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78 可愛いの基準には個人差がある

「か、会話内容が聞きてぇ~! スペル試してみたけど波の音で全っ然聞こえないよぉ!」

「えっいつの間にスペル使ってたんですか。行動が早い」

「でも我々の知り得ない二人きりの会話だからこそのエモさもあるから聞きたくない感もある~!」

「心が二つある状態になるのはオタクあるあるだよね、わかる」


 セレナはどことなく目をキラキラとさせて、そっと手を伸ばそうとするが、丁度一際大きい波が近くの岩を打ち付けた音で驚いてしまったのかビクリと肩を震わせ、そのまま手を下ろしてしまった。


 な、何その、何~~~~~!? 勇気を振り絞って触れようとしたけど、環境音にそのか細い勇気を折られてしまって結局諦めるやつ~~~~~!!

 そういうの大っ好き!! ありがとうセレナ! 目の前でそんな行動をしてるのに、相手は盲目だから一切気付かないっていうのがまたすれ違い感を感じてエモいんだよなぁ!


 そうしてセレナはしばらくヘレンの言葉に耳を傾けていたが、話し終わったのか、大きな体を引きずって、海へと帰っていった。


 それを見届けユリストさんが、私達を見据え、曇り無き眼で言う。


「ここには宙族なんて居なかった。百合の花が二輪、咲いていただけだ。いいね?」

「アッハイ」

「は? 何言って」

「ここは『はい』って言うべきシーンだからお口チャックしとき」


 ラガルの「何言ってんだこいつ」発言に言葉を被せる。

 ここには百合の花しか咲いていない。野暮はいらないのだ。


 ヘレンはセレナが居なくなった事を察したのか、少し名残惜しそうにしながらも、海に背を向けて歩き出す。足下に気をつけているのか、その足取りはゆっくりとしたものだった。

 もう少しヘレンにセレナとの交流の余韻に浸らせたかったが、ユリストさんが雪を見た犬のような勢いで走り出し、止める間も無くヘレンの元へと向かって行った。


 流石にユリストさんの気配に気が付いたのか、ヘレンは足を止め、少しぎこちなく微笑んだ。


「あっ……先程の方々ですね。どうされましたか?」

「岩場の方に入っていくのを見かけたので、滑って転んだりしたら危ないですし、心配で様子を見に来たんです! とっても素敵な方とお話されていたようですけど、どんなお話をされていたんですか!?」

「控えろ控えろ」


 少し遅れて追いついた私は、ふんすふんすと鼻息荒く興奮してヘレンに詰め寄るユリストさんの首根っこを引っ掴み、引き剥がす。


 気持ちはわかるよ。でもグイグイ行き過ぎだって。犬だったら嬉ションしてそうなレベルに興奮してるじゃん。

 まあ十ウン年推しカプ断ちしてたのに、急に原液をぶち込まれたら歯止めも利かなくなるか。


「私はよく此処を散歩しているので、大丈夫ですよ。あの子には怪我の具合などを聞いていただけですよ」


 ふと、ヘレンは何かを思いついたように両手をポンと合わせ、口を開く。


「随分と体の大きな子でしたが、どんな種族の方だったのですか?」

「とっても綺麗な(にん)――むぐっ」

「ただの魔物ですよ、大きさの割に可憐な見た目をした、ね」


 人魚だと言いかけたユリストさんの口を塞ぎ、そう答える。目が見えない相手だから、漫画で良くある、目の前であからさまな情報操作が行われていたとしても気付かれないので助かった。

 でも、助けたのが人族の敵である宙族だと知ったら、追い打ちでショックを受けて、今度こそ立ち直れなくなるかも知れない。

 ヘレンがそこまでメンタルが弱いとは思っていないが、物事を丸く収めたいからね、多少の嘘は仕方ないよね。


 セレナを「ただの魔物」と言った私の発言が信じられないのか、はたまた「可憐」と評したのがあり得ないと思ったのか、ラガルが目を剥いて私を凝視してきたのだが、スルーしておく。

 うるせえ! 人に似てるけど人じゃないちょっぴり人っぽい人魚だろうが、魚面のディープワンだろうが、顔面がただのトカゲな爬虫種の人族だろうが、可愛いモンは可愛いじゃろがい! 私は原型クトゥルフを萌えキャラだと思っている人間だぞ!

