3-1.道具を買いに行く
時系列的には”2-5.私、女の子が好きかもしれない”の続きになります。
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リタは既に当分の間、ここ、【魔女様の森】で暮らす気でいた。
魔女様が一人で暮らさなければならない理由は現在では特に実害無いので問題無いと勝手に判断していた。
むしろ、リタが居た方が魔女様にとっても良いだろうと勝手に考えていた。
ところが魔女様は妙なことを言う。
「どこか遠くの森に移るのが良いかのう?
じゃが、せっかく美味い食べ物と服を得る手段ができたというのに手放すには惜しい」
リタはここに居候する気になったのに、魔女様が引っ越しを検討しているのだ。
「魔女様? どうしたのですか、急に」
「町には気軽に行けぬのであろう」
まあ、確かにそれはリタが言った。
リタの町、カステルヌには今後もお忍びで行くことはできると考えていたが、カリーヌ救出のためとはいえ、あんなに目立つ形で魔女様を巻き込んでガティネ家に対する敵対行動をとってしまった。
そのため、お忍びで行くのも難しくなってしまったのだ。
「すみません。魔女様のことが知られてしまいました」
魔女様が町に来たということが知られるようになると、あっという間にうわさは広まる。
リタは町中でも普通に魔女様と呼んでいるわけで、一度噂が広まれば、あのときの娘が魔女様だったのだとバレてしまう。
リタ自身が死亡した前領主の行方不明の娘でもあり、平民に変装した2人が目撃されたという話が広まれば、簡単にバレる。
「返り討ちにして良ければ、どうにでもなりそうなのじゃが」
「返り討ちですか?」
リタは魔女様が返り討ちにする場面を想像してみる。
カリーヌを助けたとき、周囲に5人以上男が居た。あれを返り討ちにできるのだろうか?
魔女様は魔法は使えるが、あまり強そうには見えない。
返り討ちにできる場面がリタには想像できない。
「”返り討ち”とは襲ってきた者をこちらが薙ぎ払うことを言うのじゃ」
リタは言葉の意味を聞いたわけでは無かったのだが。
薙ぎ払うと言われても、魔女様の体格では無理そうだ。
距離を詰められたら、魔法は間に合わないのではないかと思う。
「森ではなく、町の中で敵に囲まれてもですか?
魔女様は私と体格ほとんど変わりませんよね。
荒事に慣れた男性相手にどうにもならないのではないですか?」
魔女様は石をぶつけるような魔法が使える。
離れている場所からでも当てることができるようなので、あれが使える場所であれば撃退できそうだ。
だが、大男に囲まれてしまえばその魔法で撃退するのは難しいように思う。
「そうかのう?
ずいぶん昔の話じゃが、この森を見つけるまでは、長い間教会に追われて居った。
何度も囲まれたが、なんとかなった。
今ならあの頃より背も伸びた。あの頃より有利に戦えると思うがの」
確かに剣を習っていたと聞いた。
だが、8歳までの習い事だ。
そんな子供の頃の習い事が、どれだけ身についているかと考えると、
リタの感覚では、あまりあてにならないように思える。
「魔女様は剣を習っていたのですよね」
「魔法には少し時間がかかるでの。剣が使えぬと、その間を作れぬ」
なんとなく繋がった。
剣で戦おうと言うわけでは無さそうだ。
魔法は相手に近寄られてしまうと使えないかもしれないが、
その隙を作るために、剣で何とかする。
剣で相手を撃退するわけではないが、魔法を使うまで、距離と時間を稼げれば良い。
子供の頃に習った剣で追い払うと言われると心配になるが、
補助的に使うことで、効果的に使うことはできるのかもしれない。
「ああ、時間稼ぎを剣でして、魔法で追い払うのですね」
そう言って確認するが、魔女様はこう答えた。
「わしの剣のイメージとだいぶ違うが、魔法で追い払って居るのじゃろうな」
剣のイメージとはなんだろうか?
リタのイメージとしては魔法を使うには少しの時間がかかるので、
その時間を稼ぐというものだったが、魔女様はそうではないと言っているようだ。
意味がよくわからない。
「どういう意味ですか?」
「次に行くときは剣を持っていこう」
そう言って、魔女様が取り出したのは、おもちゃのような剣だった。
リタの言葉はスルーされた。
「それって、使えるんですか?
