1-7.貴族令嬢暗殺 逃走(7) 魔女狩りと火炙りの刑
実際には魔女様は、半分言葉忘れているくらいの状態なので、そんなにまともに話せていません。
かなり引っかかりながら喋ってます。
「お主まで火あぶりじゃ」
魔女様はそう言うがリタは火炙りなんて聞いたことが無い。
それにどうせここを出れば命は無い。
「私はどうせ、ここを出れば命はありません」
「わしは火あぶりは嫌なのじゃ」
リタは火炙りの刑が執行されたという話を聞いたことが無い。
魔女狩りも今は無いだろう。
「いったい、なんなのですか?
今はもう魔女狩りはありません」
「火あぶりじゃ、おぞましい、わしは教会に捕まって火あぶりじゃ」
「ここには誰も入ってこられませんし、火炎輪で火あぶりにするのは魔女様ですよね」
「火あぶりされたら、わしは町ごと火炎輪で焼き尽くし、
町に住むもの全てを道連れにしてやるのじゃ!!」
「……(あ、なんか今、悪い魔女っぽいことを言った)」
「なんじゃ、その顔は」
「なんだか、凄く悪い魔女っぽい言葉が聞けてちょっと意外でした」
「何を言って居る! わしは怖いのじゃ、お主と話をしていてもすでに手が出そうになる」
「私何か気に障ることを言いましたでしょうか?」
「そうではない。もっと恐ろしいことじゃ。
お主はたちまち怖くなってここを去る気になるじゃろう。
それでも聞く気はあるか?」
森の魔女は人を食うと言うのは本当の話なのだろうか?
「……はい。聞かせてください」
「わしは、年頃になったとき、好きになったのは皆女の子じゃった。
ずっとなのじゃ。わしの世話をしてくれた、姉さまのことが忘れられぬ。
わしはずっと一人で暮らし、お主は楽しい話をしおる。
話を聞いているだけでお主にも惚れそうじゃ。
どうじゃ、恐ろしくなったじゃろ?」
「え?」
楽しい話も、惚れる要素も思い当たらない。
「お主まで火あぶりになる」
そしてなぜか火あぶり。
なぜそういう結論になるのかわからない。
「なりませんよ。今の教会はそういうのやってないですから」
「幼いころ、母の胸が柔らかかったことを覚えて居る。
わしは今でも柔らかそうな胸に惹かれてしまうのじゃ。
歳はおぬしくらいでもかまわぬが、もっと上でも良い。
乳がふっくらしていると尚良い。
言いふらしたければそうするが良い。
わしはそろそろこの森を捨て、他の土地に移ろうと思っていたところじゃ。
ちょうど良い」
確かに同性愛は禁忌とされている。
だが、魔女様が言ってるのは、もっと子供っぽい好きのように聞こえる。
「いえ、……それでもかまいません。この場に匿ってください」
「そこまでして生き残らねばならぬ使命があるということか」
「……(話が通じてる気がしないけれど)はい」
”はい” そう答えはしたものの、実はリタはぜんぜん意味は分からなかった。
魔女様は自分が禁忌を犯す極悪人だと思っている。
でも、リタにとっては極悪でも何でもない。
少しわかったことがあった。
女性の胸が好きだということはわかった。
ただし、おそらく、魔女様は同性愛ではなく、母性を求めているのではないかと思う。
「今の教会は、そんなことしません。
そのくらいで火あぶりになることはありませんよ」
「教会は、魔女を見つけたら火炙りにする」
「第一、魔女様を捕まえることができる人間はいるのですか?」
「魔女狩りの連中に囲まれたら火炎輪を使わねばならない」
魔女狩りの連中なんてリタは見たことも聞いたことも無い。
「魔女狩りの連中ってなんですか?」
「お主は魔女狩りも知らんのか」
「そんなの今ありませんから!」
「無い?」
「無いです」
「いつから無い?」
「いつ有ったのか知りません。私が生まれて以降は無いです」
「お主が知らんだけではないか?」
確かに世間知らずではあるかもしれない。だが、伊達に町を遊び歩いていたわけではない。
町中でそんなのは見たことが無い。
「いくらお屋敷に籠っていたからと言って、そんなのが有るなら知ってます。
魔女様の素顔知る人間なんていないのですから、町に行ってみましょう。
魔女狩りなんて今は存在しないことがすぐにわかりますよ」
「町には人がおるんじゃろ?」
「もちろんです。人が集まってできるのが町ですから」
「怖いのじゃ」
「え?」
「わしは人がたくさん居るところは怖いのじゃ」
結局のところ、魔女様が恐れているのはこれなのではないだろうか?
人間が怖い。
「だいじょうぶです。私が付いてますから」
「お主弱いじゃろ」
ぐ、それは確かにその通りだ。
だが、町を案内するくらいはできる。
「弱いですが、強い魔女様が人が多いだけで怖いと言うのですから強弱関係無いです」
「そういうものかの?」
「美味しいお菓子いっぱい売ってますから行きましょう」
「お主はわしが怖くは無いのか? 一緒に居れば火あぶりじゃ」
「だから、今はそういうのは無いんです!」
「そうか。では、菓子は、イノシシと交換してもらえるかの?」
そんなものどうやって運ぶのか。
売ることはできるだろうが、リタは獲物を売る伝手を持っていないし、そんなものを持って行きたくない。
「お金は私が出しますから安心してください。
焼き菓子や、町民の服くらいなら買えるくらいのお金は持ってます」
「おかね?」
「はい。お金。通貨です。
何でも買えます……まあ、極端に高いものは無理ですが、菓子とか服くらいなら」
「おかね? つうか、それは何じゃ?」
魔女様が妙なことを言いだした。
「おかね。金貨とか銀貨とか知りません?」
「もちろん銀貨も銀貨も持っておる」
「それと交換するんです」
魔女様は金貨や銀貨を持っている。
現在の通貨に交換する必要はあるが、お金を持ってはいる。
「イノシシではだめなのか?」
なぜイノシシ? とは思うが、まあ、イノシシを例にする。
「イノシシを売って、お金を得て、そのお金とお菓子を交換することはできます。
お菓子屋さんはイノシシを必要としていませんから、
必要としている人に売らないと高く買ってもらえません」
「高く買ってもらう?」
「本当にお金を使ったことが無いのですね。
召使いが居るわけでも無いのにお金の使い方知らない人なんてはじめて見ました」
「どういう意味じゃ?」
「そのままです。
私だって、元はそこらで自分でお金払って、
自由に買い食いできるような身分じゃないんです。
遊び歩いていた時期があったので、できはしますが、
本当は、そういうのは家の格を下げるから禁止されてるんです」
「イエノカク?」
(あ、これ、ぜんぜん話通じないやつだ)
まあ、家の格は貴族の勝手な基準であって魔女様には関係無い。
とにかく町で売り買いできるようになれば、菓子を定期的に提供することができる。
「いえ、いいです。魔女様も自分でお金払えるようになってください。
お金の作り方、使い方はお教えしますから。
好きなものを自由に買えると言うのはとても幸せなことですよ」
なんだかんだで魔女様は釣れた。人が怖くて町に行けなかったのだ。
今までは服装の問題もあったかもしれないが、今なら服装的にも問題無い。
そして町へと向かった。
※この後が物語の最初の話です↓
”2-1.魔女様、はじめて町に来た(1) たくさん人が居る!”




