79 他人の振り見て
各々馬車に乗り込み、冒険者ギルドへと出発する。そこで私とモズ、そしてジュリアは降りて、ラプトレックスについての調査報告を聞く予定だ。
ルイちゃんとラガル、そしてユリストさんは、市場を見てから屋敷に帰る予定である。
う、羨ましい……! 私もファンタジー世界の各国の品々を見て回りたい……!
だが仕事である。悲しいね……でもいい大人だからね、我慢するよ。トワさん社会人だもん……。
冒険者ギルドに着くまでは少し時間がかかる。今のうちにやることをやっておこうと、私は渾身の謝罪を軽く流されてしょぼくれているラガルに話しかけた。追い打ちをかけるようんだが、致し方あるまい。
「で、だ。ラガル、さっき後回しにした事だけど」
「後回しにしたこと……?」
「いくら取り乱していたとはいえ、人様になんちゅう事言ってんだって話よ」
忘れたとは言わせんぞ、とまでは言わないが、ラガルは察したらしい。ふいっと顔を背けて目を合わせないようにしている。
「ええっと、確かこの後って、トワさんはジュリアちゃんと一緒に冒険者ギルドに行くんだよね!」
「まあ、そうだね」
わざとらしい明るい声で、ルイちゃんは話題を変えてきた。
ルイちゃんは優しすぎる故に、怒るという事が苦手だ。それ以前に、こういった不和不和タイムを非常に苦手としているのか、そういう雰囲気を何とかして回避しようとする嫌いがある。
それ自体は悪い事ではないし、ギスギスした空気にはなるだけしたくない気持ちも分かる。
だが、それはそれで、これはこれである。どうしてもこういった説教が必要になる時はある。
出来るだけ早めに説教を終えるから、我慢してもらおう。
私はルイちゃんの話題を軽く受け流し、話を続ける。
「それはともかく、せめて人に聞かれないように愚痴るなり陰口叩くなら分かるけど、あんな大声で人様に向かって『頭おかしい』はやめようか。ラガルはオブラートに包むというのが苦手なのは分かるから、せめてお口チャックくらいはしてくれん?」
「と、トワさん、もうちょっと優しい口調で……!」
「口が悪いのは申し訳無い。けど、こんな風に人を怒らせる様なことを言ったってことは、分かるね?」
自分は一切関係無いのに、まるで自分が説教を受けているように狼狽えて、目に薄らと涙を滲ませるルイちゃんに罪悪感を覚える。
そういえば、こんな風にルイちゃんの前で怒気を含んだ態度を取ったのは初めてかもしれない。
そりゃあ注意するくらいはよくあった。だが私自身、人前だと怒っても無理矢理飲み込んで我慢しようとする性格な上、こんな推しに囲まれたハッピーライフで怒るような事なんて無きに等しかったから、そもそもそんな機会が今まで無かった。
しかしいくら自分の推しとはいえ、人様の好きなものを、そして人様を「おかしい」と言うのは流石に許せない。
言葉のナイフなんて良く言うが、まさにそれだ。そんなもん、悪気があっても無くても、人に向かって振り回さないで欲しい。
私は友人への暴言を許せるほど心が広くないし、温厚でも無いのだ。
ばつが悪そうに顔を背けるラガルに、私は続ける。
「例えば、だ。ある人がラガルの前の前で、ルイちゃんの事を『うっわブッサ! しかも八方美人でぶりっこで他人に媚びるような性格とか最悪! そいつの事好きとかありえねー、趣味悪っ!』とか言ったらどう思うよ」
「はぁ!?」
「例えばの事な、もしもの話」
ルイちゃんをこんな例え話に使いたくはなかったが、ラガルの一番好きなもので例えないとイマイチ伝わらないだろうと思い、あえて利用した。
ちなみに私がそんな場面に遭遇したら、ふざけんなボケカスコラ、とブチギレる。経験済みだ。
「ふざけるなって思う」
「そうだろ? 私達もラガルの発言に、そう思った訳よ」
八方美人でぶりっこで他人に媚びるような性格、というのは、ルイカプの民に嫌がらせ粘着をしていたクソアカウントが呟いていた発言である。絶対に許さないし一生忘れないからな。
まあ、原文はもっと酷かったけど。ルイカプの民への誹謗中傷以外の、ルイというキャラクターに対してもヘイト発言も数多く呟いていたし。
キモい夢女が自己投影するために作られたキャラだの、二次創作はルイカスオタの自己解釈(笑)でスーパーヒロインに捏造されたキャラ崩壊作品しか出てこないだの、キャラ改悪ばかりされて逆に可哀想になってきただの、そもそもこんなクソブス性悪芋女なんて誰も好きにならない、そりゃあもう酷い言いようだった。
元の世界に戻って本人に会ったら、「ふざけんな! お前こそ原作に一切描写されてないのに、復讐しか頭に無い腹黒バーサーカーキャラに改悪して二次創作してるくせによぉ!」とはっ倒してやりたい。
しばらく一緒に暮らしているからこそ分かるけど、ルイちゃんはそんな性格してないし、確かに誰にでも優しく接する態度は見ようによっては八方美人に見えるかもだけど、それは争い事を嫌う故に穏便に済まそうと努めているからだ。
外見だってそもそものゲーム内イラストの時点で可愛いし、確かに垢抜けない印象はあるが、実際のルイちゃんはその辺のアイドルよかよっぽど可愛い顔立ちだぞ!?
