1-5.貴族令嬢暗殺 逃走(5) 幸せな瞳
魔女様は服と引き換えに、交換の品を選ばせる。
だが、リタが欲しいのは物では無い。
「いえ、私には物ではなく、しばしここに留まる許可をいただければと思います。
私には帰るあてがありません。この森を出れば死が待っています。
しばらく匿っていただきたいのです」
魔女様の表情が一気に変わる。
「お前の母も命を狙われてきたのであったな。
じゃが、長期の滞在は許可できぬ。
10日の滞在は許す。それを過ぎての滞在は許さぬ。
服2着分の品を選び、10日で出て行け」
リタはここで引き下がるわけにはいかない。命がかかっているのだ。
「どのような待遇でも構いません。避難先が決まるまでの間、ここに居させてください」
「ダメじゃ」
一言で却下された。
せめて理由が知りたい。
「理由をお教えいただけますでしょうか」
「話したくない」
ここはなんとしても理由を聞きたい。
「私が生き残ることができたら、魔女様がお望みの品を町から運んできます。
魔女様が大変お気に入りだと聞く焼き菓子を持ってまいりました」
「焼き菓子?」
リタが生き残った後の話は見事にスルーされたが、焼き菓子には反応した。
「これにございます」
「おおお、お主もこれを持っておったか。
全部くれるのか?」
「理由をお聞かせいただければ差し上げます」
条件は滞在の許可ではない。滞在が許可できない理由。
理由がわかれば解決策が出てくるかもしれない。
「理由については話したくなかったが仕方ない。
お主や、お主の母のように、ここを訪れる者は滅多に居らぬ。
サンドラは死んだが娘が服を持ってきた。
お主に話をすれば、また誰かが来るやもしれぬ。
お主の力にはなれないと思うが、それでも良いか?」
母が死んでリタが来た。
話してもどうせ何の解決にもならないが、リタに話せば別の者が来るかもしれないから話すと言っているように聞こえるが、仕方がない。
「はい」
「わしは自分自身を恐れて外界との接触を断っている。
接触を断っているからこそ、消されずに済んでいる。そう思っている。
秘密を知られたらお前を殺さねばならない。だから、近寄らないで欲しいのじゃ。
わしは呪われた子じゃった」
お母様の言っていたことは本当だった。
人間を恐れているのか自分自身を恐れているのか、対象は不明確だが何かを極端に恐れているのは確かに見える。
衣類さえまともに手に入らない環境で一人で暮らす理由があるのだ。
リタはてっきり、この地にある何かを守っていると思っていたが、そうではなく、外界との接触を断つことを目的にしているのだ。
聞かれたくない秘密がある。魔女様が恐れているのは人とのかかわり。
それがわかっただけでも良しとしよう。
でも、リタには逃げ場は無い。
「都合の悪い期間は監禁されても構いません。
逃走先が見つかるまでの間だけでもおいていただきたく……」
「すまんの」
譲歩は引き出せなかった。
だが、菓子の対価は得た。
「こちらこそ。お話したくないことを話させてしまい申し訳ありませんでした。
どうぞ、焼き菓子をお召し上がりください」
「うむ。見た目はあのときのものとは少し異なるようじゃが」
そういったかと思うと、いきなり一口食べる。
次の瞬間目が輝いた。まるで無邪気な子供のような明るい瞳だった。
つい先ほどまでの表情が嘘であるかのような、自然な表情に見えた。
見ているリタの方が幸せになるような表情だった。
先ほどまでの表情は演技だったのだろうか?
「う、う、う、美味い」
なんてかわいらしい子なのだろう。
リタはこんな気持ちになったのははじめてだった。
リタが持ってきた服を着て、焼き菓子を頬張る姿はとてもかわいらしかった。
この姿を見て、この子が森の魔女様だと言っても誰も信じないだろう。
焼き菓子に対する喜びようは聞いていた以上のものだった。
この環境で数十年か過ごせばそうなるのだろう。
”こんな表情が見られるのなら”
損得ではなく、魔女様に喜んでもらえることが嬉しかった。
……………………
「焼き菓子、明日食べようと残しておくつもりが全部食べてしもうた」
魔女様は、非常にガッカリしていた。
明日食べようと半分残しておいた菓子を、夕方になる前には我慢できずに食べてしまったと悲しむ姿を見て、リタはなんだかツボに嵌ってしまう。
本当に、こんな気持ちになったことは今まで無かった。
魔女様はとてもかわいらしい。
損得の話ではなく、是非ともお近づきになりたいと思う。
自分の命の危機だというのに、こんな気持ちになるのはとても不思議に思えた。




