74 トカゲの意地
教会は海沿いにあり、五分程度歩けば砂利浜と岩場へと出られるような立地だった。津波が来たら一発アウトだろうと思ったが、危機感の無い立地ということは、この世界では地震なんてそうそう起きないのだろう。
馬車から降りて、先に到着していたジュリアとユリストに合流し、出迎えてくれたシスターさんに案内されて教会内に入った。
礼拝堂には美しいステンドグラスがあり、白い髪に白い肌の中性的な少年と、黒髪に褐色の、同じく中性的な少女が象られている。どちらもアルバーテル教会が讃える神であり、白い少年の方が、白き神アルブス。黒い少女の方が、黒き神アーテルだ。
元々は世界の名前にもなっている「アルバーテル」という最高神が居て、その神が自身の魂を二つに分けて創ったのが、この二柱の神だとされている。アルバーテル神に関しては偶像崇拝が禁止されているため、この二柱の神を描く事で、アルバーテル神を表現しているのだろう。
ウィーヴェンにあった教会のステンドグラスは模様タイプのものだったはずなので、もしどの教会にもこういった神を描いた芸術品があるのだとすれば、あちらは絵画や像があるのかもしれない。
見入ってしまったせいで少し足を止めてしまい、シスターさんから「後で是非祈りを捧げていってください」と期待のこもった言葉をかけられた。
これは宗教勧誘されるフラグを立ててしまったかもしれない……!
私はもう推しという宗教に傾倒しているんです! 宗教勧誘は仲の良いフォロワー以外お断りです!
シスターは礼拝堂の奥に入り、通路の先にある扉の前まで私達を案内すると、扉をノックする。
中から聞いた事のある声で「どうぞ」と返事が返ってきてから、シスターは扉を開けた。
部屋には二人の人物が居た。一人は汎人の女性――私達の目的の人物であるヘレンだ。
ウィンプルの隙間から垂れる髪は緩くウェーブがかかっており、色は優しい印象を受けるコーラルピンクだ。そして閉じられていてもタレ目だろうことが分かるやや下がった目尻とぽってりとした唇は穏やかな微笑みを携えており、見るからに慈愛に溢れた印象を受ける顔立ちをしている。何より敬虔なシスター服の上からでも分かるほど豊かな乳房と尻は、彼女の通称通り「聖母」を彷彿とさせた。
そして、もう一人は。
「ああ、お客さんでしたか。少々長話をしてしまったようですね」
「くっ、熊おじ……!」
「熊おじだ……!」
そこに居た大柄な獣人を目撃した私とユリストさんは、ほぼ同時に小さくそう呟いた。
顎髭を生やした汎人に近い見た目の男性で、耳は丸っこい獣耳。この国の文化的には非常に珍しい短髪で、髪型はツーブロックだ。立ち上がったらかなりの威圧感のある体躯をしているだろうが、顔は大変柔和な印象がある。
私は堪えきれず、その人物の名を口にした。
「ベアード神父様ですよね……!?」
「おや、どこかでお会いしたことがありましたか?」
「そういう訳では無いんですけど、大変慈悲深く素晴らしいお方だと伺ったことがありまして! こんな所で出会えるなんて、感激です……!」
「そうでしたか。そう仰っていただけるとは、少々恥ずかしいですが嬉しいですね」
方舟のお父さんこと熊おじ、ベアード神父は大きな口をにへらと開けてふにゃりとした笑みを浮かべ、本人の発言通り恥ずかしいのか、頬をほんのり朱に染めている。
は~~~~~かわいいかこの熊おじ!? 汝は受け。夏にブーメランパンツにアロハシャツとグラサン装備してはっちゃけてた人とは思えないほんわか穏やかパッパの微笑みの火力ヤバない!? その分厚く着込んだカソックの下には顔と雰囲気に似合わないゴリゴリの筋肉があるって知ってるんですよ! 脱いだら凄いんですよこの人! スッケベ!
