76 目を合わせる
「あのう、ちょっと気になるんですけどぉ……」
不意に、ユリストさんが発言したそうに恐る恐る手を挙げて声を上げる。ベアード神父が「どうしましたか?」と先を促すと、扉の方をちらちらと見ながらも問いかけた。
「ヘレン様は大丈夫でしょうか……?」
確かにユリストさんの言う通り、ヘレンはかなりショックを受けているように見えた。
彼女は見た目こそ大人っぽく、大変包容力のある体型ではあるが、年齢はゲーム本編時点で十六歳とルイちゃんの一つ下で若く、少女と言っても良い年齢だ。言うなれば違法熟女である。
そんな少女が特別な力に目覚め、その力で周囲からもてはやされていれば、そりゃあどんな善人でも調子に乗ったっておかしくは無い。それで我が儘になったり、人を見下すようにならないだけ良いと思う。
「彼女のことは私の方でフォローを入れておきますから、大丈夫ですよ。お嬢さんが心配なされていたと、お伝えしておきましょう」
間違い無くARK TALEの男性キャラ内トップの包容力を持つ彼なら、上手いこと諭してくれると思うのでから大丈夫だろう。
本編でも似たような事があって、心機一転、気持ちを新たにしたヘレンがゲームの主人公と出会う事になっていた、なんて前日譚があってもおかしくない。
「彼女は独善的な所が……いえ、これは言い過ぎですね。ただ、無自覚ではあるのでしょうが、名声に酔ったせいか少々高慢になってしまって、人の話をあまり聞かない所はありました。まだ若いとはいえ、私達の指導不足で……」
「ああいやいやそんなそんな! こちらこそ本当に申し訳なく……」
そんな風に互いに深々と頭を下げ合うという奇妙な構図を経てから、私達は別れの挨拶をして、馬車へと戻ることにした。
馬車に戻る前に、ジュリアから声をかけられる。
「予定より大分時間が余ってしまったな……。トワ、少し早いが、私は冒険者ギルドに向かおうと思っているのだが、君はどうする?」
「あー、例の件ですか。私はー……ちょっとラガルと話をしてからですかねぇ」
「時間がかかりそうか?」
「ラガル次第っすかねぇ」
「じゃあ少し待って、問題が解決しなさそうなら先に向かっているぞ」
ユリストさんの「例の件って何ですかぁ? 良ければ私もお力になりますよ!」とジュリアにじゃれつく様子を見送って、私とモズは自分達が乗ってきた馬車の扉を開いた。
「おうおう大惨事やんけ」
馬車の中にはラガルティハとルイちゃんが居たが、何がどうしたのか、ラガルティハが完全にギャン泣きした後の子供のような状態になっていた。
ルイちゃんのコートの肩口にはラガルの涙の跡らしいしっとりと濡れた染みが出来ており、その跡を作っただろう張本人は、現在はルイちゃんの腰をがっしりと両腕でホールドし、太股に顔を埋めて時折鼻を啜っている。
どれだけギャン泣きしたんだ、この男は。ルイちゃんも困ってて、珍しく苦笑いしちゃってるぞ。
まあこうなった原因の発端は私ではあるんだが。
「ラガルさん、翼を治してもらうこと自体は嫌じゃなかったんだって。でも、あのシスターさんがちょっと苦手になっちゃったみたいで……」
「ああうん、それはとりあえず置いといて良いよ。おーいラガルー、起きてるかー?」
肩を叩いて問いかけてみると、ピクリと体を震わせたが、ますます強くルイちゃんに抱きついて離れない。
一応起きているし、こちらの声は聞こえていると判断し、私は続ける。
「えーと、言いたいことは色々あるんだけど……ラガル、まずはごめんな。もうちょっと話をちゃんと聞いとけば良かった。お前が口下手だって知っているのに、そこんとこ配慮足りてなかった」
「……別に……」
ずびっ、と鼻を啜りながら、ラガルティハ顔を上げる。
普段荒滅多に目を合わせない、というか目を合わせてくれるのは激レアと言っても良いくらいで、視線がかち合っただけ言っても良い。
それが、今は時折視線を下に向けてはいるが、しっかり私の目を見ている。
そして更に。
「アンタが悪い奴じゃないってのは、知ってる……」
と、鼻声な上に鼻が詰まっているせいか、滑舌と発音がやや怪しかったが、はっきりとそう言ったのだ。
思わずルイちゃんに「え、今の現実? 空耳とかじゃなくて?」と問いかけそうになったが、ニコニコと微笑ましそうに、母性を感じる瞳で私とラガルティハを見つめている。
どうやら聞かずとも、空耳でもないし、現実に起こった出来事だったらしい。マ?
