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77 声を無くしたセイレーン

 砂利浜の近くには、荒波に削られながらも未だ立ちそびえる大岩がいくつもある岩場がある。ヘレンはその大岩の向こうに行ってしまい見失ったが、こんな人気の無い場所に何人も人が居るわけでもないし、すぐに追いつくだろう。

 砂とまではいかないが、目の細かい砂利に足を取られ転びそうになりながら、ラガルは海風でかき消されそうな声量でぼやく。


「てかあいつ、僕の羽を治せるとか言ってたけど、何で自分の目は治せないんだよ……」

「契約の代償のせいだね。とは言っても、まだ母親の腹の中に居る時に、親がやったせいなんだけどさ。そのせいで自分の視力だけは何をどうしても治せないんだ」

「契約? 何とだよ」

「そりゃあ悪魔以外に居な――」

「あっ、あそこに居ましたよ! おーい、ヘレン様ぁー!」


 話している途中で、ユリストさんがヘレンを見つけたらしく、ぴょんぴょんと跳ねて大きくてを振りながら大きな声で呼びかける。胸のたわわもばるんばるんと跳ねた。


 ヘレンは岩場の奥に行ってしまったかと思ったが、そうではなく、私達からは見えなかった死角に居たらしい。近くには、白くて大きな何かがある。海から流れ着いた漂流物だろうか。

 しかし、声をかけたものの、彼女の反応は無い。何かスペルを使っているのか、薄黄色の光の粒子が彼女の近くを舞っているので、あの漂流物らしきものは生物らしく、それの治療に集中しているのだろう。単に波風の音で気付いていないだけかもしれない。


 仕方なく近づこうとして――急にモズが上着を掴んで引っ張ってきたので、足を止める。


「どした、モズ」

「だめ」

「はい全員ストップ。モズが危険信号出してる」


 モズは私の上着を掴んでいない方の手で、腰に差した刀の鯉口を切っていた。

 問答無用の臨戦態勢。こんな状態のモズを見るのは、初めてかもしれない。


「えっえっ、危険信号って何ですか? 危険ってことは、ヘレン様が危ないかもってことじゃないですか! 助けに行かなきゃ!」

「待て待て待てーい! 一端落ち着いて状況把握が優先ですって!」


 すぐにでも走って行きそうなユリストさんをひっ捕まえるものの、種族柄力が強いのか、若干引きずられる。既に岩場に入ってしまっているので、足下は多少踏ん張りが利くかと思いきや、海水で滑って砂利浜より危ない。

 剛力の刻印を使って何とか引き留めて、大岩の影に引きずり込んだ後、犬にするように頭をわしゃわしゃ撫でまくって落ち着かせる。

 ……いや犬か。お散歩ハイになって暴走するハスキーかこの人。


「ユリストさん、接近戦は?」

「身体強化をバチバチにキメて殴る程度しか出来ません!」

「オッケーそんじゃあラガルの護衛任せます。こいつ現状非戦闘員なんで。ラガルはまずユリストさんから離れないこと、そんで自分の身の安全を第一にすること。いいね?」

「わ、わかった……」

「私とモズが先行する。で、モズ。何が駄目なの」

「アレ、おいらと()()

「違う? そりゃ」

「見てっとぞわぞわする。一緒に()ったらだめじゃ。頭おかしなる」


 そう語るモズの言葉に、一つ思い当たる存在が居た。


「あー、まさかとは思うけど」

「ねえ……アレ、流れ着いた水生の魔物だと思っていましたけど、もしかして」

「宙族だね。いわゆる――人魚だよ」


 人魚。それは、上半身が女性で、下半身が魚類の形をしている生物であり、この世界では「宙族」に分類されている。モズが危険だと察知したのは、ヘレンが治療しているのが宙族だったからだろう。


 何故人類の敵とされている宙族に分類されているかと言えば、簡単だ。彼女らは人魚なんて名称を付けられてはいるが、その実体はギリシャ神話のセイレーンというより、クトゥルフ神話の深きものどもやダゴン、ハイドラに近い存在で、「神を宿す胎」と呼ばれている。その名称から、考察界隈ではクトゥーラがモデルか、そのものだという説が有力だ。

 ARK TALEにおけるクトゥルフ神話的存在は大体宙族だし、敵キャラにそもそも「ディープワン」という、明らかに見た目も名前も深きものどもな宙族エネミーが登場しているし、魚人はこの世界においては人類の敵とされているんだ。

 まあ未来では人に近い外見の魚人はセーフになったけど、未来(それ)未来(それ)(これ)(これ)


 ちなみに、この世界において、人魚に関しての伝承はいくつかあるが、その中でもセイレーンタイプのものに関してはこう伝えられている。

 曰く、一目見れば狂ってしまう程の美貌である。

 曰く、その声は神の囁きに等しき心地である。

 曰く、そうして人を惑わし、海の底に引きずり込み、食らってしまう。

 現にセレナとの戦闘は、主人公を含むキャラクター達がアンドロイドである相棒と盲目であるヘレン以外の全員が魅了、あるいは恐怖で動けない状態にされてしまい、戦闘もその二人以外を選出すると魅了もしくはスタン状態を付与された状態から開始される。


 セレナは声を出せないという設定があるから、外見を直視してもまだ精神分析(物理)をかませば正気に戻る程度で済んでいるが、これで声を聞いてしまったらどうなってしまうのか。考えるだけでも恐ろしい。