「今日は視察に来ただけですから。それより、シスター・ヘレンにご用があるのでしょう?」
「あっ、申し訳ありませんでした!」
「お気になさらないで。改めまして、私がアルバーテル神の従僕、ヘレンです。今日はどなたが私に救いを求められたのでしょう?」
返事を促すように、ルイちゃんはラガルティハの服の裾を引っ張る。ラガルティハはそれで渋々といった様子で手を挙げるが、声を出さなかったので、仕方なく脇を小突いてやるとようやく「僕だ……」と小さく声を上げた。
「ふふっ、そう緊張なさらずとも良いのですよ。さあ、こちらに座って、改めてお話を聞かせて下さいませんか?」
「シスター・ヘレンの仕事ぶりを見られる良い機会ですし、私も同席しても構いませんか?」
「ええ、問題ありませんよ」
ベアード神父の言葉に、ヘレンがそう返す。
ヘレンの隣に移動したベアード神父だったが、立ち上がった際に見えた彼の体躯に少々怯えてしまったらしいラガルティハは、体格差的に隠れきれないというのにルイちゃんの後ろに移動し、それを目撃してしまったベアード神父が苦笑いをした。
空けてもらったソファーは三人掛けだったので、ラガルティハ本人とルイちゃん、それと今回口添えしてくれたユリストさんに座ってもらう。ラガルティハはまだユリストさんに心を開いていないのか、隣に座られたくない様子だったので、真ん中にはルイちゃんが座っている。あぶれた私とモズ、そしてジュリアはその後ろに立つことにした。
だが、ベアード神父から「椅子を用意させますよ」と気を遣ってもらった上に、部屋まで案内してくれたシスターさんが気を利かせて椅子を持ってきてくれたので、有り難く使わせてもらうことになった。
「申し訳ありませんが、私は目が不自由なのです。種族をお教えいただいても構いませんか?」
「う……竜人、だ……」
「竜人さんですか、大変珍しい種族の方なのですね。どのような怪我をされてしまったのですか?」
「……それは、その……」
ラガルティハが助けを求めるように一度ルイちゃんを見るが、その後に珍しく、私の方に視線を向ける。多分、此処に連れてきたのは私なのだから、私に説明して欲しいのだろう。
口下手なラガルティハが説明するより、私が話した方が早いと思い、横から口を出すことにした。
「彼は以前、翼を切除しなければならない程の大怪我を負ったんです」
「まあ、それは可哀想に……! 竜人さんで翼を失っただなんて、さぞかし大変だったでしょう」
一瞬、ラガルティハがピクリと動いた気がしたが、気のせいだと思い続ける。
「それで、失った翼を元に戻せないかと調べた結果、あなたの噂を耳にしまして。どうにか治せないものでしょうか?」
「ええ、出来ますとも」
「彼の翼は奇形で、一般的な竜人の翼とは少々形が違うのですが、治していただく場合はどうなるのでしょう?」
「もちろん、他の竜人さんと同じ形の翼を生やす事が出来ますよ。安心してください」
「おお……! 良かったじゃん、ラガル!」
「ところで、あなた方はご家族の方でしょうか?」
「いえ。友人兼、同居人兼、同僚ってところです。ルイちゃんはそれにプラスして雇い主です」
「ご家族の方ではないのですね」
「……あいつらは……」
吐き捨てるように、ラガルティハは呟く。
「……死んだ母さん以外の奴らは、間違っても、僕を心配したりなんかしない……!」
「そうでしょうね。特に竜人さんは固有部位が欠損した方への差別が酷いと聞いたことがあります。翼が奇形だっただなんて……それは酷い扱いをされていたでしょう。心中お察しします」
ヘレンがそう優しく語りかけるが、ラガルティハは返事を返さない。
私の位置からはラガルティハの顔が見えないが、ルイちゃんが不安そうに「ラガルさん?」と声をかけているのと、ユリストさんが声には出さないものの挙動不審そうに視線をあちこちに向けているのか、忙しなく頭を小さく動かしている所から、何やら不穏な空気が漂っているのが見て取れる。
確かに先程から思っていたが、優しい言葉をかけているようで、その実、ヘレンはラガルティハの地雷をチクチク刺激するような事を言っている。
