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87 日本人が本能で求めるもの

 日が落ちるのが早い冬の夕暮れが訪れようとする頃。

 飛花の食材が届いたということで、私達はキッチンへと向かった。


「おおお! 米だ、玄米だ! 白味噌だ! 醤油は……こっ、これは濃口! 梅干しまである! ……ああっ! 納豆! 古き良き藁に包まれた納豆オブ納豆だー!」


 調理台にずらりと並べられた食材と調味料。

 数こそ少ないものの、ここしばらくその味を思い出しては郷愁に駆られていた私には、それでも充分すぎる神の恵みと言えた。


 しかし、それでも知っているが故に「足りない」と感じてしまうのは、贅沢か。


 そう。和食に欠かせないと言っても良い食材――豆腐は、そこに無かった。


 だが、これは仕方の無い事だろう。味噌や醤油、米、梅干しは長期保存が可能であるし、納豆――いわゆる一般的な糸引き納豆も実はそこまで長期保存は出来ないが、輸送中に発酵させるようにして、現地に到着する頃に食べ頃になるよう調整すれば問題無いし、何より作るのは簡単なので大豆さえあれば現地で作ることだって出来る。

 その一方で豆腐の賞味期限は意外にも早く、一週間も持たない。この世界にフリーズドライなんて方法があるかは分からないし、入手出来なかったということは、まあつまり、そういうことだろう。


 とはいえ、ここまで食材が揃っている中で豆腐が無いという現実は、期待していただけに結構ショックだった。


「流石に豆腐は無かったか……」

「ふっふっふ……トワさん、これをご覧下さい!」


 完全に口の中が豆腐の味噌汁を求めていたせいでしょんぼりしてしまったが、ユリストさんは肩を叩き、その手に持っているものを私に渡してきた。


 今し方包装紙を解き姿を見せたそれは、ほんのりと茶色がかった白で、どことなくスポンジのような――「豆腐」と名の付く食材だった。


「高野豆腐! 高野豆腐じゃないか!」

「それだけじゃありませんよぉ! 乾燥大豆とにがりも入手してきました!」

「よおっしゃー! 手間暇かければ豆腐が作れる! 流石に今日は無理だけど、やろうと思えば明日には豆腐が食える! ヤッター!」

「冷ーや奴! 冷ーや奴!」

「湯豆腐だって食えるぞぉ!」

「フゥーッ!」

「お嬢様、はしたないですよ!」


 実際に手作りしたことは無いけど、作り方自体は知ってるから大丈夫なはず。

 明日は豆腐とわかめの味噌汁食うぞぉ!


 私とユリストさんが恐らく過去一くらいにテンションがブチ上がっているせいか、ルイちゃんは微笑ましそうに見守るまなざしを向けているし、ラガルに至ってはドン引きしているが、この時の私は気付いていなかった。ユリストさんに至っては侍女さんに窘められてしまっている。


 仕方ないね。だって久し振りの和食だもの。


「見たこと無いくらいはしゃいでないか、あいつら……」

「トワさんは久し振りの故郷の味だからだと思うけど、ユリストさんは……それだけ憧れていたのかな?」

「ルイちゃん! 料理くらいはしてもいいよね!?」

「本当は明日まで我慢しててほしいんだけど……今のトワさんは止めても止まらなさそうだし、無理しない程度ならいいよ」

「おっしゃーーーーーッ!!」

「料理長、食材は自由に使わせてあげてください! あっ、私の晩ご飯はトワさんの作った料理を食べますから、お父様に伝えておいてくださいね!」

「かしこまりました、お嬢様」


 ユリストさんの指示により自由に食材を使う権利を得られたので、私は料理長に一言よろしくお願いしますと言ってから、何があるか物色させてもらうことにした。


「しっかし、冬なのに新鮮な野菜もあるのが凄いわ」

「そりゃあここは貿易都市バラット! 温暖でこの時期でも農作業が出来る外国から輸入しました! まあこの時期だしコスト高いので、ぶっちゃけ高級品ですけど……ジュリア様が来るから奮発しちゃいました!」

「そりゃそうですわな。あ、ナス食べれます? 漬物代わりに翡翠茄子でも作ろうかと」

「翡翠茄子って何ですかそれ!? そんなお洒落な料理名聞いたこと無いですよ!? ちなみにナス食べれます!」

「じゃあ作りますね。ナスと言ったらやっぱ揚げ浸しだけど、緑欲しいですからね~」


 肉は鶏、豚、牛の日本人にもお馴染みな三種類が揃っており、供給が安定しているようで、ウィープがあまり出ていない鮮度の良さそうなものが仕入れられている。

 ちなみにウィーヴェンでは基本的に畜産で取り扱っているヤギと豚、そして猟師や冒険者が狩ってくる鳥系魔物と鹿がよく食べられていて、牛肉は滅多に見ない。


 折角だから久し振りに牛肉を食べたいし、食材は自由に使って良いと言われている。が、流石にロースやヒレのような高級部位には手を伸ばせないので、牛コマを使うことにした。


「肉は牛肉で高野豆腐と一緒に煮物にして、味噌汁は……おっ、アサリっぽい貝発見。料理長さん、この貝は?」


 シンクの中に、アサリのような貝殻で、ハマグリより一回り大きいサイズの二枚貝を見つける。

 今晩使う予定でもあったのか、砂抜きの最中だったらしい。網の敷かれた大きなバットいっぱいに貝が入っていて、それがひたひたになるくらいまで塩水らしき液体に浸かっている。

