4-5.魔女様のドレス
魔女様は海から引き上げたという財宝を持っている。
これだけあれば一生遊んで暮らせるほどだ。
※普通に相場で売れば、並の庶民レベルの暮らしは一生保証くらいの
レベルですが、魔女様の寿命だと十分かどうかはよくわかりません。
ところが、魔女様は物の価値を知らない。
お金を知らなかったくらいなので仕方ないのだが。
「もしかして、これだけあれば服も買えるかのう?」
「1個あれば服も買えます。
でも、もう少し高い服を魔女様に着ていただきたいと思います。
普通の町民では買えないようなやつです」
※町民向けのものであれば、1着と言わず何着か買えそうです。
リタさんも金銭感覚が一般の平民と違うので、けっこうおかしなことを言います。
「わしは、この服でかまわぬが」
「私が望んでいるからです!」
「マルグリットお嬢様?」
「その呼び方は必要ありません。私はもう貴族令嬢ではありませんから」
カリーヌは、先にお嬢様にきれいな衣装を用意して欲しいと思っていた。
なのに魔女様の服を買うのはあまり嬉しくない。
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3人は、下位貴族が利用するような店に来る。
下位とは言えども貴族と平民では着る服は異なる。
むしろ、見た目の差を付けたいから、着飾るわけで、
平民が来るような店ではない。
そんな店に、いかにも平民という服装の3人が入るが追い出されない。
どんな服を着ていようが、見れば普通の町民でないことはわかるからだ。
店員は、なぜ、そんな恰好をしているのかはわからないが、
何かしら理由があるのだと考える。
「本日は、どのようなものをご所望でしょうか?」
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明らかに貴族ではない服装なのに、店員はだいたいリタに声をかけてくる。
リタの立ち振る舞いと、カリーヌの態度を見れば、単に町娘に変装して来た貴族に見えるからだ。
※リタさんは、変装がバレていたことには気付いているのですね。
「この方に似合いそうな服を仕立てていただきたいの」
こういう場合、店員は気付いていないふりをするのが礼儀。
「はい、それでは見本から選んでいただく形でよろしいでしょうか?」
「そうね、こういう感じのが良いかしら?」
リタが自分が好きなものを勝手に選ぶ。
店員が答える。
「少し子供っぽいように思いますが」
「この方が可愛いから」
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まだ若い場合は特に、普通は現在の年齢より若干上の年齢に合わせて作ることが多い。
用途にもよるが、ほとんどの場合少し上で作る。
1年後に合わせておけば、着られる年数が増える。
店員は一応助言はした。
その上で望まれるのであれば、それに従う。
「はい。かしこまりました。
色はいかがいたしましょう?」
「魔女様、服の色は、どれが好きですか?」
「え?」
「どうかしましたか?」
「いえ」
今、”魔女様”と言った。近頃噂の森の魔女様かもしれない。
魔女様には角も牙もなさそうだ。尻尾はわからないが、たぶん無いだろう。
普通の少女に見えた。
※魔女に角や牙や尻尾があるという説はあんまり無いです。
以前は老婆だと言われていたが、近頃では少女の姿をしているという噂が広まっている。
この人物が噂の魔女かもしれないと思う。
だとすれば、同行している人物はおそらく……
「色はどういたしましょうか?」
色見本を見せる。
「これが良いかの」
魔女様は迷わずピンクを選んだ。
「それではこのお色で」
ますます子供っぽい。少し心配になる。
「本当にこれでよろしいのですか?」
「はい。これでお願いするわ」
はっきり言い切った。
おそらくこれで、本当に問題無いのだろう。
もちろん、店側からすれば、あとで苦情が入らなければ問題無い。
お代も、先払いでポンと出てきた。
やはり。町娘の格好でやってきたお貴族様……この時には店員にも見当がついていた。
この町の元領主の令嬢、マルグリットお嬢様だ。
魔女様と行動を共にしているというのは本当のことだったようだ。
前領主時代であれば、マルグリットお嬢様がこの店を利用することは無い。
なので、この店員は店でマルグリットお嬢様を見るのははじめてだった。
とても可愛らしい方であった。
今でも人気があるのにも納得した。
この町は長年ラスカリス家の領地であったこともあり、現在でもラスカリス家に対する感情は特別なものがあった。
この店員も、マルグリットお嬢様が望むのであれば、可能な範囲で、可愛らしい服を提供しようと頑張った。
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というわけで、凄く子供っぽい服が仕上がった。
「うち(ラスカリス家御用達の商会)より丁寧な仕上げに見える。どうしてかしら?」
※店員さんが何故か頑張って腕の良い職人に強引に仕事を振ったからです。
リタが今まで最上級のものだと思っていたものと同等かそれ以上の仕上がりなので、機会があればこのお店を利用しようと思った。
リタは自分のドレスがいくらなのかは知らないが、店の格からすると、リタのドレスは相当高価なものだったはずだ。
もはや貴族とは言えない自分が貴族御用達の店は利用できないので、この店を利用しようと思う。
まあ、今後、リタが自分のドレスを作るかと言うと、作らない可能性が高いのだが。
※これもフラグ立てなのですかね?
