81 世界を見る瞳
「――はっ」
体感数秒の意識の暗転から覚醒した私は、白い天井と、若干見慣れつつあるシャンデリアという光景に数回瞬きをする。
おかしい。ここはネッカーマ邸で私達に割り振られた部屋だ。
私は冒険者ギルドで、モズの見えているものを見るために千里眼の刻印を使ったはずなのだ。少なくとも、冒険者ギルドの応接室の光景が見えていないといけないはずなのに。
ここまで考えてようやく、私はベッドに寝かされていることに気が付いた。
体を起こして、手を動かす光景を見る。それが自分の感覚とリンクしている事から、何故か千里眼の刻印が発動していないらしい。
何で? と更なる疑問が頭に浮かんだ瞬間、ベッドの傍に居たらしいモズが凄い勢いで飛びついてきたため、私は再びベッドに沈んでしまった。
テーブルで何かを話し合っていたジュリアと、冒険者ギルド前で分かれたはずのルイちゃん達がその物音に気付いて振り向き、全員が一斉に駆け寄って来た。
「トワさん、気が付いたんですね! 良かっ――」
「ドワ゛ざああああああん!!」
「ンげふっ!?」
ルイちゃんが真っ先に声をかけてくるが、起き上がり描けていた私に、モズの三倍の勢いで飛びついてきたユリストさんの声でその声はかき消されてしまった。
ついでに飛びついてきた勢いでユリストさんの頭と私の顎がぶつかったため、もう一度意識を飛びそうになった。
顎はアカン。人間、顎を揺らされると脳も揺れるんやぞ。
「よ゛っ、よ゛がっだぁ!! 目゛ぇ覚゛ま゛じでる゛!! い゛ぎでる゛よ゛ぉぉぉ!!」
「くっ、苦し……! ユリストさん、ギブ、ギブ……!」
何でユリストさんがラガル以上に汚く泣きじゃくっているのか、どうしてネッカーマ邸にいるのか、一切何も分からないが、とりあえずひっついて離れないモズとユリストさんを引っ剥がす事にする。
引っ剥がしてはまた抱きつかれを数回繰り返し、ようやくユリストさんが落ち着いたので、私はやっと口を開く。
「えーとですね、まずは皆様に大変ご迷惑をおかけしたようで……? 一体何があったんです? 私、確かモズに『千里眼』の刻印を入れて、視界ジャックしようとしたはずなんだけど……」
「対となる刻印を自分に刻んだ瞬間、意識を失って倒れたんだ。それどころか、呼吸と心臓も止まっていたんだぞ」
「ファッ!?」
「冒険者ギルドに居たゴールドランクの術師の呪文でも何の効果も無かったんだ。たまたまモズがゼリオン剤を持っていたから助かったが、処置が遅れてそのまま死んでいたかもしれなかったぞ」
「念のため持たせておくようにしておいてよかった!」
更に話を聞いた所、冒険者ギルドでゼリオン剤を使用し、私が息を吹き返してからネッカーマ邸へと運ばれたらしい。
ゼリオン剤を使った時点で命に別状は無くなったらしいのだが、中々目を覚まさなかったため、ルイちゃん呼んでどういった処置をするべきかと話しているところで、私が目を覚ましたということだそうだ。
「一体何があったんだ?」
「いや私にも全く。えー……一体どうしてこんな事に……?」
刻印は動物実験した際に使用したものと全く同じものだから、異常は無いはずだ。なんせ全部【複製】と【固定】を使ってコピーペーストしているんだから。
刻印自体には異常が無いとすれば――モズが原因だろうか。刻印を貼り付けた際も、「変な感じがする」と自己申告していた。そうなると私が息を吹き返したのは、恐らくゼリオン剤によって刻印を貼り付ける前の状態に復元されたから、と説明がつく。
だがゼリオン剤の効力は、骨折なんか数秒で治ってしまうし、死にかけた人を健康な状態にまで回復してしまう。現場には排気魔素で汚染された竜玉だってあったわけだし、それが何かしらの悪影響を及ぼした結果かもしれないのだ。一概にモズか刻印が直接的な原因だとは断言出来ない。
とはいえ、再現するつもりは無い。自ら進んで死にかける真似はしたくないのだ。
結局、原因は分からないまま、とりあえずルイちゃんの診察を受けながら様子見ということで、私は最低でも一日は安静にすることになった。
貿易都市の市場、見たかったのに……!