 まだ生きているのか、時折かしゃりと貝殻と金属製のバットが擦れる音がして、水面が少し揺れていた。


「それはマニラ貝ですね。バラットでは一般的な食材ですよ」

「オススメの食べ方とかってあります?」

「スープの具として有名ですね。ブイヤベースからうしお汁(ソルティスープ)まで、幅広く使われていますよ」

「じゃあ味噌汁の具はマニラ貝で決まりかな。アッお吸い物でも良い……けど今回は味噌汁飲みたいから味噌汁! 初志貫徹! 炊き込みご飯も良いけど今回は白米が食いたいしなー……精米しなきゃな……」


 用意してもらった米は玄米だ。これでも充分食べられることは食べられるが、気分の問題だ。

 精米自体はまあ簡単だから良い。適当な瓶の中に入れて、棒でひたすら突くだけでも出来る。


 ここまで考えた献立だと、煮物で肉と野菜、汁物で貝、漬物枠のナス。後一品、魚メインの料理が欲しいところだ。


「後は魚だけど、いやぁ海沿いは良いねぇ。海産物が豊富! 待ってこれカワハギ? 最高、冬のカワハギは肝が大きくて美味いんだよ。肝醤油で刺身も良いけど、ここは肝和え一択だな! 冷酒でキメてぇ~!」

「そのウマヅラウオ(カワハギ)は一昨日仕入れたものですね。サシミ、というのは確か、魚を生食する料理ですよね? オススメは致しかねます」

「上げ落としされた……じゃあ普通に別の魚で焼き魚かなぁ……」


 ウィーヴェンという山から出たことのないルイちゃんは、料理長さんの刺身情報に目を剥き、嘘でしょ、と小さく呟いた。


 それもそのはずだ。淡水魚を生で食べたら、一発で寄生虫に感染してもおかしくない。しかもそれが症状が重くなりがちな顎口虫だったらアウトだ。その危険性を知っており、海水魚の知識があまり無いからこそ、魚を生で食べるのは危険だと思っているのだろう。

 一応、徹底的に管理された養殖魚なら問題無かったり、野生だとしてもやりようによっては生で食べられるが、完全自己責任だ。

 しかもここは異世界。私の知らない寄生虫や毒があるかもしれないから何とも言えないが、少なくとも飛花には刺身を食べる文化が存在するので、全ての魚が生食NGという訳では無いはずだ。


 しかし旬のカワハギの魅力をどうにも振り切れず、つい心の中で考えていた事を口に出してしまう。


「……自己責任で私の晩酌用に一人分だけ作っても良いんじゃね?」

「トワさん?」

「ルイちゃんごめんて」


 ルイちゃんが医療従事者の顔してる……。自己責任という言い訳を絶対許さない医者の雰囲気してるよこの子……。


 だが諦めきれない。日本人は刺身を食ってこそだから。わさびは無いけれど。

 冷蔵庫の中には、タイのような高級魚だけでなく、サバやアジ、ヒラメに似た魚や、見たことの無い魚まである。

 極端に足の早いサバや見たことの無い異世界魚はともかく、見覚えのあるタイやアジなら問題無い。私はウナギやフグでなけりゃ魚を捌ける女だぞ。


「……調理長さん、生食しても大丈夫そうな魚ってどれです?」

「トワさん!」

「だってお刺身食べたいんだもん! 味噌もあるからなめろうだって食べたいもん! ミョウガは無いけど青ネギも大葉も生姜あるんだよ!? それにカワハギだって焼霜造りとか湯がけだったらセーフだって!」

「お魚を生食するなんて危険だから駄目だよ! 寄生虫に当たったら、下手したら死んじゃうんだよ!?」

「山育ちのルイちゃんは知らんかもだけど、海の魚は生食出来る種類が多いんですー! 淡水魚みたいに野生のを生食したら一発アウト寄生虫感染とかはありませんー!」

「そうだそうだー! なめろうは知らない料理だから何とも言えないけど、刺身は食べさせろー!」


 私の後ろからユリストさんの援護射撃を食らい、思わぬ劣勢にルイちゃんは小さく唸る。

 ラガルは加勢しようと思っているが知識が無いので何も言えないのか、おろおろとルイちゃんと私を交互に見ている。最後に助けを求めるようにモズに視線を向けるが、当の本人はモズにしては珍しく、食べ物である米に目を奪われて目をキラキラさせているので気付いていなかった。


「……本当に大丈夫なの?」

「まあ海の魚でもアニサキスとかシガテラ毒の危険性はあるけど」

「駄目じゃない!」

「大丈夫な魚使うから!」

「魚の生食は余程鮮度の良いものでないと避けた方がよろしいかと……」

「ほらぁ! シェフさんもこう言ってるじゃない!」

「そんなぁ……」

ご清覧いただきありがとうございました!

丁度リアルだと夏ナスが旬の時期なので翡翠茄子を出しました。私が食べたかっただけです。


ちょっと面白そうじゃん? と思った方はブックマークをよろしくお願いします!

いいねや評価、レビュー、感想等も歓迎しております!


※2024/07/24 追記※

申し訳ありませんが、急遽本日の更新はお休みとなります!

ちょっと色々とリアルで色々とゴタついてしまい、更新する暇がなく……申し訳ありません。

土曜日更新もできるか分からないです……。

なるだけ土曜日には更新出来るようにします。

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