第一、周囲との調和を尊ぶ穏健で思いやりのある垢抜けない少女キャラは、プロスタの性癖であって公式じゃい! 公式の推しやぞ歴代作品見てこいや! 九割くらいの確率でルイちゃんに似たキャラ居んぞ!
何より! 夢女だったら既存キャラに自己投影せずに、自己投影型ならば自身のままで夢主に成り! オリキャラ型ならば自分の考えた最高の夢主を作るもんじゃろがい!
夢女という生き物を舐めるな!
成り代わり? それはまあ夢じゃなくて、そういうジャンルなんで別物です。
「別に何かを嫌いになるなとは言わないよ。人間誰しも、嫌いなもんはあるからね」
全てを許容しろなんて、どだい無理な話だ。ルイちゃんでさえ母親という地雷があるのだ。地球上の全てが愛おしい、なんて人が居るとしたら、狂人くらいだろう。
「でも大人なら、隠す努力をしなさい。見て見ぬ振りをする忍耐力を鍛えるなり、人に見られないよう、聞かれないような方法で発散するなりしなさい。決して、他人に害を成すような事はしちゃ駄目だ。分かったね?」
許容なんて出来なくったって良いのだ。
ただそれを、どうやって他人に攻撃性を向けずに、自分の中で消化するかが重要だ。
ラガルが静かに頷くの見届けて、お節介おばさんの面倒臭いお説教は終わりにする。
「悪いね、空気悪くしちゃって。口うるせえおばさんのおしゃべりタイムは終わったから安心して」
数回手を叩き、なるだけ明るい声でそう宣言する。
ラガルが恐る恐るといった様子で視線を合わせてきたので、私は努めていつも通りの調子で「もう怒ってないよ」と伝えると、ほっと安堵のため息をついて安心したようだった。
いや飼い主に怒られた犬か? あるはずのない垂れ犬耳と尻尾を幻視したわ。
しかし、ラガルは落ち着いた様子を見せたものの、ルイちゃんは未だにオドオドとしている。
「……ねえ、トワさん」
「えっ何そんな怯えてるの。もうトワさん真面目モード終わったよ?」
「……もしかして、実は私のこと、嫌な子だって思ってたりする……?」
「違うからね!? ルイちゃんはさいかわ小雀で他人を気遣える繊細で優しい子だからね!? あること無いこと適当に抜かしただけで、私がルイちゃんの事嫌うとかあり得ないから! 信じて!!」
どうやら体験談から引用した台詞のせいで、例え話が妙に生々しく聞こえてしまったらしく、あらぬ誤解を生んでしまったようだ。
私は冒険者ギルドに到着するまでの間、ひたすらルイちゃんに謝り倒し、何とか誤解を解いては、むくれてしまったルイちゃんに再び謝り倒す事になったのだった。
尚、実際の所、ルイちゃんはすぐに許してくれていたらしいのだが、私に「人のこと言えないでしょ」とお仕置きのつもりでむくれたフリをしていたとの事だった。
ごもっともです……。
他人の振り見て我が振り直します……。
ご清覧いただきありがとうございました!
まだまだ筆が進まない状態ですが、お休みをいただいて久し振りにインプットが出来たので満足です。
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