85 薬草摘みの娘
暇つぶしにルイちゃん達とおしゃべりをしながら茶をしばいていると、唐突に部屋の扉がノックされる。
ユリストさんがどうぞと返事をすると、ノックの主であるメイドさんが扉を開けて、一礼してから入室した。
「お嬢様、別荘から取り寄せたリチャード・スティーブンの複製画がようやく届きましたよ」
「本当!? どこに運びました?」
「まだ玄関ホールにありますよ。こちらまで持ってきましょうか?」
「お願いします! ……ですって、トワさん。お待たせしてしまいましたけど、ようやく届いたみたいですよ!」
「あ、ああうん、そっか。お手数おかけしました」
何でリチャード氏の絵画の話が? と一瞬思ったが、バラットに来た本来の目的を思い出す。
完全に頭の中から抜け落ちてた事だったので、取り繕うのが一瞬遅れてしまったせいか、ユリストさんは私を怪しんでジト目で睨み付けてくる。
「……あの、何か忘れてたって顔をしているように見えるんですけど」
「ぶっちゃけ醤油と味噌と米と豆腐で頭がいっぱいで本来の目的を忘れてました」
「ちょっと!?」
だって仕方ないじゃない。和食が食べられなくなって三ヶ月以上は経ってるんだもの。
途中からバラットに来る目的が完全に醤油と味噌と米と豆腐と梅干しになってたよ。
「というか複製画、こっちには無かったんですね」
「買った当時は当時婚約者が所有している別荘に避暑に行ってたので、そっちに飾ってたんです。本当は女公爵が来る前に到着するはずだったんですけど、土砂崩れの影響で到着が遅れてしまって」
「あーなる……って、婚約者ァ!?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ。私、ルーカスと婚約してるんですよ」
「な――何だってぇーッ!?」
私が素っ頓狂な声を上げたせいで、ルイちゃんとラガル、そしてヘーゼルがビクッと体を震わせる。
ルーカスは天才術師と言われているスペル研究家のキャラクターで、ゲーム内では現状たった一人しか実装されていない雷属性のキャラクターであり、ハーフアニバーサリー恒例の探偵パロディイベントでは、探偵コンビのヨダカとルイちゃん、二人の幼馴染みの心霊研究家として登場する。
外見は銀髪碧眼で線が細めの優男系イケメンだが、その外見とは裏腹に、何とも天才肌らしいフリーダムな性格をしている。性格のギャップと顔の良さから、キャラ人気も高い。
しかし本編では貴族という設定こそあれど、特に婚約者や恋人の話題なんて出ていない。だからこそカップリングで棒にも穴にもされているのだ。
実は婚約者が居て、しかもそれがユリストさんだっただなんて、初耳だ。
「ビジネスで関係あるって言ってたけど、婚約者ってどういうこと!?」
「貴族の恋愛感情が一切無い婚約なんて、ビジネス以外ないじゃないですか。ビジネス婚ですよビジネス婚。ビジネスパートナーとして長い付き合いをするんだったらいっそ結婚する、なんて普通のことですよ?」
「ち、知識では知ってたけど、いざ本人達の口から聞くと……貴族って大変ですね……?」
……これはBLになるのか? それとも男女カプか? いや萌えられるかと言われたら別だけども。
というか、それより男と結婚って良いのか? ユリストさん的にはそれで良いのか?
