5-1.難民
リタの町だったカステルヌでは、領主交代によって難民が発生していた。
この町に限らず、力による領主交代が起きれば、難民が発生する。
その町に居辛くなる人が発生する。
その人たちをどうにかできないか。
前領主と懇意だった者ほど、被害を受けやすい。
そして、リタは前領主の娘である。
もっと言ってしまえば、現領主が正式に領主と認められる直前に領地の相続権を持っていたのはリタである。
そういう面からも、責任が無いとは言い難い。
カステルヌはラスカリス家のものであり、領地を不当に奪われたと思っている人はリタを頼ってくる。
それは仕方がないと思う。
「わかりました。実現できるかはわかりませんが検討してみましょう」
「どうかお願いいたします。ラスカリス家の再興を願っております」
「…………」
私は家の再興を目指してはいないのだけど。
……………………
リタはラスカリス家の再興を願っているわけでは無い。
何度も伝えているはずなのだが、わかってもらえない。
リタが思わなくても、ラスカリス家の再興を願う人が多いのだろうとも思う。
以前の方が良かったと思う人が居るのは普通のこと。
ただ、リタが再興したところで、母のような運営ができるわけはないと思うし、何の後ろ盾も無い。
この状況から、期待されるような町の運営などできるわけがない。
リタにも、そのくらいのことはわかる。
期待されて頑張って、その結果失望されることになるだろう。
誰も得をしない。
敵側の人間にとっては特になるかもしれないが。
ただ、町の運営は無理でも一時的な避難場所であれば作ることはできると考えた。
安心して再起のための時間稼ぎができる場所であれば今の自分にも提供できると考えたのだ。
この国では元々開拓は自由。まだ誰のものでもない土地は大量にある。
他の町からある程度離れた場所を開拓する分には問題にならない。
魔女様が手伝ってくれれば獣に荒らされる心配の少ない環境は作り出せる。
思い当たるものがある。
カステルヌは大火炎輪の内側に作られた町。
リタは、カステルヌがどうやって作られたのかを正確に知るわけでは無いが、
大火炎輪の内側に沿って外壁が作られていることを考えると、
大火炎輪を使って作られた町であると考えるのが妥当だと考えている。
先に壁があって、後からその外周に大火炎輪を作り出すのは難しい。
もしかしたら、あの大火炎輪を使った人はそういうこともできたのかもしれないが。
魔女様がどこまで正確に大火炎輪を使えるのかはわからないが、大火炎輪を使えば町が作れるはずだ。
実施に作るのは、町ではないが。
外壁が無いと町と呼べるものにはならない。
そして、自身の生活にも困っている難民が外周の壁を建設するのは不可能だと思う。
大火炎輪を使えば、中心の一部の安全地帯を作ることは可能なので、
住むことはできる。
移住先が決まるまでの間、安全に過ごせる場所を提供したい。
……………………
魔女様の森から最も近いカステルヌの町は、少し前まで、リタの家であるラスカリス家の領地だった。
リタの父、ジョルジュ・ラスカリスが亡くなってからはリタの母、アレクサンドラ・ラスカリスが領主だった。
息子が居る場合、女性が領主を長期間続ける例は少なく、ラスカリス家でも同様に近いうちにリタの兄ロベールが継ぐ見込みであった。
兄に何かあれば、リタが婿を貰い、継ぐことになる。
ところがある日、現領主と次期領主の2人が亡くなった。
表向きは事故ではあるが、兄と母が別の場所でほぼ同時に亡くなった。
誰が見ても暗殺だ。
法はあっても勝った方が正義。
兄と母が暗殺された時点で自動的に相続権はマルグリット・ラスカリス(リタ)のものになった。
リタが町で抵抗を続ける限り、ガティネ家のものにならないが、リタは抵抗など一切考えずに町の外に逃げた。
結果として生き残ることには成功したが、領地はあっさり乗っ取られてしまった。
その結果、カステルヌは実効支配しているガティネ家のものとなった。
これは仕方がない。
リタは町の外に逃げた。
つまり、町の治安を維持する義務を怠った。
リタが町に残って多少なりとも実権を維持できている間は係争中となり、書類上の領主はラスカリス家のままだが、現在では書類上の領主も実効支配しているのもガティネ家。
こうなっては、今更リタが少々何かをしても領地は戻らない。
暗殺は違法だが、貴族とはそういうものだ。
不満があるなら、リタがガティネ家を滅ぼしてしまえば良い。
だが、リタはその道は選ばなかった。リタは敵討ちより平和を望んだ。
居候先の魔女様に迷惑を掛けたくないことに加え、リタの顔が利くのはカステルヌの町だけという都合がある。
ガティネ家と町を巡って争わないことを条件に、町を利用できるようにした。
一度は命を狙われたリタだが、今となってはガティネ家の脅威ではない。
ガティネ家から見ても、リタを殺すメリットが少ない。
簡単に殺せるなら、殺しておいた方が後々楽だが、リスクを取ってまで殺す価値は無い。
森の魔女の庇護下に居るため、下手に手出しをして森の魔女と敵対するのは避けたい。
……………………
カステルヌでは、サンドラの時代(ラスカリス家統治時代)から、ガティネ家統治に変わって、
仕事を失い貧民になるものが増えていた。
ガティネ家の統治に問題があるわけでは無く、領主が変われば、勢力図が塗り替わる。
影響を受けるものは多い。
特に今までのサンドラの時代は貴族が弱かったので、そのかわりに平民の力が相対的に強かったという都合もある。
サンドラの時代に良い目を見ていたものが失脚して代わりの者が富を得るようになっただけで、そこまで大差は無いのかもしれない。
それでも、あの時代に活躍した人たちが落ちぶれるくらいは仕方無いにしても、移住したいが移住先が確保できないという状況は放置したくない。
リタは、ラスカリス家が権力争いに敗れたことには責任を感じていなかったが、
その結果、極端に不利になった人たちを放置するのは、心が痛む。
少なくとも安全な避難先は提供したいと思っていた。
リタはガティネ家と和解したものの、母と兄の仇であり、当然良い印象は無い。
和解の条件で、この町に対して手出しはできないが、難民を受け入れしないという条件は無い。
そして、頼られれば助けたい。
……………………
魔女様に相談する。
「魔女様、この森の近くに新しい開拓地を作ることはできるでしょうか?
少なくとも獣の被害を気にしなくて良くて、水が手に入る場所」
「獣除けはできると思うが、水はわからぬ」
獣避けはできる。
水の心配もあるが、まず先に大火炎輪だ。
大火炎輪が使えないと計画が実行できない。
「魔女様には大火炎輪を使っていただきたいのですが」
「それはかまわぬ。火事にならなければ問題無い」
即答だったが、大火炎輪で火事が起きることが心配なようだ。
「火事にならない?」
「いきなり大火炎輪を一時間も使えば大きな山火事になる」
リタは大火炎輪の上だけしか燃えないのかと思っていたが、普通の火と同じように火事になるのだ。
だとしたら、この魔女様の森はどうやって作ったのか。
「火事にならない方法があるのですか?」
「あるぞ。開拓が目的であれば、時間をかけて木を枯らすことができる」
「はい。目的は開拓で、人が住むのは中央だけです」
「であれば、水が重要じゃろうな。
沼の傍は避けた方が良い。大雨のとき、大変なことになる」
リタはなんとなく理解した。失敗した経験があるのだ。
※あります!