ルイちゃんとラガルは薬の材料を買いに、ジュリアは事の顛末をダニエル女公爵に報告しに行くために、ユリストさんはベッショベショに泣きじゃくりながら私の傍を離れようとしなかったが、ジュリアに「静かに休ませてやれ」と半分引きずられて部屋から出て行って、私とモズの二人だけが残った。
否、ヘーゼルも居るので、二人と一匹か。
暖炉近くのクッションで丸まっていたが、事情通以外の人が部屋から出て行ったのを察知したのか、盛大な欠伸と伸びをしてからベッドの上までやって来て、未だ私にしがみついて離れないモズの頭まで登り、ちょこんとおすまし座りをした。
「元気そうで何よりだよ。一時は植物状態になっていたらしいじゃないか」
「自分としては数秒気が遠くなった程度にしか思わなかったんだけどねぇ……」
「僕がいない時に死にかけられるとちょっと面倒だから、今後は気をつけてね」
「悪ぅござんしたね。……何かモズの視界を見ようと千里眼の刻印使ったらこうなったんだけど、原因分かる?」
「うーん、状況を説明されただけじゃなんとも言えないね。僕の方で状況を再現するから、千里眼の刻印を付けてくれるかい?」
モズに付けていた千里眼の刻印の刻印はそのままだったので、ヘーゼルの方にモニター側の刻印を貼り付ける。
ヘーゼルはしばらく、フレーメン現象が起こっている猫のように目も瞳孔も大きく開き、口を半開きのままあらぬ方向を見つめる。十数秒程そうしていたが、数回瞬きをしたら元の無駄に可愛い動物フェイスに戻り、「もういいよ」と言った。
二人から千里眼の刻印を【分離】して、ヘーゼルの見解を聞く。
「なるほど、彼が『鑑定眼』を使っていたせいだね」
納得いったようにそう語ったヘーゼルの言葉は、私にとっては意外なものだった。
「鑑定眼? 鑑定スキルの魔眼版みたいなもんか。そんな最弱から成り上がり系ネット小説でよく使われるスキルだけど、ARK TALE内にもそんな能力があるだなんて初めて知ったし、モズが鑑定スキル持ちだとは思わんかったわ」
「おや? 存在していると知らなかったのかい?」
「ARK TALEにも、世界観が同じの勇者は世界を救うものにも、鑑定スキルの概念は無かったからね。でも、言っちゃ悪いけど、ステータスを見る程度の能力で人がぶっ倒れるなんて、そんなことある? 単に私が鑑定スキルと相性悪すぎただけ?」
「君の言う鑑定は、対象の情報のほんの一部を可視化する程度のものだろう? この世界の鑑定スキルとは、概念が少し違うね」
モズの頭の上だというのに、たまたま香箱座りをしたらジャストフィットしてしまったのか、「案外良い座り心地じゃないか」と小さく呟く。子供サイズの頭の大きさと、子供体温でぬくいのが丁度良いのだろうか。
「ここで言う鑑定眼は、アカシックレコードを見る能力の事だよ」
「あー、世界の記憶全ての概念っていうアレね」
「彼の使う鑑定眼は、そうだね……例えば、ある人間の情報を見るとする。普通の鑑定なら、その人物の名前や年齢、身長体重、ステータスと保有スキルといったプロフィール、現在の状態、もう少し詳しく見られるのなら人間関係やスキルの詳細、ステータスの成長率といった所も見られるだろう」
「まあ、ネット小説のチート鑑定だとそういう感じのはよくあるよね。それにプラスして弱点看破だの、動きの先読みみたいな真似事をすることもある」
「それだけじゃない。その人間が今日今までどんなものを食べてきたのか、その食べたものの食材の品名と産地と生産者と使われた肥料と土と水と……話が長くなるからこの辺りで切り上げるけど、そういった感じで、見ようと思ったものを始点として、世界の始まりまで遡った情報全てを、どんな些末なものであっても一片たりとも取りこぼさず、全部まとめて情報を全部見る力で――彼はそれを、目に入るもの全てに対して、常に発動している」
そこまで聞いて、ようやく納得する。
要するに、あまりにも膨大すぎる情報量に脳が耐えきれなかったのだろう。DDoS攻撃を受けてサーバーが破壊されたようなものだ。
あまりにも多すぎる情報を直接頭に流し込まれてしまった結果、発狂を通り越して脳細胞がバグってしまい、生命活動に関する信号に影響が出て脳死状態にでもなったのだろう。
……一瞬でそうなってしまうレベルの情報量って何だよ。一体モズは、何を見ているんだよ。
「……って、それじゃあどうしてモズは平気なんだ? 人一人軽く殺せる情報量なんでしょ? 常に世界にDDoS攻撃されとるやんけ」
「どうしてだろうね?」
「分からないんかい!」
「僕は全能じゃないからね」
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