なんだか玩具みたいですけど」
「昔使っておった物じゃから、使えんことは無い。
今ならもう少し長い方が勝手が良いが、
どうせ力では大人の男に勝てぬ。だから、これで良いのじゃ」
リタには戦いはよくわからないが、ぜんぜん強そうでは無いと思う。
でも、大人の男は力が強いということは知った上での話ではあるようだ。
……………………
今後のことを考えると、リタ(マルグリット)はカステルヌの町を利用できるようにしておきたい。
今のリタは命を狙われる身だが、交渉は可能だと思う。
ガティネ家的にもメリットはある。
現在実効支配しているのがガティネ家で、リタ(マルグリット)が奪い返すことはできないので、時間が経てば、最終的にはガティネ家のものになるが、リタと譲渡契約を結んでおけば、その時点で領有権が確定する。
強奪したのは誰の目から見ても確かではあるが、譲渡契約を結んでおけば、後々面堂が少なく利益が大きいので、話に乗ってくる可能性が高い。
とはいえ、今すぐというわけにもいかない。
カステリヌには今は行けない。
”調理道具やらが無い”とカリーヌが騒ぐので、別の町へ行く。
まあ、まともな鍋の1つも無いので、カリーヌがどうこう言わずとも調達が必要だ。
やってきたのはリタの町、カステルヌの隣のベルーナの町だ。
リタは町遊びが趣味ではあったが、リタがお忍びで遊びまわっていたのは自分の町だけで、他の町はほとんど知らない。
それでも、日用品を手に入れるくらいのことはできるだろう。
町の規模は少し小さめに見える。人口にはリタの町と大差ないとも聞く。
リタの町は商売が盛んな町なので、人口の割に店が多い。
町の規模に違いがあるように見えるのは、おそらくそのためだろう。
魔女様の持っている石を換金したいが、ここではリタの伝手が無く、買いたたかれる可能性がある(ほぼ確実に買い叩かれる)。
魔女様も金は持っていると言えば持っているが、魔女様の持っている金貨銀貨は遥か昔のもので、現在は通貨としてそのままでは使えない。
貴金属、或いは骨董品として現在の通貨と交換する必要がある。
つまり、すぐに使える金が無い。
しばらくはリタの手持ちの金で何とかなるが、小遣い程度しか手持ちがない。
遠くないうちにリタの町で換金したい。
カリーヌが買い物をしている間、魔女様はどうせ雑貨には興味無いので、菓子を与えて待っていてもらう。
本当はこの場所で菓子をいただくのはあまり品が良くない。
小さな子供であれば問題無い(問題視されない)が、魔女様の見た目年齢の娘が食べていたら下品だ。
それを含めて考えても、魔女様に静かに待っていてもらうには菓子を与えて召し上がってもらうのが一番安全だと考えた。
「町には美味いものがあるが、人が多いのには慣れんのう」
「そのうち慣れますから」
毎回魔女様は町に着た直後に人が多いと騒ぐが、しばらくすると慣れるようで騒がなくなる。
菓子でも与えておけば静かになるし、勝手に歩き回らず安心できる。
なにも起きなければ良いと思って待っていたが、リタの希望は叶わなかった。
カリーヌの買い物を魔女様とリタの2人で待っていると、ガタイの良い男たちに囲まれる。
もちろん囲まれるという事態は想定していたが、3人行動を前提にしていた。
逃げ帰るには3人が揃っていることが前提となる。
ところが、今はカリーヌだけが買い物中。
カリーヌを置いて森に帰るわけにもいかない。
リタはどうやってこの場を切り抜けるか考える。
すると菓子を食べていた魔女様が立ち上がり、前に出る。
「リタ、わしの後ろに隠れておれ」
「ま、魔女様?」
「魔女様だと? こんな小娘が?」
そう言って掴みかかった男が、はじき返された。
「うわっ。こいつ何か妙な技を使った」
リタからは全く見えなかったが掴みかかった男が何か魔法を受けたようだ。
特に怪我をしている様子は無いが。
「魔法なのか?」
そう言って、男たちは刃物を出す。
間合いを計っているようで、良い隙ができた。
「魔女様?」
リタは、このタイミングでどーんと大きな魔法で片付けるのかと思ったのだが、魔女様は何もしない。
代わりにこう言った。
「だいじょうぶじゃ」
すると、例の妙な剣を出す。
魔女様は子供用という感じの玩具のような剣を持っていた。
実用品というよりは形だけに見える品だった。
だが、相手はたいした防具も装備しておらず、武器がナイフであれば、魔女様の武器もある程度は役に立つようにも思える。
長さの分だけ、振り回せばきっと先に当たるだろうというくらいの印象でしかないが。
細くて、ろくに刃もついていないような剣。
武器としての特性は、剣と言うより金属棒に近いかもしれない。
そんなものでも、振り回して当たれば痛いだろうし、当たり所によっては骨折くらいするのかもしれない。
