4-6.壁画の大聖女とこども (1)
リタたちは元はリタの町だったカステルヌでも、追われる心配は無くなった。
※今までリタの町と書いていた町は”カステルヌ”という名の町です。
「魔女様の庇護下にあることがわかってから、すっかり襲われなくなりましたね」
そうは言ったものの、実際の理由はいろいろある。
表向きの理由は和解したから。
リタがこの町の領有権を永遠に主張しないことを条件に、この町を利用しても良いという内容の協定が結ばれた(その条件をリタが受け入れた)。
実際のところ、リタはもうこの町の脅威ではない。
前領主であった母と、その遺産を受け継ぐはずの兄が暗殺された直後にはリタの存在は危険だった。
その時点では町はラスカリス家の領地であったため、相続権の繰り上げでリタが相続することが可能であった。
有力者が力を合わせてリタを担ぎ上げ、どこぞの家から婿を入れれば乗っ取り失敗する可能性があったためだ。
現在ではこの町、カステルヌは正式にガティネ家のものとなっていた。
※中央から遠く離れた地に関しては、実効支配者に後追いで領有権を
認めるのが通例です。
ゼロから開拓して村を作って領地としても問題無いです。
制限がかなり緩い。
(中央から見れば、税を納めてくれれば誰であってもかまわない)。
カステルヌが正式にガティネ家のものとなっている状況下でリタが今すぐこの町を乗っ取るのは非常に難しい。
その上、後ろ盾になる強力な勢力も現状見当たらない。
さらにはリタ本人にその気も無く、現在は魔女の森で暮らしている。
魔女の手を借りれば、武力で強引に町を乗っ取ることは可能なのかもしれない。
だが、現時点でその手段を使っていない時点で、それはできないのか、しようと思っていないということになる。
それに、下手に手を出すと藪蛇になりかねない。
手出しをするデメリットに対してメリットが小さすぎる。
そこで和解案が出され、和解したこととなった。
その結果、正式に町への出入りは自由となった。
同時にリタは領地無し貴族令嬢に没落した。
※領地無し貴族令嬢なので、現状、相当格が低いです。
(この世界では領地の格≒領主の格なので、領地無し貴族は、事実上平民と同じです)。
とはいえリタさんは元上位貴族令嬢なので、なんだかんだでコネはあります。
(血筋的に利用価値がある)
そのため、表面的な貴族としてのコネも無くしてしまったが、商人の多くは身分より金を選ぶ。
実際のところ、それほど不便は多くない。
……………………
安全に行動できるようになったので、リタたちは頻繁に町に来ていた……が、魔女様はと言えば、相変わらずだった。
「火炙りじゃー!
あそこで、魚が火炙りになっておる」
「だから、調理です!」
「そ、そうであった。うむ。わしは知っておるぞ。
調理しておるのじゃ」
「なんで、毎回騒ぐのですかね?」
「わしは火炙りは嫌じゃし、お主らが火炙りになるのも嫌なのじゃ」
「今はならないんです!」
未だに魔女様は騒ぐが、騒ぐ意味がわからない。
今現在、火炙りの刑は廃止されている。
実際には、廃止されたわけでは無いのかもしれないが、とにかく近年執行されたという事実は無い。
……………………
……………………
火炙りの刑と魔女狩りについて調べたが、やはり、120年くらい前であれば、魔女様の話が矛盾しない状況があることがわかってきた。
調べてわかったことだが、確かに過去、同性愛者が火あぶりになることはあったようだ。
と言っても、魔女様は同性愛というよりは子供が母親に甘えたい気持ちの延長くらいに見える。
確かに恋愛対象は男性では無さそうではあるが、女性が恋愛対象なのかと言うとそうでもないように見える。
女性の胸に興味が有るように見えたが、興味が有るという程度であまり性的な意味での興奮は無さそうに見える。
人によってだいぶ大きさに差があることに驚いたとか、そんな感じに見える。
そんな感じなので、たぶん、昔の基準でも火炙りにはならないのではないだろうか?
少なくとも現在の基準では掠りもしないように思う。
魔女様が引っかかるより遥か前にカリーヌが引っかかるはずだ。
カリーヌは”変態だと罵られても構わない”と言っているが、正直リタは、カリーヌは変態だと思っている。
カリーヌが引っかからないので、魔女様が引っかかるわけがない。
魔女様の話は現在の社会には当てはまらないが、過去はどうだったのか?