 それに未来では人魚はともかく、深海に潜る前の魚人は「魚人種」ってちゃんと人族の枠組みに入るようになるんだから一切問題無ッシングだわ!


「あの子、またここに来ると思いますから、また見に来てあげて下さい! 絶対そうした方が良いですって! ヘレン様に好意を持っていますよアレは! 間違い無く仲良くした方が良いですよ!」

「落ち着け落ち着け」


 また暴走しかけてるユリストさんを押さえる。いや暴走機関車かよ。剛力の刻印付けっぱなしにしといて良かったわ。

 てか若干目がキマってんだけど、大丈夫かこの人。ラガルがドン引きしてるぞ。私も若干引いてる。一回意識強制シャットダウンさせないと冷静になりそうにもないぞこれ。


「ともかく、ここは足場も悪いですし、冷えるでしょう。教会まで送りますよ」

「まあ、ありがとうございます」

「ぼ……私がエスコートしますよぅ! ささっ、こちらへどうぞ!」


 尻尾を千切れんばかりにブンフン振りつつも、ヘレンの手を取る動作はおしとやかなお嬢様そのもので、突撃しないかと少しヒヤッとした私の心配は杞憂に終わった。

 ユリストさん、口から出る言葉は滅茶苦茶テンション高くて暴走しがちだけど、ふとした瞬間に見せる地らしい所作はお嬢様だし紳士なんだよなぁ。

 顔はお嬢様らしかぬニヤケ顔だけど。


「な、なあ……」

「あ……な、何でしょう?」


 不意に、ラガルが口を開き、ヘレンに話しかける。ヘレンは先程のこともあるせいか、ヘレンというキャラクターとしては非常に珍しく、どこか彼を嫌がっているように見えた。


 しかし、やや押しつけがましい所はあるが、慈悲深いと公式でも言われている彼女が人を嫌うような事はまず無いだろう。単に気まずいだけだと思う。

 いや真っ正面から「上から目線してきて嫌い」って言われて気まずくならない訳がないし、十中八九そうでしょ。


 ラガルはしばらくもごもごと小声で何かを呟いていたが、ヘレンに聞き返されて、ようやく私達にも聞こえる声量で伝える。


「……さっきは、悪かったよ。酷いこと言って……」


 ちゃんと謝れてえらい! すごい! 人間性の伸びしろがある!

 今すぐそう褒めてやりたかったが、それは後で説教し終わった後にゆっくりとしよう。今は、二人を見守るに徹するのみだ。


 しかし、ヘレンの反応は薄い。「気にしていませんよ」とは返事したが、それだけだ。彼女もまだ若いし、気まずくてどう返答したらいいのか分からないのかもしれない。

 彼女の煮え切らない反応に、ラガルは若干傷ついたような表情をしたが、私は慰めるようなことはしなかった。


 自分が悪かった所について謝罪するのは大事だ。だが、必ずしもそれが受け入れられ、許される訳では無い。

 謝罪とは他者に許しを乞うためにするのではなく、自分に非があったと認めるための行為だからだ。


 何とも言い難いいたたまれない空気を吹き飛ばそうとしているのか、ユリストさんがいつもよりわざとらしい大声でラジオパーソナリティーばりにしゃべくり倒すのをBGMに、私達は教会へと戻り、そして挨拶もそこそこに別れたのだった。

ご清覧いただきありがとうございました!

前回でもお知らせしましたが、次の更新日である6/19(水)はお休みとなります。

来週土曜日までお楽しみに!


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