「とても素晴らしい仕上がりです。
次にドレスを仕立てる際にはまた利用させていただきますね」
「光栄です。是非とも、今後ともごひいきにしていただければと思います」
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予想以上の品が手に入って、リタは上機嫌だった。
べつに、どこに着ていく予定があるわけでも無いが家で試着する。
「どうでしょう? 魔女様。とてもお似合いですよ」
「おおおおおお、わしはこんなにかわいい服を手に入れることができた。
リタ、おぬしのおかげじゃ」
「そんなにたいしたことじゃ無いですから」
「おおお、お主、本当に天使のようじゃ。もう惚れそうじゃ」
喜んでもらえるとリタも嬉しい。
「べつに惚れてもらってもかまいませんよ」
「お嬢様?」
「およ?」
(およ?)
「良いのか? お主も火あぶりじゃ」
「火炙りにはなりません。
前から言ってますが、魔女様の言う惚れるというのは、
邪悪なものでは無いと思いますよ」
「はて? ずっと昔ではあるが、
わしは女じゃから男と結婚しなければならんと聞いた」
結婚は異性としかできない。
でも、結婚ができないことと好きになってはいけないことは同じではない。
「はい。今でも女同士では結婚できません」
「や、やはり火炙り?」
「なんで、その二択なんですか!」
「どういうことじゃ?」
「結婚は異性としかできませんが、好きになるのは自由なんです」
「どういうことじゃ?」
「ほら、宿だって女だけで取れますよね」
「どういうことじゃ? とれるとおかしいか?」
行政側思考の強いリタにとっては、火炙りになる条件を考える。
好きになっただけで火炙りになるのであれば、宿で同室も禁止されるのではないかと思う。
「え? 好きなだけで火炙りなのに、女同士で同じ部屋は問題無いんですか?」
一方で、法に疎い魔女様は、証拠の概念が無い。
同室であるかは関係無く、好きか嫌いかが問題だと思っていた。
そして、魔女様的には人間は普通は何も考えなくても勝手に異性を好きになる。
同性を好きになることは無いと考えていた。
「普通は女同士は好かぬのであろう?」
説明も無しにそう言われても、リタには当然理解できない。
「私には魔女様の基準は全然わかりません」
そこにカリーヌが割り込む。
「魔女様。私はお嬢様を好いております」
そんな話を今したら、魔女様がますます混乱する。
「カリーヌ、話をややこしくしないで」
「お主らは女同士であるな?」
「はい」
「ひー! 火炙りじゃー!」
「だから、その程度で火炙りになんてなりませんから!」
「なんじゃ、ならんのか?」
魔女様は、なんだか凄く残念そうな顔をした。
「なんで残念そうなんですか!!」
「わしはずっと火炙りになると思って居った」
「ならない方が良いと思いますが?」
「そうであったか……」
魔女様は、考え事をしながら数歩歩いたかと思ったら、こけた。
「魔女様、大丈夫ですか?」
「わしは婆様ではない。この程度で騒がなくともよい」
なんで急に冷静になる?……とリタは思った。