魔女様の森は100年以上前から存在している。魔女様本人は11歳の時に来たと言っている。
100年前に11歳だった可能性があるのだ。
魔女様は見た目で年齢がわからない。
本人は45歳くらいと言っているが見た目は少女だ。
魔女様の見た目からは、実際に何年経っているのかわからないのだ。
……………………
……………………
魔女様の話が本当かどうか調べることにした。
魔女様から聞いた話の中に、魔女様と大聖女様の壁画が存在するというものがある。
そんなものがあるとすれば、話の信憑性が高まる。
さらには、その壁画があるという町の名前までわかっている。
本当にそんな壁画が存在したとしたら、大聖女様の生涯の最後には幼子を連れて旅立ったという話が付きそうなのにそれが無い。
そして、魔女様本人も、その壁画を直接見たことは無い。
今回はだいぶ遠出してきた。
魔女様の転移では来られず、馬車に揺られてやってきた。
こんな旅は、安定して魔女様の財宝を換金する手段ができたからこそ可能になった。
魔女様の絵があるという町まで来た。
大聖女様が活動の拠点にしていた町だ。
現在でも教区本部がある。
壁画があるのは教会か、教会と関係のある施設。
……と聞いて来たが、魔女様が指さす。
「ああ、たぶんこの建物じゃ」
「え? ここって、思い切り教会じゃないですか」
例の壁画を見に来たが、普通に教会だった。
「これのどこかに婆様とわしの絵があるはずじゃ」
「どうして教会に魔女様の絵が?」
カリーヌには絵の話はしていたが、あまり興味無さそうだったので詳しい話は伝えていなかった。
魔女様が答えないので、かわりにリタが答える。
「お婆様からそういう話を聞いたみたいで」
外からはよくわからなかったが、中から見ると驚くほどの広さだった。
この中から目的の絵を探すのは大変だろうと思う。
「あれじゃ。たぶん」
あっという間に、魔女様が発見した。
「大人と子供の絵ですかね?」
「これだけではよくわかりませんね」
いきなりこの絵から意図を読み取れと言われても、どうにでも解釈できてしまう。
まずは、詳しい人に話を聞く。
「詳しい方に聞いてみないとわかりませんね。
こういうときはですね。信仰のしるしとして寄付をします!」
そう言って、リタは手続きをしに行く。
もっと立派な服装だと効き目が大きいが、”平民がこんな大金寄付するか?”
と思うくらい渡せば、逆にインパクトが大きい。
こういうのは、いざというときのために練習していた。
※教会や大きな商会ではこの手段が通じます
驚いているところに、自分の望みを押し付ける。
「壁画のことをお聞きしたいのですが、説明していただけますか?」
大きく、歴史のある教会なので、当然説明できる者も居る。
手が空いていれば、優先して対応してもらえる。
今は混んでいないので大丈夫だろうとは思ったが、詳しそうな人を付けてもらえた。
「マルグリット様、私はモニックと申します。
教会内の壁画について説明が聞きたいとのご用命でよろしいでしょうか?」
挨拶を終えると、いきなり、あの絵のところに行く。
「お聞きしたいのは、あの絵なのですが、どのような絵だと伝えられていますか?」
「教会の壁画には詳しいのですか?」
「え? いえ、そんなことは無いのですが、珍しいと思ったもので、
どんな意味があるのか知りたかったのです」
「はい。この絵は他の教会にはあまり描かれていない珍しいものです。
文章としては”未来をつなぐ”となります」
「文章?」
「この模様に見えるものが文字の意味を持ちます」
文字には見えないが、とにかく”未来をつなぐ”という意味がある。
絵自体にそう書きこまれているのだ。
「この絵は大聖女様が未来の大聖女様を連れて旅立つところと言われております。
大聖女様はその後お戻りにはなりませんでしたが、
いつか大聖女様が現れると言われております」
それだと魔女様の話が本当で、一般に出回っている話の方が嘘になる。
「子供を連れて旅立ったのですか? そのような話は聞いたことがありません」
ところがモニックはこう言う。
「私の知る限りでも、子供を連れていたことは事実だったようです。
実際に見た方から聞いたことがありますから」
「子供を連れていたとは聞いたことがありませんでした」
「未来の大聖女様については現在の本からは消されていますが、
古い本や壁画には名残が残っています」
子連れだったことに関しては証言だけでなく、証拠があるのだ。
これは有名な話では無いのだろう。
だが、そのせいでさらに魔女様の話の信憑性が上がってしまった。
魔女様のお婆様はマリアンヌという名で、大聖女様と同じ。
魔女様は危険を避けるために、人里を避けて生活していた。
この壁画の子供が魔女様である可能性があるのだ。