しかしこれは、嫌な記憶に不用意に触れられたくなくて、分かりやすい同情をされたくないという、彼の面倒臭い性格を知っている私達だからこそ察せるものだ。
彼とは今日始めて会う、しかも盲目で相手の挙動を見て判断することの出来ないヘレンには、それに気が付かない。
彼女は立ち上がってラガルティハの傍に移動すると、膝を着く。
「今までとても辛い思いをしてきたでしょう? ですが、もう大丈夫ですよ。きっと、ご家族との関係も解消されます。私が、あなたの失った翼を取り戻してあげますから」
そう言って、手を差し伸べようとして――。
「――僕を勝手に可哀想にするな!」
ラガルティハはそう叫び、ヘレンの手を勢い良く振り払った。
「ああそうだよ! ずっと羽無しって言われて、白くて気味悪いって言われて、竜人って認めてもらえなくて! あそこに居た時は母さんしか僕に優しくしてくれなかった! ずっと辛かった! どうして僕ばっかり辛い目に合うんだって、ずっと思ってたよ!」
「お、おいラガル、ちょっと落ち着……」
「でも、こいつが、ルイが助けてくれた! こんな真っ白で、羽が無くなって、学も無くて不器用で何も出来ない僕にずっと寄り添ってくれたんだ! それだけじゃない! 僕の生き方を一緒に探してくれるって、そう言ってくれた! それだけで、僕は可哀想なんかじゃなくなったんだ!」
私の制止も聞かず声を荒げ怒鳴り散らすラガルティハだったが、そこまで叫び終えるとようやく勢いが止まった。
ぜいぜいとラガルティハの荒れた呼吸音だけが聞こえる静寂がしばらく続く。誰も、彼の迫力か、それとも叫んでいた内容のせいか、何も言えず固まっていた。
何度も深呼吸をして、ようやく少し落ち着いたらしいラガルティハは、ぽつぽつと呟くように、しかしはっきりと聞き取れる声量で続ける。
「この斬り落とした羽は、ルイから新しい人生をもらった証だ。今の僕は、父さんや兄弟に竜人って認めてもらえないとしても、一生地面を這いずり回るとしても、充分幸せだって思える。だから、アンタの治療は必要無い。僕の傷はもう、ルイに全部治してもらった。僕には、ルイが居てくれればそれでいい」
そう言うと、一呼吸置いて、大きく息を吸って、ラガルティハは叫んだ。
「それに僕は――アンタみたいに、話を聞く前から可哀想って決めつけて、上から目線で優しさを押しつけてくる奴が、大っ嫌いだ!」
「あっ、おい! 何処へ行くんだ!」
そう言い捨てると同時に勢い良く立ち上がり、走って部屋の外へと出て行ってしまった。
ジュリアが咄嗟に彼の腕を掴もうとしたが間に合わず、開け放たれた扉から顔を出してそう声をかけるが、あまり良く思われていないと分かっているからか、追いかけることはしなかった。
「スミマセンスミマセン、アイツちょっと情緒不安定な所がある精神年齢ショタなんで! そこまで悪気があって言った訳じゃないと思うんで! 本当に申し訳ありません連れ戻してきます!」
「いえ、お待ちください」
慌てて謝罪してラガルティハを追いかけようと立ち上がるが、ベアード神父がそれを制止する。
「彼と一番仲の良い……ルイ、という方でしたか。この場にいらっしゃいますか?」
「ちゅあっ……わ、私、です」
「では、あなたが向かった方がよろしいでしょう。こちらには戻らなくても良い、とお伝え下さい」
「ベアード神父、どうして……!?」
「人を真正面から嫌いだと言ってしまった手前、彼も顔を合わせ辛いでしょう。ああ、ルイさん。彼が落ち着いたら、そのままお帰り下さっても構いませんよ」
ヘレンが何か言いたげだったが、ベアード神父は軽く受け流し、ルイちゃんにラガルティハを追うよう促す。
ルイちゃんは何度かベアード神父と扉、そして私を順繰りに視線を向けていたが、ベアード神父がもう一度「さあ」と促すと、小走りで部屋から出て、ラガルティハを探しに行った。
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