混乱で頭がぐるぐるしているが、ユリストさんは私にだけ聞こえるように「うちは養子取るって決めてるので、アッ――! な事にはなりませんよ」と疑問の答えを言ってくれたので、何とか落ち着きを取り戻すことに成功した。
事情を知らないルイちゃんには「ルーカスさんって人、知り合いなの?」と聞かれてしまったが、スペル研究家として有名だということでとりあえず話を濁した。
部屋に布で包まれた絵画が運ばれて来る。数は三つあり、早速ユリストさんはそのうちの一つから布を取っ払い、絵画を確認してから私達に見せてくれた。
「これがリチャード・スティーブンの代表作、『薬草摘みの娘』の複製画です!」
絵画の全貌が私達の目の前に晒される。現れたのは、残雪のある山々が遠くに見える農園で、籠いっぱいに草花を摘んだ少女が描かれている牧歌的な絵画だった。
少女はどことなくデジャヴを感じる見た目で、成人しているか怪しい年齢に見える、茶髪を低い位置でツインテールの鳥人種だ。
「これって……」
「……ルイ?」
ルイちゃんとラガルも気付いたらしく、ぽつりと呟く。
なるほど、と心の中で呟く。ダニエル女公爵が作品について詳しく話してくれなかった理由を、ようやく理解した。
本人と交流のある我々からしてみれば、描かれている娘のモデルが誰なのかは想像に難くない。確定的に明らか、と言っても良い。
リチャード氏が描く絵に登場する女性のモデルは、十中八九、ルイちゃんなのだろう。
ユリストさんはテンションが上がっていてウキウキ気分なのか、はたまたオタク特有のそれなのか、やや早口で解説を始める。
「スティーブンは大抵、肖像画でもなければ、鳥人種の田舎娘ってタイプで茶髪黒目の女の子ばっか描くんですよ。モデルになっているのは、噂によれば囲っている愛人だとか、懸想をしている相手だとか言われています。大穴で娘説もありますけど、絵の女性についての発言が完全に恋人について語っているような表現ばかりなので、この説については可能性は薄いかと」
「ねえそれって……いやなんでもない、続けて」
「ちなみにスティーブン本人については、一時期は種族が竜人種って言われてましたけど、女性の趣味が鳥人種なので、今はもっぱら鳥人種じゃないかって言われてますよ」
ちらりとルイちゃんの様子を伺うと、最初はぽかんとした表情で解説を聞いていたのだが、徐々に顔に赤みが差してきて、あっという間に首まで真っ赤になってしまった。
ユリストさんは気付いているのかいないのか、続けて次の絵画の紹介を始める。
「こっちはちょっとマイナーな方ですけど、魔物を抱きしめる少女を描いた『慈愛』っていう絵画の複製画ですね。すがりつく醜悪な魔物を描く事で、少女の分け隔て無い優しさを表現されている……って言われていますけど、私としては、どう見ても異種恋愛にしか見えないんですよねぇ」
最初に見た「薬草摘みの娘」とはうって変わって暗い色調で描かれているそれは、視線誘導として、全体的に黒い中で少女を唯一薄い色で描いていて、まず最初に少女に視線が行くようになっている。
魔物のデザインがゾンビゲームによく出てくるクリーチャーみたいな見た目をしており、その対比で少女の美しさや愛らしさをより強調しているのだろう。そんな一般的には「気持ち悪い」と言えるデザインの魔物を抱きしめる構図にすることで少女の優しさを表現しているのは充分に理解出来る。
ただ一つ、驚愕するべき点があって――少女が一糸纏わぬ姿で描かれているのだ。
紛うこと無き裸体!!
しかもそれがこれまたルイちゃんに似ている外見の少女で、思わず私は絵画とルイちゃんを交互に見てしまった。
当然局部や乳房の頂点は見えないように魔物の体や触手で隠されているが、逆にそれが大変想像をかき立てられてしまい、エッチな方面に見えてしまう。
いやこれは触手がエッチな薄い本でよく見るようなのが悪い! 俺は悪くねぇ!
だってラガルを見てみろよ! ルイちゃんがモデルの女性の裸婦画モドキを見て完全に性に目覚めた少年の顔してるんやぞ! 穴が空く程食い入るようにガン見してるじゃないか! 煩悩にまみれた私じゃなくてもそう見えるってこれは!
……ラガルの性癖歪んでないかな。
大丈夫か? 触手プレイか異種姦を性癖畑に植え付けられてない?
「……ちゅあっ!? だ、ダメッ! ラガルさん見ちゃダメ! ユリストさん、早くそれ隠してぇ!」
ラガルのそんな様子に気付いたルイちゃんは、小さい悲鳴を上げ、ラガルの目を塞ごうと手を伸ばした。
ラガルは言われてから慌てたように謝罪の言葉を言って両手で顔を覆うが、指の隙間から見ているのが私には分かる。絵画の方だけではなく、ルイちゃんの事も見ている。
今までは確かに異性愛を抱きはしていたけれど、性愛という視点はなかったもんねぇ。
もうルイちゃんのことをそういう目で見ちゃうようになってしまったねぇ。今までの純粋な好意だけの頃には戻れないねぇ。どうあがいても男の欲望が混じった好意、もとい恋愛感情しか向けられなくなっちゃったねぇ。
ラガルイ本格的に始まったな。やったぜ。
推しが性に目覚める瞬間を観測出来てニコニコしちゃうな。
「女性の裸体を描いた絵なんて星の数程ありますし、そんなに気にする程でもないじゃないですか。若いですね~」
「そういう問題じゃないんだよなぁ。というか気付いてないんかい」
ご清覧いただきありがとうございました!
誤字報告して下さった方、ありがとうございました。
自分だと気付かなかったりするので、こういった報告をしていただけると本当に助かります!
とはいえ、本当なら誤字脱字が無いのが一番。自分の方でも、今一度チェックするようにします。
特に最近は推敲をサボりがちなので……読み返すのが怖い……。
こういうのって投稿時は気付かないのに、読み返してみると気付くんですよね。
何ででしょうかね。
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