86 あの日の約束
「……で、これが私の持っている最後の一つ、『約束』です」
最後に出されたその絵画は、これまで見せてもらった絵画より一回り小さいサイズで、森の中に居る幼い少女と男性の絵だった。
野生のシキヨウ――花が咲いているので恐らく時期は五月頃だと思われる――の木の下に、鳥人種にも竜人種にも見える男性が座り込んで木の幹にもたれかかっている。その男性に、白いワンピースを着た鳥人種の少女が、自身のものらしい羽を差し出していた。
先程どう見ても自分がモデルらしきエッな絵画を見てしまったルイちゃんは警戒していたのか、布が取り払われた瞬間にラガルの視界を隠そうとしていたが、どこからどう見ても健全でスケベと意味深が一切無い雰囲気のそれを見て、ほっとため息をついた。
男性は身なりの良い格好をしているが、貴族と言うより、少々アングラな雰囲気がある。上着のボタンを閉めていなかったり、首元のタイを緩めていて、少々くたびれたような印象を覚えた。
少女の足下に置かれている花かごには、溢れんばかりのシキヨウの花らしき白い花が入っている。ピクニックではなく、シキヨウの花の収穫を手伝っていたのだろう事が窺えるが、まるでブーケのようにも見えた。
約束、というタイトルから察するに、「大きくなったら結婚して下さい」という、幼い子供特有の発言に絡めた絵画なのだろうか。鳥人種はプロポーズの際に自分の風切り羽を差し出すと言うし。これをやるのは、普通男の方であるのだが。
今まで見た「薬草摘みの娘」や「慈愛」と同じく茶髪で茶色い羽ではあったが、それらが大体十五、六歳程の年齢に描かれているのに対し、この絵画では五歳から七歳くらいの幼さで描かれている。
二つの絵との大きな違いは他にもある。絵のタッチも今よりやや荒っぽい気がするし、人物の顔もあまり鮮明には描かれていない。まるで、過去に見たものを思い出しながら描いて、結局詳細までは思い出せなくて妥協したようだったし、技量が足りず途中で描くのを諦めたようでもあった。
しかし、私が一番気になるのは――。
「スティーブンがこういった風景画で男を描くのは凄く珍しいんですよ。でも世間一般的な鳥人種男性のプロポーズとされている風切り羽を渡す行為を、子供とはいえ女がしているってことで、世間からの評価はあんまりって感じなんですよ。私としては、子供故の無知さが微笑ましいなーって思うんですけどね」
「うう……私も小さい時にやっちゃった事あるから、人事だとは思えないよぉ……思い出すと恥ずかしい……!」
「あらあらまあまあ。おてんば少女だったんですか? 可愛い~!」
「そ、そんなんじゃないよ。確かにおしとやかとは言えなかったかもだけど……」
「後でその話聞かせて下さい♡ いっそ女性面子集めて女子会しましょ♡」
ユリストさんはルイちゃんとそんな会話をした後、自然な動作で私に近づくと、ルイちゃん達に聞こえないようにか、声を潜めて問いかけてくる。
「ちょっとトワさんに聞きたいんですけど……この男って」
「うん。ウォルターに似ている」
「やっぱそう思います? だから買ったんですけどね、これ」
襟足の部分が黒く、それ以外は白い髪色。
羽毛はあるものの、一部が腕のようになって爪の生えた翼。
似ているのだ。ウォルターの特徴に。
髪色は、まあ。良くあると言える程度の特徴だ。オウギワシ系の鳥人種だって白やグレーベースで黒い襟足だし、人に近いタイプの獣人種だって柄の入り方によってはこんな髪色になる。
翼の方も、荒いタッチのせいでそう見えるだけかもしれない。何なら爪のような部分は、実はそこだけ白い模様が入っているだけの可能性だってある。
だけれども、私にはどうしてか、この絵に描かれている男性がウォルターに見えて仕方なかったのだ。
「この絵が出回ったのって、いつ頃です?」