えっ、ラガルお前どうしちゃったの? 一つでも嫌なことあったらその瞬間に完全に関わりを絶つタイプだったろお前。ゲーム内だとそんな事言えるような性格してなかったでしょ。
……いや。多分、今まで私がこう考えていたのがいけなかったのだろう。
私はゲーム内のラガルティハばかり見ていて、現実に存在し、今目の前に居るラガルティハを見ていなかったんだと思う。
だから無意識に「私とはマトモに話をしてくれないだろうな」という先入観があって、彼に対する態度もそれ相応のものになってしまっていたのだ。
「なんか本当にごめん。正直、私のことそんな風に言ってくれるくらいには心許してくれてるとは思ってなかったわ」
「トワさんって、他人同士のことに関しては鋭いのに、自分の事となるとびっくりするくらい無関心だよね」
「えー、そんなことないよ。私は我が儘で横暴で、常に自分にとって有益になる事しか考えない打算的な女だよ」
「それこそ、そんなことないよ。そんな自分勝手な人だったら、モズくんを死なせないために奴隷にする選択をしたり、行き倒れていたラガルさんを助けたりなんてしなかったでしょ?」
「おん。ねえちゃんはやさしいっちゃ」
ゴメン、それに関しても結構打算が入ってたんだ。
だって間接的にとはいえ人殺しになって罪悪感を抱えたくなかったし、ラガルに至っては登場キャラクターだもの。打算だらけだよ。
そう答えようとしたが、ルイちゃんは窓から何かを見つけたらしく、「あれ?」と小さく呟いた。
「あそこに居るのって……さっきのシスターさんかな」
ルイちゃんの視線を追うと、海辺の岩場歩いている修道服の人物がいた。
海風に煽られたベールの下に見える髪が、ヘレンと同じコーラルピンクだ。
「ぽいね。遠目だし、シスターって皆同じ修道服着てるから、確証は無いけど」
「あの女じゃ」
「確定かな。モズが言うんなら間違い無い」
「目が不自由だって言っていたけど、あんな足下が悪い岩場に居るなんて、大丈夫かな?」
「海水で足下濡れてるだろうし、足滑らせて転んでもおかしかないよなー。ちょっと心配だし、声かけてくるか。すぐ戻ってくるから、ルイちゃんは待ってて」
「うん。行ってらっしゃい」
モズと友に馬車を降りてヘレンを追いかけようとするが、少し遅れて、馬車からラガルティハが降りて来たので、足を止める。
まだヒールポーションを使っていないのか、鼻も目元も眼球も赤い。
「どうした?」
「僕も、行く……」
「What's!?」
「わ、悪いか! あいつに酷いこと言っちゃっただろ……謝った方が良いって、ルイも言ってたし……」
そんなことある?
原作では結構他人のせいにしがちで、自分に責任があると思っても逃避に走る五歳児メンタルだったラガルティハが、人から言われたとはいえ、自分から謝りに行こうとするなんて……!
ゲーム内のラガルティハからは考えられない行動だ。ゲーム内と比べて、人間性や情緒がかなりマトモに構築されている。
別人、とまではいかない。キャラ崩壊、とも違う。
純粋に、「本編のラガルティハが精神的に成長したらこんな発言をするようになるだろう」と思えるような、そんな台詞だった。
やはり、ゲーム内のラガルティハと同じだと考えるのはいけなかった。
ちゃんと、今のラガルを見るようにしよう。
「ラガル、ちょっと頭下げて?」
「何だよ急に……」
口ではぶつくさと言いつつも、頭を下げる。
いや素直やんけ。素直に言うこと聞いてくれるくらい私にも心開いていたのかお前。
めっちゃ心開いてくれてるやんけ……嬉しい……。保護当初から一切触らせてくれなかった猫が足にぴっとりと尻をくっつけて座ってくれた時のような感動がある。
私はラガルの頭を撫で、その感動をしみじみと噛みしめた。
「めっちゃ精神的に成長してるやん……あたしゃお前の成長が見られて嬉しいよ……」
「アンタは僕の何なんだよ!」
「地下ドルをデビュー当初から応援しているファン一号みたいなもんだよ」
「ねえちゃん、おいも」
「はいはいモズはいつも静かにしてくれてて偉いねぇ」
数回撫でた所で頭を上げられてしまったが、嫌がっているようには見えない。尻をくっつけて座るまでは許すけど、お触りはまだ許してくれない、でも威嚇するんじゃなくて物理的に距離を空けて避けるに留める保護猫のような感じだった。
不意に、隣に停めてあったジュリア達の乗っている馬車のドアが開く。中から出てきたのは、ユリストさんだった。
「あ、トワさん達も見えました?」
「見えましたね。一緒行きますか」
「行きます行きますぅ! 一人だって行きますからね!」
どうやら、岩場を歩くヘレンの姿をユリストさんも見つけたらしい。多分私と同じで、心配になったから様子を見に行こうとしたのだろう。
私とユリストさん、ラガル、モズの四人で、ヘレンの様子を見に行くことになった。
「というか、どうしてラガルくんも一緒に?」
「そう! ねえ聞いてよユリストさん! ラガルが自分から謝罪しに行くって言ったんだよ!」
「エッマジで!? あのラガルティハが!?」
「マジなんすよこれが! ルイちゃんセラピーでメンタル安定した時の精神的成長力ヤバないです!?」
「ヤバー! これで見た目がショタだったら最高だったのに……!」
「本音漏れてますよ」
「本当何なんだよアンタら!」
ご清覧いただきありがとうございました!
非常に筆が乗らず、本来の投稿時間から遅れてしまいました。申し訳ございません。
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