だからといって細身の魔女様が楽に振り回せるこの棒が当たったところで迫ってくる相手を退けるほどの威力は無いと思ったが実際は違った。
魔女様の剣が当たると、男は大袈裟に吹き飛ぶ。
「なんだそりゃ」、「バカ、こっちに来るな」
吹き飛んだ男ともつれて、2人の男が魔女様に向かって倒れこむ。
そのとき、魔女様の服の一部が破れた。
「魔女様!」
幸い、服を掴まれて破れただけで、魔女様本人は無傷に見えた。
リタは安心したが、魔女様は予想外に怒っていた。
「おのれ、わしが苦労して手に入れた服を台無しにしおって。
許さぬ。汚物は消毒じゃ」
※魔女様、変な言葉知ってますね。
そう言ったかと思うと、剣を振るたびに暴風が発生する。
リタはスカートがめくれるし、目に砂が入り、前を見ていられない。
魔女様のスカートも当然のようにめくれて、相当ひどいことになっていた。
リタがもしこの魔法を使うことができたとしても、この格好で使うことは絶対に無いと思った。
「魔女様! ちょっと」
襲撃者たちは、起き上がる前から何度も吹き飛ばされ、戦意を失って撤退していく。
周囲が大騒ぎになる。
これだけの騒ぎを起こせば衛兵が来るかもしれない。
急いでカリーヌの買い物を止めて森へと撤退する。
「お嬢様、必要なものがまだ全然足りていません!」
カリーヌの言うことはわかるが、衛兵が来る前に逃げないとまずいことになる。
死人が出たりはしていないが、騒ぎを起こしたことが罪になる。
罪になるか以前に、少なくとも捕まる可能性が高い。
「魔女様、急ぎ森へ」
すると、3人の姿が消える。
その光景は多くの人々が見ていた。
「消えた。魔女様って、森の魔女様だったのか?」
玩具のような剣で吹き飛ばされる男たちと、消えた3人の少女の話は瞬く間に町中に広まる。
…………
魔女に蹴散らされたのは、この町の傭兵団の者だった。
傭兵団と言っても、兵として直接戦争に参加することはあまりない。
四六時中どこかで戦争が発生しているという時代でもなく、戦争が起きてもそこまで大規模なものは少ないためだ。
そのため、権力争いを裏から支援したり、おこぼれを探して歩き回る機会の方がずっと多い。
先日、すぐ隣り町の領主の座を巡って争いが起きた。
結果領主が死亡。その領主の関係者の手配書が回っていたため、小銭稼ぎに町中を巡回していた。
そこで都合よく、領主の娘らしき人物を発見し、十分な人数揃えて捕獲を試みたが返り討ちに遭った。
「団長、すみません。これだけの人数で囲んで失敗しました」
「ですが何やら怪しい術を使う女がいて」
「次に会ったら確実に捕まえます」
「本当にできるのか? ゴール」
団長はこう答えると、少し背の高い男に視線を送る。
その少し背の高い男は、まとめ役の一人であり、今回の騒動を目撃していた。
あの場面は見ていたが、どう見ても簡単に勝てる相手では無かった。
弱い奴ほど見る目が無い。
「いや、無理だ。あれは本気じゃない。人を傷つけたくないやつの戦い方だ。
本気を出すことができないのかもしれない。
でも、本気を出されたら俺では敵わないだろう」
ゴールはそこまで強いとは思わなかった。
「そこまで強いか?」
「そんなに強くなかったか?」
確かに今回はやられたが、あんな技を使うと思わなかったからだ。
「次はきっと捕まえてみせます」
「お前は、あの人数に囲まれて、相手に重傷負わせずに逃げることができるのか?」
普通に考えて、”怪我させて構わないから追い払え”と、”怪我をさせずに追い払え”では、難易度はかなり異なる。
「それはわかってますが、相手で戦えるのはあの女1人。
こっちは相手の手の内知ってるんで人数集めて囲んじまえば」
「まあ、今回よりマシな戦い方はできるんだろうが、
相手に余裕が無くなれば、手加減しないで反撃してくるだろう。
手加減できないような攻め方すれば、怪我人続出だ」
そこに別の者が慌ててやってくる。
「あの女と同じ格好の女が魔女様と呼ばれていたという情報が」
森の魔女が町に来ることは無い。
そう信じられていたが、そうではない可能性が高い。
「森の魔女が町に現れたと考えるのが妥当だろうな」
まあそんなことだろうとは思っていた。
団長は即決断した。
「やめだやめだ。うちは魔女様には借りがあってな。
違約金でも何でも払う。うちはこの仕事降りる」
こうして、早々にベルーナの町では、自警団、傭兵団が揃って森の魔女に手出しはしないこととなった。
※魔女様に借りと言ってますが、魔女様の森の近辺で人が獣に襲われそうなときは、
気付けば助けます。
なので、獣を追い払いにやってきて、しばらく全滅せずに耐えることができる傭兵達は、
結果的に魔女様に助けられる頻度が高いのです。
※違約金が発生するような仕事を受けたわけでは無いので、違約金も発生しませんでした