「えーっと……スティーブンが爵位もらう前の話だったから……少なくとも、五年以上前のはずです。評価されてない絵っていうこともあって、詳しいことは分からなくて」
ユリストさんの言うことが本当ならば、少なくとも、この世界がおかしくなる前に描かれたものということ――つまり、正史にも存在する絵と言うことになる。
代表作の「薬草摘みの娘」とは絵柄も少し違うし、タッチも技法とは言えない荒さであることを考えると、かなり昔に描いたものという説の信憑性は高い。
「リチャード氏=ウォルター説、あると思う?」
「スティーブンは自画像を描くタイプじゃないですけど、名が知られる前の作品ですしねぇ……たまたま似てしまったか、偶然本人を見かけたのをモデルにしたって言う方が説得力があるかと」
「だよなぁ」
「ちょ、ちょっとぉ! 二人で悪巧みしないでよぉ!」
こそこそと話していたのが、ルイちゃんには「女子会でどうやって赤裸々に語らせよう?」と相談しているように見えたらしく、「ぷんすこ」という可愛らしい擬音が大変に合う怒り方を見せる。翼が小さいから分かりづらいが、興奮しているせいかふっくらと羽が膨らんでいてとても愛らしい。
ふくら雀じゃん。季節的にも合うし実に良い。見て幸せになれる縁起物だわ。
ラガルも私達と同じ事を思っているらしく、分かりやすい笑顔こそ無いが、ほっこりと表情を柔らかくしている。
普段おっとりしている子が怒ろうとするけど、怒り慣れてないからイマイチ怖くないのに必死にぷんすこするのって、キュンキュンしちゃうね。キュートアグレッションを感じる。かわいいねぇ……。
「いやーごめんごめん。他人の若気の至りというものは、聞いてて愉悦を感じちゃってねぇ」
「他人の不幸は蜜の味、とまでは言いませんけど、小さい子供の可愛いやらかしからしか得られない栄養素ってありますからね」
「それが恋の話ともなると実に微笑ましくて笑顔になっちゃう」
「わかりみが深い~!」
「ひどいよぉ! もうっ、二人のやらかしエピソードを聞くまでは絶対に話さないからね!」
「ルイちゃんの微笑ましい初恋の話を聞くためならなんぼでも話すけど」
「わぁ、トワさん無敵の人~」
誤魔化すために半分適当、半分真面目に答えつつ、頭の隅で思考を巡らせる。
少なくとも私達の知っている時点でのARK TALEでは、ルイちゃんとウォルターに接点はほぼ無い。いや、あるにはあるが、明確な交流は「愛らしい小雀のお嬢さん」以外だと片手で数えられるくらいにしか存在しないので、推しカプバイアスを除いて見るのなら接点は無いと言えるだろう。
となると、現状ではこの絵に描かれている男性は「他人のそら似」という可能性の方が圧倒的に高い。「あり得ない」と断言しても良いくらいだ。
だってこんな接点があったら、本編なり期間限定イベントなりキャラクターエピソードなりで、とっくの昔に追加されてたっておかしくないのだから。
ウォルイ既知設定はウォルイの民の集団幻覚! 公式で出ている情報以外は全部オタクの妄言! カップリングは公式で恋人or夫婦と明言されている以外は全て妄想!!
カップリングするオタクとしての秩序を忘れるべからず。いくら現実が自分にとって都合の良い推しカプムーヴをかましていたとしても、公式が非公式カップリングに媚びるのは金目当ての時だけなのだ……。
けれど、何だろう。何かが引っかかる。
自己解釈ウォルターとリチャード氏の言動が結構似ているのが原因だろうか。それとも、認識阻害越しなので比較ももへったくれも無いが、体格的に似通った部分を感じるからだろうか。
あり得ないことは理解しているが、やはりどうしても、私にはリチャード氏がウォルターにしか思えないのだ。
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