 人魚は気が付いたのか、ゆっくりと体を起こし、自身に治癒のスペルをかけているヘレンへと視線を向けた。


 最大限の注意を払って、人魚の姿を観察する。


 外側は群青、内側は白い体色の、触手のような見た目の髪と、もみあげのように垂れる触腕のような長く伸びた触手が一対。

 魚というより、イカのような質感の鱗の無い肌。

 泳ぎを阻害しないようにか、はたまた幼いせいか、ほぼ無きに等しい故に、その細くしなやかな且つ発展途上な体躯の美しさが現れている薄い胸の膨らみ。

 そして、幼い顔立ちながらも百人中百人が「美人」か「綺麗」か「顔が良い」と言うだろう上半身に反して、海洋生物が苦手な人は忌避感を覚えそうな大きなエンペラのある白くぶよぶよとした下半身と、距離感が狂いそうな三メートルは優に超える巨躯。


 見た事のある――というか、見覚えしか無いその人魚に、私は思わず声を上げた。


「エッちょっと待って!? アレってセレナじゃね!?」

「なんかそれっぽいと思ってたけど、ですよねトワさん!? 僕の見間違いじゃないですよね!?」


 きゃいきゃいとオタクの黄色い声を出して騒いでしまったが、私達の声は潮騒でかき消されているのか、ヘレン達には届いていない。


 治療が終わったのか、ヘレンは何やらセレナに語りかけているようだった。セレナもヘレンを襲うような事はせず、静かに耳を傾けているように見える。


 まさに二人きりの世界。

 ユリストさんが描いていたセレヘレ、あるいはヘレセレのイラストそのものの光景だった。


「は……はわ……はわわ……!」

「いやこれ完全に夏イベの再現じゃね!? こんなん端から見りゃあセレヘレかヘレセレのどっちかやんけ!」

「はわ……目の前で推しカプが推しカプしてる……! ぼくもうしんでもいい」

「死ぬなーッ! ユリストさんが見届けずして誰が見届けるんだ! お前の推しカプだろ!」

「そうだ死んでる場合じゃない! というか会話内容を知らぬまま昇天なんてしてらんないぞぅ!」


 まさか知っているキャラ、それも二人共通の推しカプ二人組の邂逅にテンション爆上がりした私達とは対照的に、モズは完全に白けた顔で私達を冷たい視線で見つめ、ラガルは顔を真っ青にしてガタガタと震えていた。


「てか見てても一切ゾワったりしないんですけど、ユリストさんします?」

「僕はしますねー。こう、生理的嫌悪を感じるというか、軽度の脳くちゅをされている感じがするというか。でも推しへのラブの方が比にならないくらい強いので気になりませんね! むしろ解像度が高まる……! グヘヘ、たまんねえなぁ!」

「ラガルは?」

「むしろあんなのを見て平然としていられる方がおかしいだろ! ましてや好きだなんて、頭おかしいんじゃないか!?」


 ラガルの言葉に、私とユリストさんのオタク二人が固まり――実際の気温だけでなく、雰囲気までが氷点下へと至った。


 彼の言いたいこともわかる。宙族は本来、人族にとって本能的に嫌悪する、相容れない存在だ。その中でも、見ただけで相手を狂わせる逸話のある人魚だ。パニックを起こしてしまっても仕方がない。


 とはいえ、言って良いことと悪いことというものもある。いくら錯乱していても、今の発言は善良なオタクとして、聞き捨てならないものであった。

 キレちまったよ……久々にな……!


「あ? おいコラてめぇ、人様の推しを、推してるオタクの前で堂々と貶すとかふざけんなよ。そこ正座しろ、早よせんかい」

「トワさんの推しとはいえ、流石に今のは失言だよ、うん。せめてオブラートに包んでくれない? 嗜好と言論の自由は認めるけど、それは人を不快にしない範囲での話だよ」

「ヒッ」

「ねえちゃん、今はそんな場合じゃなか」

「……ラガル、後で説教な」


 子供のモズから窘められて少し冷静になった私は、何とか言いたいことをため息一つに変換しきって、この問題を後回しにした。

 ブチギレ状態の私とユリストさんの気迫に怯えて萎縮してしまったラガルに申し訳無く思う所だが、仕方ない事である。悪気は無かったのだろうが、流石に許せない発言だったからね。


 しかし……もしかして我々の激おこオーラの方がSAN減少値高かったりするのか? これ発狂(パニック)発狂(恐怖症)で上塗りしてない?

 怒れるオタクは神話生物より恐ろしいのか……。


「というか、何で私だけ宙族アレルギー発症しないんだ?」

「ねえちゃんはおいらと違うから、アレ見てもへいき」


 肉体的に異世界人ベースで、ARK TALE世界に適応できるようにカスタムしているようなものだから、ラガル達に感じられる「何か」が私には分からないんじゃないだろうか。

 ヘーゼルが「彼の翼を治しに行くだけだろう? じゃあ僕は行かなくても良いんじゃないかな。眠いし、それに寒いからね」と言って留守番しているせいで、この考察が当たっているのかはわからなかった。

ご清覧いただきありがとうございました!

めっちゃスランプで全然書けず、一日遅刻しました。申し訳ありません。

ちょっとやばいなーと思ったので、次回(土曜日)に更新したら、次の水曜日の更新を一回お休みして、ゆっくり休息を取ろうかと思います。

重ね重ねお詫び申し上げます。


ちょっと面白そうじゃん? と思った方はブックマークをよろしくお願いします!

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