが止まらない。
今のリタ(マルグリット)は、火炎輪が使えるので、獣を追い払うことができるし、
このあたりなら魔女様の森からそう離れていないから問題無いと思って一人で来たが、凄く心配になった。
火炎輪が使えるのは魔女様とリタだけだ。
だが、仮に作業自体ができないとしても、
”安全のためには2人以上で行動した方が良いかもしれない”と思う。
実際は安全がどうこう言う以前に心細い。
リタ(マルグリット)が火炎輪を使えることは、魔女様とカリーヌしか知らない。
他の者に知られたくない。
しかし、カリーヌに来てもらうと家事が止まる。
魔女様に迷惑はかけたくない。
「一人じゃ心細いけど、カリーヌについてきてもらっても家事ができなくなるだけなのですよね」
また、作業完了までの道のりが遠くなった。
気付くと手がヒリヒリする。
「これ火傷? いつ?」
心当たりが無いが知らぬ間に手のひらに火傷していた。
さっき獣が出たことで怖くなったこともあり、魔女様の家に戻る。
魔女様は既に戻ってきていた。
「魔女様、火傷してしまいました。すみませんが、治療をお願いします」
「どれ。誤って印に触れたか?」
「裏側にまで熱が回るのでしょうか?
火炎輪を使っているときには気付かなかったのですが」
「このような皮1枚の怪我など簡単に治るわい」
そう言うと、火傷した部分にしわっとした感覚があった。
赤味が消えた。
ところが、円の跡が消えていない。
「治りました?」
「治っておらぬか?」
リタ(マルグリット)は、火傷の跡が残っていると思ったが痛くはない。
これは火傷では無いのだろうか?
「なんでしょうか、火傷の跡が残ってしまいました」
「残っておるか?」
魔女様が気付かない傷は、魔女様には治せないのかもしれない。
「はい。残ってそうに見えます」
「妙じゃな」
「カリーヌ、おぬしもリタ(マルグリット)の手を見てやってくれ」
「何ですか?」
「火炎輪で火傷して印の一部が手のひらに焼き付いてしまいました。
魔女様は傷が無いというのですが」
「いえ、私には傷など見えません」
「ほれ、傷など残っておらぬ。それは手相という物じゃ。
皆少しずつ異なると申しておったじゃろ」
こんな丸い手相は無い。それに、手相は急に変わらない。
「今日突然できたので、手相では無いと思いますが、
私にしか見えないのかもしれませんね」
魔女様に治療してもらったが、火炎輪の印の輪が残ってしまった。
治療で治らないのは怪我では無いから?
そもそも見えていない?
これはリタ(マルグリット)だけに見えているのだろうか?
だとしたらこれは何なのだろうか?
……………………
……………………
次の日、魔女様についてきてもらった。
木を焼く作業を続けていれば、いずれ、開拓者にもバレると思う。
今でも1人で転移を使って町へ行っていることは知られている。
今のところ魔女様に送ってもらっているということにはしているが、いずれバレるかもしれない。
木を枯れさせるために炙る。
ところが、魔女様は、この作業がうまくできない。
リタ(マルグリット)の火炎輪は横方向にも出せる。
魔女様の火炎輪は地面から出る。
「魔女様の火炎輪は必ず地面から出るのですか?」
「火炎輪とはそういうものではないか?」
「印を書いた板を使うと好きな方向に出ますよ」
「そうであったか。わしも試してみるかの」
「はい、どうぞ」
「うむ」
そういったかと思うと、いきなり手元から炎が上がる。
「おお? あつっ」
板が燃えた。
「魔女様? だいじょうぶですか?」
「うむ。驚いただけじゃ。火傷は治るが、服の袖が少し焦げたか」
「すみません。服は新しいものをまた買いに行きましょう」
あっという間に治してしまう。
火傷の場合、すぐに治すと火傷をしたかどうかも分かりにくい。
火傷は、だいたい後から悪化するので、即治すと、治療前後の見た目に差は少ないのだ。
「うむ。それはそうと、わしは印があっても、望む方向に炎は出ないようじゃ」
「確かにそのようですね」
魔女様はどこにでも印を置くことができるから、手に板を持つとそこに上向きの印を作ってしまうのではないだろうかと考える。
リタ(マルグリット)は、印を自分で作ることはできないので、手に持った板にある印が使えた。
印を知らないと再現できないが、印があればむしろ使い勝手が良い面もある。
ただし、印が無いと使えない……ので、今は火炎輪が使えない。
「印を書いた板が燃えたので、私は火炎輪を使えません。
一度戻りますか」
「うむ。ほとんど作業が進まなかったが、仕方ない。
いったん戻るとするか」
魔女様の森までたいした距離では無いが、茂みからガサガサという音がした。
次の瞬間リタ(マルグリット)の手から火が出た。
「え、……え?」
「どうしたのじゃ?」
先を歩いていた魔女様は全く見ていない間の出来事だった。
「印が無いのに火が出ました」
「わしも印など無くとも使えるから同じじゃな」
獣が出たかと思い、癖で火炎輪を出そうとしたら出た。
印が無いのに。
音の主は、害のない鳥だった。
「手から出ました」
「手から火が出るのか?」
「はい。地面からではなく、手から出ました」
「手から火炎輪が出るのは見たことが無いのう。
婆様の火炎輪も地面から出ておった」
「本当に出たのです」
「疑っては居らぬ」
魔女様は本当に疑っていないように見えるが、証明して見せたい。
「火炎輪!、火炎輪!……火炎輪!……?」
「気のせいではないか?」
魔女様がそう言った直後、出た。
「出ましたね」
「うむ。確かに手から出るようじゃな」
リタ(マルグリット)は印が無くても火炎輪が出せるようになってしまった。
「木を焦がす作業を続けるか?」
「いえ、この火力では使い物になりません。私はちょっと無理そうですね」
今まで板に書いた印から出していたので、直径50cmくらいの炎だったものが、
手のひらサイズになってしまったのだ。
「今日は一度戻りましょうか」
「うむ」
……………………
……………………
手のひらから火が出る。
リタ(マルグリット)はいろいろ試してみた。
最初は細い火しか出なかったが、大きな火も出ることがわかった。
印を書いた板とは異なり、火炎輪を出そうと明確に思い描かないと火が出ない。
木の板に印を書き写して使うと、もしかしたら同じ方法で魔法が使える者が出てくるかもしれない。
書き写した印は誰にでも見える。
見えたからと言って使える人が存在するかはわからないが、リタ(マルグリット)が使えるのだから、他にも存在する可能性がある。
もし、仮に印が世に広まってしまったら……
初代大聖女であるマリアンヌ様は、魔女様に”大聖女になるな”と遺言を残した。
自身が大聖女になったことを悔やんでいた。
もし、印が世に広まってしまえば、大聖女様の力が使える者が出てきてしまうかもしれない。
そうなれば、再び大聖女の時代、或いは、魔女狩りの時代が来てしまうかもしれない。
リタ(マルグリット)はそれを恐れていたので、印を誰にでも見えてしまう形で書き写さずに使えるのならその方が良いと思う。




